第9話 最高の歌手、足立イサオ

イエイイエイダンスを踊ろうよ!

幸せ未来を作ろうよ!


駅前広場、駅の出入り口のちょうど正面のところで、シンガーソングライターの足立イサオは、張り切って路上ライブをしていた。


張り切ってライブしている姿は、爽やかだし、ポジティブな気持ちにしてくれる。


いい。ポジティブは、とても、人生において大事。


ポジティブになれない人は、張り切ってライブしている人を目撃して、元気を出すべき。


ライブを見ても何の感興もないという人は、病気かも知れない。


病気はダメ。ポジティブいい。


ともあれ、シンガーソングライター足立イサオが歌う。夜の駅前広場である。


暗い顔にはグッドバイ!

スマイルワールド超うれしい!

イエイイエイダンス!

イエイイエイダンスを踊ろうよ!


それは、足立イサオの代表作「歓喜の世界、イエイイエイダンスを踊ろうよ」である。


幸せ未来!幸せ世界!

ホーミタイ!ホーミタイ!

イエイイエイダンス!

イエイイエイダンス!


喜びに満ち溢れた歌声だ。

楽器は全くできないので、エアギターを掻き鳴らし、叫ぶような迫力ある声で、彼は歌い続ける。


彼は、みかん箱の上に乗っている。


身長156センチ

小太り。岩のような顔つき。デカい鼻。分厚い唇。無精髭。歯並びは最悪であり歯の色は黄色。。常に唾液を垂らしている。緑色のバンダナ。サングラス。袖のないジージャン。豊富な脇毛。異様に短い丈のハーフパンツ。豊富なスネ毛


それが、足立イサオだ。


イエイ!イエア!


そう叫び、頻繁に拳を振り上げる。

そのポーズが好きなのだ。


彼の毛深い脇が、剥き出しとなる。


ムワッと、風呂に入らない彼の体臭が、あたりに広がる。


生ゴミが腐り果て、そこに大量のお酢をかけたような臭いである。


なぜ風呂に入らないのか。


「フェロモンだよ。モテると思って。」


そう、彼は語る。


あまりの悪臭に、通り過ぎる人々は顔を顰めた。


それに無闇矢鱈と怒鳴り散らすような声で、うるさいだけ、何の魅力も感じないと、人々は判断した。


エアギターを掻き鳴らし叫ぶ様子が、興奮して発情している醜い猿にしか見えない。


昔、ある動物園では極度に興奮したチンパンジーが、イギャギャー!と絶叫しながら、己のウンチを客に向かって投げつけていたというが、それを、想起させる。


気色悪いから公権力が捕獲して鉄格子のある冷たい場所にぶち込むべきではないか。


世の中から気色悪い見た目の人は一掃されてしかるべきだし、気色悪い見た目の人側も、自身の容姿や言動が、多くの人々を不快にさせ、快適なマイライフを破壊していると気づくべきだ。


気色悪い奴は自宅にいろ。


じっとして動くな。


部屋の隅っこで、全裸で体育座りでもして、大好きな気色悪い独り言でもぶつぶつやっていればいい。


とにかく、気色悪い奴を疲れ果てている仕事帰りに、わざわざ見たくない。


そのように、人々は足立イサオを断定した。


どうして、そうなったのか。


理想と現実の乖離というやつか。


こんな暗い世の中だから、歌で希望を与えたかった。


足立イサオの願いは、それだけ。


売れて儲かりたい、金をとにかく稼げれば後はどうでもいい。


そんな資本主義的発想とは無縁である。


元気いっぱいに、希望溢れるポジティブな歌詞の歌を愚直に、真っ直ぐに歌うだけだ。


しかし、人々は、ひたすら彼の前を通過し続ける。


そして顔を顰め、くせっ、とか、何こいつ気持ち悪い、とか呟いていた。


あまりにも非情で、冷酷な態度。


気色悪いから生きている資格がないとでも言いたげな、傲慢さを感じさせる大衆の態度には辟易する。


当初は燃えたぎる善意や歌を歌う情熱に溢れていた彼も、次第に、陰鬱な気分になる。


迫力ある歌声は、いつしか弱々しいものになっていた。


ぶつぶつと呟くようになる足立イサオ。


駅前広場の地面に座り込み、結局、歌うのを止めてしまう。


「なんだよ。善意なんて、誰も求めてないんじゃないか。やはり人は悪意を求めている。」


足立イサオは独り言を言う。


「だいたい、人の善意を、希望溢れるハートフルな歌を無視したり、意地悪く言ったりするのはおかしい。そんなことをされたら、二度と人に優しくしようとか思わなくなる。それでもいいのか。」


駅前広場を去る足立イサオの背中は丸まり、寂しげである。


ふらふらと、暗闇のなか家路につくのだ。


「なんでだよ。人間の真心とか、大事だろうが。むかつく。」


足立イサオは、自室の隅っこで、暗がりで、全裸で体育座りして、延々とぶつぶつ言っていた。


足立イサオは、翌日も駅前広場に現れたが、彼は全身黒ずくめのタイツ姿であり、手にはサバイバルナイフを持っていた。


しばらく、雑踏から少し離れた場所で、足立イサオは静かに、手にしているサバイバルナイフを凝視していた。


イギャ!イギャギャー!


そして、突然、奇声を発すると、駅前広場にいた仕事帰りの通行人たちを、足立イサオは次々と刺していく。


血が、ドババと、駅前広場にぶち撒かれた。


イギャ!イギャギャー!


人々は悲鳴をあげ、必死の形相で逃げようとする。


「ありえない!何あれ!」


「キモいおっさんが走ってくる!」


「いやああああ!」


「きもい!」


「くさい!」


しかし、足立イサオは素早い。

四足歩行で、滑るように移動して、対象の頸動脈をピンポイントで狙った。


切り裂かれる頸動脈。


ドババ、血飛沫。


本能のまま動くケダモノ。


結果、駅前広場において、100人以上の人間が、足立イサオにより殺害された。


足立イサオの純粋な善意をないがしろにし、侮辱してその人権を蹂躙し続けた人々の、当然の末路であるといえた。

たとえ臭くとも、たとえ下手くそでも、人々が素直に、足立イサオの善意を受け入れていれば、こんな悲惨な事件は、起きなかった。


完全に被害者が悪い。


被害者の葬儀を一軒ずつ訪問し、遺影に唾を吐きかけて周っても良いくらいだ。


それを非難して人道主義を主張、道徳を守れと連呼してくる親族は、その場で頸動脈を切断して良い。


ドババ、血飛沫。


どれだけ他人の善意を踏み躙り、他人の価値観を否定して傷つけてきたか、それがわからない奴らは最も悲惨な最期を迎えるべきだ。


傲慢な態度で、自身を絶対正義と主張し、甲高い叫び声をあげながら、拳を振り翳す連中。


「残酷なことをするな!お前は死んじまえ!お前みたいなきもい奴は死んだ方が世の中良くなるんだよ!」


そんな叫び声を浴びせてくるのだ。


遺影にそいつらの血飛沫を掛けてやれ!


生きたままドラム缶、ガソリン撒いて火をつけて全部燃やせ!


殺せ!


殺せ!


全部殺しちまえば全部解決やろがい!


やろがいや!


やろがいや!


足立イサオは、涙を流して、俺だってこんなことしたくなかったよ、でも、しょうがないじゃないか、人々が悪行をこれ以上重ねる前にやるしかなかった、と述べた。


イギャ!イギャ!


彼は再び奇声を発すると、倒れた人々の死体の腹を裂き、赤黒い臓物を、大量に路上に撒き散らした。


イギャ!イギャギャー!


嬉しそうな声を出して、撒き散らされた臓物の、ぬるぬるの上を、足立イサオは、全裸で転がりまわる。


時に、足立イサオの赤黒いチンポコは白い精液を発射、イギャ!と気持ちよさそうに、彼は喘いだ。


精液と血が、混じり合い、溶け合い。


臓物は潰されて。


グジュグジュと、音が鳴る。


白目を剥き、口を大きく開け、舌をだらりと垂らし、死んでいる、夥しい数の人々。


積み重なる死体。


足立イサオの連続射精。


それは、一説によれば翌朝になるまで続いたという。

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