16. ヘクセンハウス(12/6)

 本日は火曜日、お店は定休日です。以前にも少しお話ししましたが、お休みの日だからといって、全くまるっとおやすみというわけにはいかないようです。


 トーゴさんはといえば、いつも通りの店内の基本的なお掃除を終えると、キッチンの方でなにやらごそごそなさっています。何かまた新作でも考えていらっしゃるのでしょうか。今日はお客さまをお出迎えする必要もございませんし、少し覗いてみることにいたしましょう。


 広いキッチンは、店内よりもひんやりしています。温度が高くなってしまうとチョコレートやバターが溶けやすくなってしまうし、他の食材も変質してしまうからだそうです。

 まあ、わたくしは一人前のりんごの木の精霊ですから、寒さなどへっちゃらでございますけれども。


「……っくしゅ!」

「何やってんだ。こっちは冷えるから、店か二階の方で昼寝でもしてろ」

「失敬な。わたくしは一人前のりんごの——っくしゅ」

「ったく……」

 トーゴさんは手を洗ってキッチンを出ていってしまいました。もしかしてお邪魔だったのでしょうか。それはそうです。衛生上、くしゃみなど良くはないに決まっています。わたくしとしたことが、何とだったのでしょうか。このお店の守護精霊のにもおけません……。


「そんな大袈裟なことじゃねえだろ」

 呆れたような声に目を向けますと、ふわりと温かいもので包み込まれました。以前、トーゴさんがくださったクリスマスカラーのストールです。とても暖かくて柔らかい肌触りなんですよ。包まれているうちにそれはもううっかり夢の国にいざなわれてしまうくらいに……はっ、ですからわたくしはお昼寝など、もういたしませんからね!

「昼寝くらいすりゃあいいのに。まあ暇なら一緒にやるか?」

 呆れたように笑ったトーゴさんの表情はとても柔らかくて、また胸の辺りが騒いで参りましたが、その視線の先にあったものを見て、わたくしも思わず目がまんまるになってしまいました。


 そこにはとっても素敵な、お菓子の家があったのです!


 クッキーの壁に白い砂糖でコーティングされたこれまたクッキーの屋根。ドアはチョコレートで、窓には色とりどりのグミやジェリービーンズが貼り付けられています。煙突から立ち上っている煙は、マシュマロでしょうか。


「とっても可愛らしいですね。これも売り物ですか?」

「いや、これは数がつくれないから、飾りだな。とりあえず試作だから上手くいったらイヴにもう一つ作ってクリスマス当日まで飾る」

「二日だけですか? 何だかもったいない気がいたしますね」

「まあな、でも生物ナマモノだしなあ」

 言いながら、トーゴさんは煙突にかかっていたちょっと太めの梯子はしごをとると、差し出してくださいます。受け取って口に入れますと、サクッとした歯応えがとっても美味しいですが、ちっとも甘くありません。


「せっかくのお菓子の家なのに、甘くないのですね?」

「これはグリッシーニをそのまま使ったからな。やっぱり甘い方がいいか?」

「だって、お菓子の家ですから!」


 夢とロマンと甘いものが詰まっている方がいいに決まっています。そうは思われませんか?


「はいはい。すっかり甘党だな」

「トーゴさんは甘いものがお好きではないのですか?」

「好きじゃなきゃ、パティシエになんかなるかよ」

「そうですよね。一番お好きなのはアップルパイなのも存じておりますよ!」

 えっへんと胸を張ってそう申し上げたわたくしに、トーゴさんは何やら指先で頬をかいて、視線を逸らされました。

「どうかなさいましたか?」

「まあ、そう、だな」

「……はい?」

「俺の一番は——」


 そうして近づいてきたお顔は、何だか今まで見たことのないご様子でした。柔らかくて甘くて、まるでトーゴさんが作るケーキみたいに。


 ええと、その、あとのことは……またいつか別の機会にお話ししますね。

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