第17話 逃げたい気持ち

 等身大サイズのSWGを身に纏い、空中を自由に舞うダンス競技「フェリーク」を観覧するため、櫂惺かいせいとフェリシティはアムレート市の中心にそびえ立つ軌道エレベーターの下まで来ていた。この都市のランドマークタワーであり、宇宙空間へと繋がる連絡通路。


 一般市民の玄関口である軌道エレベーター、それを昇降するゴンドラ乗り場の周辺一帯に公園が広がっている。大通りには出店でみせのきを並べ、辺りはとても賑わっていた。


「真下からだと、てっぺんが全然見えないね」

 櫂惺かいせいは90度首を反らせ、そびえ立つ巨大な塔を見上げる。


「いろいろなお店が出てるね」

 フェリシティは興味津々と、きょろきょろ辺りを見渡している。


「ゴンドラ乗り場まで見ながら歩こうか。フェリシティ、何食べる?」


「うーん、あ! ジェラートのお店、抹茶味もある!」


 目を輝かせるフェリシティを見て櫂惺は素早く、かつ優雅さを忘れず列に並ぶ。


「フレーバーが豊富、クリームチーズもおいしそう」

 列に並びながらフェリシティはメニューに目移りしている。


「2種類のせられるみたいだね。フェリシティ、抹茶とクリームチーズでいい?」


「うん!」


 櫂惺かいせいは、腕時計型端末でスマートに会計を済ませ、二人は店主のジェラティエーレからお目当てのものを受け取る。


「ありがとう、櫂惺かいせい君」


「いえいえ、喜んでもらえて何より」

 ぱっと花が咲いたように笑顔を見せるフェリシティに、櫂惺かいせいもまた英国紳士気取りのさりげない笑顔を演出してみせる。


櫂惺かいせい君は何を頼んだの?」


「ピ、ピスタッキオ」と先ほどのジェラティエーレが発音したとおりに櫂惺かいせいは言ってみた。


「へぇ~、ピスタチオ頼んだんだ。いいね、おいしそう」


「そ、そうそうピスタチオ、ピスタチオ、うん……」


(またとっさに、全然知らないもの選んでしまった。なんとなくオシャレぽかったから注文してしまった。見栄を張ってしまったの、バレてないだろうか……)


「フェリシティ良かったら食べてみる? お先にどうぞ」


「いいの、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、一口だけ」

 フェリシティはスプーンですくい口に運ぶと、ほわーっと、とろけたような笑顔になり、おいしいと感謝をこめて伝えてくれる。


 色どり豊富な笑顔を見せてくれるフェリシティに櫂惺かいせいは心まで十分満たされていた。


「フェリーク競技」が行われるアリーナに向かうため、二人は白いゴンドラに乗る。しばらくして視界が広がり、外の景色が飛び込んできた。 


 ゴンドラの窓から下を眺めると月――スティクス――の裏側全体が一望できる。真下には、大地を覆うもやが、アムレート市の夜景の光を和らげ幻想的な風景を生み出している。正面に目を向けると、ネメシス星系に広がる大量のちりが真空の宇宙空間に〝雲〟を形づくっている。それらが恒星ネメシスの光を反射し、キラキラと輝いていた。


「見て櫂惺かいせい君、きれいだよ」


「ほんとだ、コロニーから見る景色とは違って見えるね。やっぱり重力の大きい天体の周りには塵雲じんうんが多いんだ」


「地球ではこのちりがあったから、2020年代まで、ネメシス星系が発見されなかったんだよね」


「そうらしいね。あ、そういえばこのゴンドラ、太陽系のほうに向いているはずだよ。ほら、あっちの方角」

 櫂惺かいせいがスティクスの北極の方角を指さすと、フェリシティもそちらの方角を見つめる。


「地球見えるかな……さすがに地球は見えるわけないか」


「うん、地球の太陽も、この雲でよく見えないね」


「やっぱり、行ってみたいなぁ……地球」

 フェリシティが地球の存在する方角をじっと見つめている。その眼差しは、どこかせつなげだった。


「地球もかなり再生が進んだみたいだし、いつかは行けるようになるんじゃないかな」


「でも、10年後にはネメシス星系、太陽系から離れて行くんだよね」


「……みたいだね」

(地球にはあの〝亡霊〟たちは存在しないし、多くの国家で徴兵制なんてものは無いと聞く。そんな地球にやっぱりフェリシティは憧れているのだろうか。

 フェリシティ、やっぱり逃げたいのかな……当たり前だ、こんな女の子が戦争に行きたがるわけがない)

 櫂惺かいせいは地球の方を切なげに見る彼女の眼差しに、決意を新たにする。


――自分もSRNを打って、戦う。



 フェリークが開催される会場に着くとそこは、楕円状の空間が広がる。


 アムレート市軌道エレベーター高度40kmに建設された巨大競技場。上空およそ40kmから50kmに形成される浮上磁場を利用したスタタイト装置により浮遊している巨大施設。


 二人はホテルのコンシェルジュのような人に招かれ、特別に用意された最前列の席に着く。初めのうちは二人とも恐縮していたものの、競技が始まるとすぐに、その魅力に惹き込まれる。


 数人の選手たちが演技を終えた後、金メダル最有力候補のリディア・トゥレックの演技が始まる。


 身に着けたスタタイト装置で無重力状態になり、広いスタジアムの中で重力の制限を受けず自由に舞う。彼女の通った後には光の航跡が現れ、美しい幾何学模様を生み出す。


「きれい……」


「本当に妖精が舞っているみたいだ」


「でしょ!」


「うん」


「こうやって直接演技を見るの、ずっと憧れだったんだ。夢が一つ叶った。ありがとう櫂惺かいせい君」


「いやいや自分は何も。刀島とうじま隊長のおかげだよ」


「あとで、刀島とうじま少佐にお礼言わないと。私、すごく失礼な態度取っちゃったから」


「別に気にしなくて大丈夫だよ。いちいちそんなこと気にする人じゃないし。でもまあ、後でまた二人でお礼言いに行こうか」


「うん!」


(すごい綺麗だ。この演舞を見ていると、さっきの宇宙船ドックの〝惨劇〟が清められていくようだ……フェリシティも喜んでる。よかった。さっきの大失点は取り戻せただろうか。ありがとう、銀河の妖精!)


「きれい。私もあんな風に飛ぶことができたらなぁ。そうすればもっと上手に戦えるんだけど」


「こんなときも研究しているんだ。そういえばフェリシティがあの丘で踊っていたのもこんな感じのダンスだったよね」


「……うん、動画見ながら見よう見まねだったけど、やっぱり本物は違うね。私のかなりヘタだった」


「そんなことないよ、すごく上手だったし、きれいだった。14m級のSWGであんなこと、ふつう出来ないよ」


「ありがとう……うれしい」 


 素直に喜び、、照れるフェリシティ。会話が止まっても、もう気まずさを感じなくなっている。その静かな時間ですら心地よく感じられるようになっていた。

 


 フェリークを見終えた後、櫂惺かいせいはフェリシティを滞在先のホテルまで送る。


櫂惺かいせい君、今日は本当にありがとう。すごく楽しかった」


「ううん、こちらこそ。フェリシティと一緒にいれて楽しかった。また一緒に行けたらいいね」


「うん、また行きたい。楽しみにしてる」


 こんな何気ない会話でも、今の二人にとって、未来に希望を感じられるとても大切な、何より得難いものに思えた。


 フェリシティは笑顔で手を振ってくれる。 櫂惺かいせいも笑顔で手を振り返す。彼女がホテルロビーに入り、姿が見えなくなるまで櫂惺かいせいは手を振り見送った。



 アムレート市の軍宿舎に戻ってきた櫂惺かいせいは自室に入ってもフェリシティのことばかり考えてしまう。


 自然と勇気が湧いてきて、不安に思えていた将来のことも、不思議と何とかなるように思えてきた。


 何かをやり切った後のような達成感を伴う疲れが出てきて、睡眠薬を飲んでいないのに眠気を感じる。


「今日はよく眠れそうだ」


 こんな心地よい眠気がやって来たのはいつぶりだろう。

 

 櫂惺かいせいは早々に勉強を切り上げてベッドに潜り込む。フェリシティのことを考えると懐かしい安心感に満たされる。


 体調不良が常態化してからというもの、寝ることさえ怖かった。医者から体のどこにも異常は無いと断言されてはいても、心臓が弱っているような感覚に、寝てしまったらそのまま目を覚ますことなく死んでしまうのではと、そんな恐怖をいつも感じてたから。


(でも、今日は違う)


 安心感に包まれ暖かい幸せを感じながら、櫂惺かいせいは深い眠りについた。

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