第23話 出撃

  

「通信が繋がったよボス! レ・ディ・ネーミが来た」サンベックがマイヤーに報告。


「『蒼竜』を上げる。電源生きているな?」


「はい、問題ありません。引き揚げます」

 多田倉がエレベーターを作動させると、搬入エレベーターからなにやら大きな物体が上げられてくる。姿を現したのは巨大なコンテナ。


「なんだあれ……あれを艦に乗せるってこと?」


「カイセイ、用意はいいか?」


「ハッ、マイヤー局長殿。いつでも出られます」

 櫂惺かいせいは持っていた抗不安薬を掻きこんで出撃態勢に入る。


 搬入エレベーターに、その場にいた全員が乗り込み、地上へと上がっていく。


 地上へと上がると、櫂惺かいせいの乗る〈ドラグーン〉が〈レ・ディ・ネーミ〉の着陸地点の安全を確保すべく周囲の警戒に当たる。


 通信から、防衛線を突破した敵がこちらに向かっているとの情報を受け、敵の注意を引くため、櫂惺かいせいは自らオトリとなる。


 西側の防衛線を掻い潜り、軌道エレベーターに接近してきた3体の星屑体せいせつたいを撃つべく、〈ドラグーン〉の補助脚を展開し砲撃体勢に入る。3体のうち真ん中を走る1体に狙いを定め、右肩の120mm滑腔砲かっこうほうを構え引き金を引く。


 機先を制し放たれた精密誘導弾が敵に命中、直撃を受けた〝亡霊〟が跡形もなく消し飛ぶ。


「1体撃破!」


 残り2体が櫂惺かいせいの乗る〈ドラグーン〉に向かってくる。


「そのままこっちへ来いっ!」


〝亡霊〟が自身の装甲から剥離させた砂状の粒子を一点に集束させ砲弾として撃ち出す。


 櫂惺かいせいは人のいない場所へ移動し、飛来する電気を帯びた砂塵の砲弾をかわしながら応射。〝亡霊〟が自身の周囲に高圧の稲妻を発生させ〈ドラグーン〉から撃ち出される精密誘導砲弾を直前で迎撃し、大きな損傷を免れる。


 櫂惺かいせいは意識を集中、敵の動きを予測し連続で砲撃、うち一発が敵の稲妻をすり抜け直撃、粉砕する。


「2体目!」


 残る1体が怯むことなく迫ってくる。徐々に距離が縮まるなか、〝亡霊〟が雷撃を放つ。稲妻が鞭のように地面を這って向かってくる。櫂惺かいせいは反射的にデコイを撃ち、敵の雷撃を防ぐ。同時に発煙弾を発射し、煙幕とチャフの壁を作り敵を攪乱し、〈レ・ディ・ネーミ〉の着陸を援護する。


 敵の攻撃に、瞬時に適切な対応をとる櫂惺かいせい


 敵と数百mの距離にまで近づく。櫂惺は90mmマシンガンを構え近接戦闘に備える。


 接近する敵に銃撃を浴びせるが、装甲に阻まれ攻撃が通らない。


「さすがにサブマシンガンでは……全然装甲が貫けない、1機で銃撃を浴びせても通用しないか」


 機体の大腿部に装備された発煙弾発射機から敵の至近距離で瀑煙弾ばくえんだんを撃ち出す。炸裂した砲弾から分厚い煙幕が滝のように空中から流れ落ちる。その密度の濃い煙幕を機体に纏わせ敵に突進。


 敵表面を高速で流動する砂塵に接触することで起こる損傷と強力な静電気を大幅に減少させ、敵と衝突したところでゼロ距離で銃弾を浴びせ、装甲を剥ぎ取る。敵の砂塵装甲が復元される前に、その腹の中にグレネードをお見舞いする。内部から爆発を起こし敵が吹き飛ぶ。


「3体目」


 立ち込める煙幕の中、不意に後方から敵が襲い来る。敵から伸びた袖を間一髪でかわし距離を取る。


「くっ! もう1体⁉ どこに潜んでいた。煙幕の中でも、こっちが見えているのかよ」


 銃身が吹き飛び使い物にならなくなった銃を捨て、破壊された味方機のものを拝借し、すぐさま次の敵に備える。


 敵をギリギリまで引きつけ、右肩の120mm滑腔砲を至近距離で放つ。敵の頭部を吹き飛ばし、空いた穴にすかさずサブマシンガンの銃弾を叩き込む。


 身体内部に銃弾の雨を喰らい踊り狂うように亡霊が爆散する。


「4体目……」満身創痍になりながらも最後の敵を撃破。


 汗をにじませ、息を切らしながらも何とか、防衛線を突破してきたすべての敵を撃破することに成功。しかし右肩の砲身は潰れ、機体も大きく損傷している。


「やるじゃねぇか、アイツ」

 戦闘を見ていた多田倉がつぶやく。


 その隙を突いて、すぐさま〈レ・ディ・ネーミ〉が強行着陸を敢行する。


 櫂惺かいせいはさらに瀑煙弾ばくえんだんを射出、周囲一帯に分厚い煙幕の壁を張り巡らせる。


〈レ・ディ・ネーミ〉が艦の格納庫を解放しH.E.R.I.Tヘリットのスタッフたちを救助していく。


 副長のサストリーは巨大なコンテナを急いで運び込むと、すぐに艦を上昇させる。が、しかし敵の圧縮砂塵弾が飛来し〈レ・ディ・ネーミ〉が被弾。 


「痛っ⁉ 艦首に被弾!」操舵士官のマイラが損傷個所をサストリーに報告。


 東側の防衛部隊が突破され、敵が軌道エレベーターに接近してくる。


 櫂惺かいせいが〈レ・ディ・ネーミ〉を守るが、敵の攻撃を防ぎきれない。注意を引きつけつつも、敵の攻撃をすんでのところでかわすのが精一杯。


 櫂惺かいせいは〈ドラグーン〉の補助脚を下ろし4足となり、さらにスラスターを噴かせ、複数の敵からの攻撃を、8の字軌道と円軌道でかわしていく。軌道半径を都度変えながら、さらに馬術のステップを組み合わせ敵を翻弄する。


「訓練でやらされてたライダー車輪が、こんなところで生きるなんて」


 櫂惺かいせいは訓練で体に叩きこまれた動きで敵の攻撃をかわしていく。頭で考えず、敵の攻撃に対し反射的に対応がとれている。


 圧縮砂塵弾をかわし、雷撃の兆候が見えれば瞬時に反応し対雷撃用デコイを射出して防ぐ。


(頭で考えず、敵の動きを見ただけで体が自然に動く、訓練の成果が出てる! 味方を守りつつ、自分自身も生き残るためのすべを、刀島とうじま隊長は叩き込んでくれていたんだ)


 しかし懸命に援護をするものの、〈レ・ディ・ネーミ〉が敵にくぎ付けにされ身動きが取れない。


「ダメです、これでは高度が取れません」操舵士官のマイラが叫ぶ。


  そんな中、下で一人戦う櫂惺かいせいを、フェリシティは心が引き裂かれるような思いで見つめていた。


「私、出ます」

 フェリシティが告げる。その瞳に覚悟の光が宿っていた。


「出るって、出撃するってことか? 無茶だ」多田倉がたしなめる。

「フェリシティ待ちなさい」

「そうだよフェリちゃん。危ないって!」

 マイヤーとサンベックも止める。


「これでは逃げられません。それに彼が、櫂惺かいせい君が一人で戦っているんです!」


「だからって、あなた」

 ジェーンもフェリシティをなだめる。


「ここから早く脱出しないと。私も出て道を開きます」

 確かにこのままでは脱出できないと考え、マイヤーは、やむなくフェリシティに出撃許可を出す。


〈レ・ディ・ネーミ〉内の格納庫に駐機されているCRESクレス専用SWG〈アルフェッカ〉にフェリシティは制服のまま乗り込む。


「私がみんなを守る」


 コックピットの中で強い決意を胸にフェリシティは〈アルフェッカ〉を起動させる。


 シートを中心にモニターが全天に張り巡らされ、外の様子が映し出される。


 そこに映る人々姿を眺めながら機体を立ち上がらせる。


「私を、ただの研究対象と見ずに家族のように接してくれた。みんなやさしい人たち」


――それに、好きな人ができた。


「……櫂惺かいせい君」

 下で一人戦う櫂惺かいせいを見つめる。


 ゴオォンッ、と突然近い距離で爆発音が響く。艦が大きく揺れる。


「なに⁉ 何の音⁉」

 サンベックがおののきながら叫ぶ。


〈レ・ディ・ネーミ〉格納庫の中に1体の星屑体せいせつたいが侵入してきた。


「でたあああああああああああああああっ! お化けええええええええっ!」

 サンベックがレ・ディネーミ格納庫に侵入してきた星屑体せいせつたいを見て、叫び声を上げる。 


 星屑体せいせつたいとは言っても、16m前後の高さ。間近で見ると、とてつもなく大きい。それが格納庫の床に接地し、ゆっくりと這うように近づいてくる。敵の狙いは後ろにある巨大コンテナ。


〈アルフェッカ〉を操り、この場にいる皆を守るようにフェリシティは恐れることなく侵入してきた敵に立ちはだかる。


 侵入してきた星屑体が〈アルフェッカ〉を捉え、ゆっくりと向かってくる。


 敵の装甲表面は高速で流動する砂塵の装甲に覆われ、防御性能だけでなくそれ自体すさまじい破壊力を持ち、触れたものを瞬時に切り裂く。 


〈アルフェッカ〉は腰に帯びた刀の柄に手を添え、居合の構えをとる。


 敵が〈アルフェッカ〉に狙いを定め突進してくる。


 フェリシティはスラスターを使わず、脚力だけで一気に間合いを詰める。伸びる敵の袖を下に屈んでかわし、刀を鞘から一気に抜き放ち迫る敵の両の袖を一太刀で斬り落とす。


 間髪入れず振り上げた刀身を正眼に構え、敵の頭目掛け降り下ろす。 


 白刃の一閃。


 眩い雷光を放ちながら、敵を真上から両断。敵の装甲を難なく真っ二つに斬り裂く。さらに刀から放たれるプラズマが敵の全身に伝わり内部から破壊してゆく。


「すごい……」


 一撃で敵を葬り去ったその見事な太刀筋と一連の動作に皆、目を見開く。いつも訓練の様子は見てはいても、フェリシティが、あの内気な女の子がやっていることなのかと、その場にいた誰もが驚かずにはいられなかった。


 抜かれた刀の刃の部分に、白波がうねるがごとく光る刃紋が浮かび上がっている。


「ぶっつけ本番ながらプラズマ刃紋刀を使いこなせているな」

「ええ。さすがヘザリーだ」

 マイヤーのつぶやきにメカニックの多田倉が答える。他のメンバーが疑問に思っているの察して多田倉が説明を加える。

「あれはプラズマ刃紋刀、刃の表面にプラズマを纏わせた近接格闘武器。他のものより斬れ味は抜群に優れているし、耐久性も高い。敵の高密度流動性砂塵装甲に対しても有効だ」


 斬り伏せられ完全に沈黙した敵の残骸が突然、高熱を発しながら跡形もなく分解、黒煙となって空中に霧散していく。その場に焼け焦げた跡だけが残される。


「やはり塵を残すだけか」とマイヤーがぼやく。その傍らで多田倉も焦げ跡を手でなぞりすすを確認しながら、調子を合わせてつぶやく。


「分子レベルまで分解されてしまって……これでは敵のテクノロジーの一端も掴めませんね」 


 離れたところから戦闘の様子を見ていたジェーンとサンベックも沸き立つ。

「あの巨体を一太刀で……」

「すごいよフェリちゃん!」 


――戦える。初めての実戦ながら敵を一撃で倒すことができた。


 今まで一生懸命訓練してきたことは決して無駄じゃなかった。フェリシティはそう確信し、自信をもって立ち上がる。


「ヘザリー、こいつを持っていけ!」

 フェリシティは声のした方を見ると開発主任の多田倉が格納庫隅にあるコンテナを指さして呼びかけていた。


 開かれたコンテナの中にはボーガンのような形をしたSWG用の小銃が収められている。


「レーザーボーガンだ」


「はい」


 フェリシティはコンテナの中の銃を取る。SWG用アサルトライフルの銃身の横に弧を描くレーザー発射装置が片側3門ずつ計6門が取り付けられている。名前の通りボーガンの形をした武器。


「そいつは、撃ったあともレーザー光で砲弾を加速、標的に当たるギリギリまで弾道を制御する。実体弾兵器のなかで最高の命中精度だ。 遠距離からでもガンガン当たるから敵には近づくなよ!」


「ありがとうございます」


「やばくなったら逃げまくれ!」


「はい!」


〈アルフェッカ〉は、今さっき侵入してきた星屑体せいせつたいが開けた〈レ・ディ・ネーミ〉の穴から飛び出す。


 満身創痍になりながらも、ずっと敵を引きつけ続けている櫂惺かいせいを助けるため、空中でレーザーボーガンを構え敵に照準を合わせ、引き金を引く。


 砲弾が発射されると同時に左右からレーザーが放たれ砲弾を加速させていく。敵に直撃、分厚い流動性砂塵装甲を1発で貫き内部で炸裂。直撃を受けた敵は粉砕し、光と高熱を発し蒸発してゆく。


「小銃で⁉ なんて貫通力⁉」

 櫂惺がその武器の威力に驚く。


 1体撃破。遠く離れた敵に容易に直撃させられる。火災による熱滞留と強い風が吹き荒れる中でも、精密な弾道計算をしなくてもレーザーボーガンが自動でそれを行ってくる。


 フェリシティは補足した〝亡霊〟たちをレーザーボーガンで、次々に撃破していく。


(多田倉さんの言った通り精確に狙いをつけなくても直撃させられる。それに連射も)


「この武器すごい!」


 フェリシティは無線で櫂惺かいせいに呼びかける。

櫂惺かいせい君、大丈夫?」


「ありがとう、助かったよ。でもフェリシティ、どうして出てきたの?」


「もうここに残ってるのは私たちだけ。ここにいる敵を倒さないと脱出できないの」


「わかった、じゃあ僕が前に出て敵を引き付けるから、フェリシティが敵を倒して」


「今のその機体じゃ無理だよ。あの時のシミュレーターでやった通り、私が前に出るから、ね、そうしよ」


「……わかった、気を付けて!」

 自機の状態を考えれば仕方がないと櫂惺かいせいは奥歯を噛む。


 フェリシティは、軌道エレベーターの敷地の外へと出る。黒煙があちこちで立ちのぼり、酷い光景が広がっていた。昨日までのあの平和な雰囲気で賑わっていた街並みが一変、瓦礫と味方機の残骸が散らばり、軍人たちの無残な亡骸が横たわっている。原型を留めている遺体はほとんどなく、体の一部と思われるものが、辺りに散乱している。


 のきを並べていた出店でみせも多くが破壊され燃えている。


 フェリシティは周囲の状況を確認していると、壁や地面の至る所で、霧吹きで吹きつけたような不気味な赤茶けた痕を目にする。


「なに……この赤い痕?」 


 防衛部隊の姿が見えない。


「この一帯を防衛していた部隊は、もう全滅しちゃったの?」


 CRESクレス専用のSWGに搭乗しいるフェリシティの体内では、ナノマシンが活性化し、脳内物質の分泌が調整され、緊張や恐怖心が大幅に抑えられている。


「ナノマシンによって感情がコントロールされていなかったら、こんなひどい光景、まちがいなく冷静でなんていられない。きっと足がすくんで動けなかった」


 無人機もすべて機能を停止。照明も落ちて、辺りは薄暗い。


「通信も繋がらない」


 シェルターに入れなかった市民たちが軌道エレベーターで宇宙へ逃げようとしたのか、周辺には多くの人々が集まっていた。


 それを狙い〝亡霊〟たちが逃れる人々を容赦なく殺戮していく。


 男性も女性も大人も子供も関係なく、今確かに存在していた命が一瞬で、跡形もなく、〝亡霊〟たちにに触れられた瞬間、真っ赤な霧となって風に流されていく。


 平和だったはずの日常が、赤く染められていく。


 頭は至って冷静だが、しかし、フェリシティの心の中に激しい炎が宿る。


 逃げ惑う市民へ〝亡霊〟の袖が伸びたその時、水色の疾風に乗り白刃が舞う。瞬時に〝亡霊〟が3体斬り裂かれ、高熱を発し蒸発していく。


 間髪入れず〈アルフェッカ〉から繰り出される白刃が敵を斬り伏せ塵へと変える。


 敵が射撃の態勢に入ると上空へ跳躍、空中で華麗に身を翻しながら敵の放つ砲弾をかわす。建物の壁面と壁面の間を蹴って跳び、林立する高層ビルの間を伝いながら敵を薙ぎ掃ってゆく。


「すごい……SWGであんな動きをするなんて」一昨日のシミュレーター訓練でも見たことない動きを見せるフェリシティに櫂惺かいせいは驚嘆する。


 フェリシティの搭乗する〈アルフェッカ〉がどんどん先へ突き進むなか、櫂惺かいせいの〈ドラグーン〉も遅れることなく追従し後方からフェリシティの背中を守る。


(二人でやったシミュレーター訓練が役に立ってる)


 初めての実戦ながら呼吸を合わせた見事な連携を見せる二人。


〈アルフェッカ〉に迫る敵の雷撃を〈ドラグーン〉が絶妙な位置にデコイを射出し防ぐ。 


 フェリシティは櫂惺かいせいの援護により敵の攻撃を恐れることなく肉薄し、白刃をひらめかせ確実に仕留めいく。

〈アルフェッカ〉は周辺に集まった人々に被害が出ないよう、敵の目の前まで接近しプラズマ刃紋刀で斬り伏せる。櫂惺かいせいも市民を襲っている敵に高周波振動ナイフを投擲し、敵の注意を自機に引きつける。


 わずか10分ほどの戦闘で、基地の防衛に当たっていた〈ドラグーン〉部隊を全滅させた敵の一群を、フェリシティの〈アルフェッカ〉と櫂惺の〈ドラグーン〉で掃討した。


 上で見ていたH.E.R.I.Tヘリットの面々が二人の活躍をモニター越しに食い入るように見る。


 しかし、櫂惺かいせいの乗る〈ドラグーン〉は左足に被弾し、もはや戦闘継続は困難になっていた。また櫂惺かいせい自身もまた呼吸がひどく乱れ始めている。


櫂惺かいせい君、大丈夫?」


「うん、大丈夫。でも機体の方が、もう、まともに動かせない」


櫂惺かいせい君は船に乗って、あとは私に任せて」


「もうこの一帯に敵はいない、大丈夫か……」


 機体を捨て、櫂惺かいせいは〈レ・ディ・ネーミ〉から降ろされたロープにフックをかけ、引き揚げてもらう。艦内のSWG格納庫に乗艦すると、すぐに医師のジェーン・デイヴィスが栄養補給ドリンクをもって櫂惺に駆け寄る。


「お疲れ様! はい、これを飲んで」


「ありがとうございます」

 櫂惺かいせいは手渡された栄養補給ドリンクを一気に飲み干す。


「疲れたでしょう。ケガはない?」


「大丈夫です、特に、ありません」

 しかし、再び立ち上がろうとするとふらついて倒れそうになる。デイヴィス医師が櫂惺かいせいの肩を支える。


「とにかく休みなさい」


 多田倉も駆け寄り櫂惺に肩を貸し支える。


「すみません、ありがとうございます」


「おう! よくやった! よく粘ったな」  


 マストが潰れ、レーダーおよび各種センサーがすべてダウンしていた〈レ・ディ・ネーミ〉の代わりに、フェリシティは〈アルフェッカ〉のセンサーを使って周囲の状況を探る。


 音響センサーが戦闘らしき音を拾う。遠くでまだ戦闘は続いているようだ。通信を拾おうと試みるが、やはりどのチャンネルも通信状況は悪い。


 基地司令部は破壊され指揮系統は混乱を極めていた。電力は復旧せず周辺は未だ薄暗いままだった。


 赤外線センサーに切り替えると、離れたところに戦闘の光を確認する。


「近くに敵はもういないみたいです」


『では、脱出しましょう。フェリシティも帰投してください』

 副長のサストリーがフェリシティに帰投命令を出す。


「はい」


 と、次の瞬間、赤く眩い閃光が〈レ・ディ・ネーミ〉をかすめる。


「あっ、ぶなっ‼」

 操舵士官のマイラ・ヴェラソラが左舷スラスターを噴かし艦を傾け、間一髪でかわす。


「敵礁核体しょうかくたいから攻撃です。質量を持った熱線兵器による攻撃と推定」

 ポリーナが副長のサストリーに報告する。


礁核体しょうかくたいに見つかったか……これではまだ脱出できない。我々を逃がさないつもりか……」


 サストリーは苦い顔をしてつぶやく。


(あれをどうにかしないと……みんなが逃げられない)

 フェリシティは通信を傍受し、ノイズまじりに付近で戦闘中の部隊と思われる通信のやり取りを聞く。


「苦戦しているみたい。なんとか出来ないかな」 

 フェリシティは〈レ・ディ・ネーミ〉の格納庫の中にいるH.E.R.I.Tヘリットのスタッフと救助された多くの人々に視線を移す。そして目を細め、端に座る彼の姿を見つめる。病を押してまで、面識もないみんなのために命を懸けてがんばってくれた。


 彼を見ていると自然と心が安らぐ。両親といるときと同じくらい安らぎを感じた。彼が近くにいてくれるだけで何でもできそうな気がしてくる。彼が近くにいてくれれば勇気が湧いてきて敵と戦うことも恐くはない。SWGに乗り込む前からそう思えた。


「向かいます。みんなはそこでそのまま待機しててください!」


「ちょっ⁉ フェリちゃん!」

「フェリシティ待ちなさいっ!」

 サンベックとマイヤーが呼び止めるも、プラズマエンジンを噴かせ交戦中のエリアへ急行する。すぐにノイズが酷くなりフェリシティに通信が届かなくなってしまう。

「フェリシティ! フェリシティ、聞こえてるか⁉ 応答しなさい」


「フェリシティ、フェリシティ! ダメです、通信が届かない……」

ポリーナも呼びかけるが、〈アルフェッカ〉は紫白しはく色の光の尾を引きながら飛び去ってしまった。 

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