18. クリスマスケーキ(の予約)(12/12)
こんにちは。今日は気持ちよく晴れて暖かい日でしたね。そのおかげか今日はお客さまもたくさんいらっしゃって、本日のケーキはほぼ売り切れです。アップルパイはカットのものがあと一つ残っていますが、こちらはご予約済みなのです。
明日の朝にまた焼きたてのものがご用意できますので、ご入用でしたらお気軽にお申し付けくださいね。
もちろん他のケーキも喜んでご予約受付中です。あいにくとりんごをつかったクリスマスケーキケーキはございませんが。え? それでいいのか、ですって?
その件については慎重に検討を重ねた結果、クリスマスくらいは主役を他の素材に譲ることで合意したのです。決してりんごがクリスマスにそぐわないわけではありませんよ。だって、いちごだって旬は今ではないのですからね、ええもう。
「散々
……あ、そうそうクリスマスケーキのご予約は早めがおすすめですよ。確か今週いっぱいで締め切りでしたよね、トーゴさん?
「都合の悪いことは聞こえないのか」
こんな時ばかりは、トーゴさんはやっぱり意地悪な顔をなさいます。ぷぅっと頬を膨らませたわたくしに、トーゴさんはくつくつと笑って、すい、とわたくしの頬に手を伸ばしました。
「仕方ないだろう。クリスマスケーキは、なんだかんだ定番が一番売れる」
「存じておりますとも。ですからわたくしは拗ねてなどおりません。ただれいせいちんちゃくに状況を見極めて、お客さまにご予約を勧めていただけですとも」
「はいはい。リストはあっちな。売り切れたやつは印をつけてあるから」
そうおっしゃってひらひらと手を振り、キッチンの方へと戻っていってしまいました。
わたくしは拗ねてなんていませんでしたからね? ほんとうですよ!
それはさておき、トーゴさんが指差したカウンターの上には、色とりどりのケーキが描かれた絵が透明なケースに入って飾られています。アクリルケース、というそうなのですが、氷か水晶に閉じ込めたようでとっても素敵なのです。
うっとり眺めておりますと、カランとお店の鐘が鳴りました。
「おーい、りんご、クリスマスケーキの予約ってまだやってる?」
「
楓くんは、ご近所にお住まいの常連さんです。それにしてもこんな夕方にいらっしゃるのは珍しい気がいたしますが。
「母さんが予約を忘れてたからって、急いで行ってこいって。ブッシュドノエル、まだある?」
「はい、ございますよ。今日は見本のケーキはないのですが、いかがなさいますか?」
「別にいいって。今年はどんな感じになるのか楽しみだな」
楽しげに笑った楓くんに、わたくしも思わず頬が緩んでしまいます。
ブッシュドノエルは表面にチョコレートクリームをたっぷり塗って、木の幹のように筋をつけたケーキです。昨年はココア多めの黒い幹にベリーとブルーベリーの飾りが鮮やかで、まるで魔女の木のようだと一部の方にとっても評判だったようです。
「まあ、ちょっとハロウィンぽかったけどな。じゃ、よろしくな」
楓くんは、わたくしが書き上げた引換証を受け取ると、あっという間にお店を出ていってしまいました。お代は当日でも大丈夫ですからご安心を。
「何だ、楓はもう帰っちまったのか。せっかくサンプルを見せてやろうと思ったのに」
「おつくりになったのですか?」
トーゴさんの声に振り向けば、銀のトレイの上に綺麗なチョコレートクリーム色が見えました。柔らかい木の肌のような落ち着いた色合いの幹に、マジパンでできたヒイラギの葉とクランベリー、それからホワイトチョコレートで作られた白い花が飾られています。
花びらの先がほんのり薄紅色のその花の名前は、もちろん聞かなくてもわかります。そういえば、そのチョコレートクリームの色も、見覚えのある色でした。ヒイラギの葉の色も。
「実はつかえないが、まあこれくらいならいいだろう?」
概念ケーキだ、と冗談まじりに笑う顔は、やっぱりひどく優しく甘いように見えて、胸のあたりがざわざわいたします——そういえば、これはドキドキというのだと、先日秋乃さんに教えていただいたのでした。
ところで概念、って何のことだか皆さんはご存知ですか?
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