第7話 太陽系外敵性存在

 櫂惺かいせいは、診断の結果を学校側へ報告した結果、SWGの操縦訓練が無期限停止となる。


「予想はしていたけど、やっぱり最悪の結果になった……」


 SWGの訓練を受けることが出来なければ単位が取れない。留年が認められていないこの学校では進級できず退校が決まる。言い渡された決定に呆然とする。


 両親のいる家には帰りたくない。今更帰れもしない。ここを出て、行く宛などない。


「とりあえず、今できることをしよう。気持ちを切り替えていかなきゃな。みんなが頑張っているのに、自分だけ休んでいられない!」


 そう思い立ち、部隊のみんながSWGの訓練を行っている時は、学校の外に出てランニングなど軽めのトレーニングをしていた。円筒えんとう型で直径4kmのニューランズ・コロニーを1周するだけで12kmから13kmと、結構な距離になる。


 そんなことを1週間ほど続けているうちに、円筒型スペースコロニーの内側、円の中心点を通って、工科学校のちょうど反対側にある丘に足を運ぶようになっていた。雲が出ていなければ、真上に学校がはっきりと見える。SWGも小さな点にしか見えないが、みんながSWGの訓練に励んでいる。


(医者からは、静養するようにと言われていたけど、じっとなんかしていられない)


 しかし、ペースを落として走っていても、すぐに息が上がり、いつもながら胸のあたりに痛みを感じるようになる。めまいも起こり、ふらついて気を失いそうな感覚に陥り、たまらずその場にへたり込む。


「これじゃ……訓練どころか、トレーニングすらまともにできない。薬もちゃんと飲んでいるのに……なんでだよっ」


 処方された薬を飲むようになって、安静にしている時は胸の違和感は無くなりはしたが、緊張状態が続いたり、運動すると相変わらず体調に異変が生じる。


(やっぱり運動すると、胸のあたりが痛くなる。息もすぐに上がっちゃうし……パニック障害だって……? たくっ、何なんだよ……それ、クソッ)


 座り込んだのは丘の上で空を見上げ、昔のことを思い出していた。


 あれは10年前のこと。そのニュースは、突然飛び込んできた。



『緊急ニュースです!』


 学校帰り、友達たちと下校途中、一人が持っていた携帯端末を見て驚きの声を上げ、皆を呼んだ。


 いつもニュースなど見ない子供たちが皆、飛び込んできたニュースを食い入るように見ていた。


 映像が、イーハトーブ首相の記者会見の場に切り替わる。会見場の空気が張りつめていることが映像越しにも伝わってきた。首相もこわばった表情で説明をはじめる。


『本日未明、惑星ヘレネー暫定政府から極めて重大な情報が送られてきました。その内容は、去る2093年10月7日、惑星ヘレネーの数都市が、国籍不明の一団から攻撃を受けたとのことであります。


 一つ都市が完全に消滅。その周辺の都市にも大きな被害が出たもようです。報告によりますと、20万人を超える犠牲者が出たとの発表がありました』


 少し間をおいて、首相は少し躊躇いながら再び言葉を続ける。


『その後の詳細な調査の結果、攻撃を行った、その一団は……人類以外の知的生命あるいは、未知のテクノロジーで生み出された兵器、と断定されたようです』


 最初に惑星ヘレネーに到達、入植を開始していたダファディル・コロニーの住民たちが、謎の存在と遭遇し攻撃を受け、戦争状態に入ったと。


 その当時、まだ宇宙を航行中のイーハトーブと惑星ヘレネーの距離は、光の速さでおよそ1か月。イーハトーブにそのニュースが伝えられた時には、事件が起きてから1ヶ月が過ぎていたことになる。


 霧笛櫂惺きりふえかいせいの住む航宙スペースコロニー「イーハトーブ」は最終加速を終え、ネメシス星系第2惑星ヘレネー到達まで、あと3年という距離に迫っていた。もはや、自力では地球に引き返せないところまで来てしまっていたのだ。


 たとえ危険だとわかっていても、イーハトーブ市民には、そのまま惑星ヘレネーへと進む選択肢しか残されていなかった。


 映像に「太陽系外敵性存在」というテロップが付け加えられる。


 首相は続ける。


『これらは太陽系の外で誕生し、明らかに高度な科学技術力を有しております。そして人類に対し、意図的に攻撃を行っているものと推測されています』


 そして、襲撃を受けた時の映像が流される。隕石が惑星ヘレネーに飛来、破片をぼろぼろと落としながら地上に激突、凄まじい爆風と振動で、都市一つが一瞬にして吹き飛んだ。

 そして、うごめく異様な影が無数に出現した。


 灰色で、足のない得体えたいのしれない物体がすそから幾筋もの稲妻を発し、ゆらゆらと浮遊している。亡霊のような異形いぎょうの物たちが群れを成し、火の雨となって、入植者たちの住む都市に落ちていく。さっき隕石から剥離していた破片たちだ。


 都市に侵入した〝亡霊〟たちは、破壊の限りを尽くしたのち、忽然とその姿を消す。


 これ以後、惑星ヘレネーにおいて、その正体不明の敵性存在との戦争が続くことになった。



「まだ、体の調子が戻らない……こんな状態じゃ、SWGの訓練なんて、できやしない」


 夢が今、潰えてしまった、そんな気がして絶望する。このままでは、敵との戦いで主力となるSWGパイロットになることは叶わない。今や、人の役に立つどころか、人の足を引っ張るだけの、ただのお荷物になってしまった。


 処方された薬を飲んで症状は改善したけど、それでもパニック発作は起こる。一旦発作が起こってしまうと、抗不安薬を飲んでもほとんど意味はない。


(やっぱり、SRN治療を受けるしかないのかな……)


「もう、人のために働くには、その方法しか、ないのか」


(それでも、こんなお荷物の状態でいるよりましだ。たとえ戦場で死ぬことになったとしても)


 この学校に入った時から、その〝覚悟〟はできてる、はずだった。


 あの〝死ぬんじゃないかという恐怖〟を味わうまでは。


 その気持ちが今、大きく揺らいでいた。


――人を守るためなら、死んでもいい。


 それはただのセンチメンタリズム。現実の死の恐怖を知らない人間が、両親との確執で自暴自棄になって、甘い感傷に浸っていただけなのかもしれない。


CRESクレス」と呼ばれる人たちは、しんに、死と隣合わせだ。前線で戦い続けなければならないのだから。


 座り込んでいた丘の空に、スパーク音が響き渡る。本来それほど大きな音を出さないプラズマ推進エンジンが、性能の限界まで引き出そうとしているのか、一帯に轟音を轟かせている。


 見上げると、いつもの水色のSWGが見えた。


「また踊ってる」


 痩身の軍用と思われるSWGが、空中でステップを踏んだかと思ったら、縦回転横回転、ダイナミックな動きも取り入れつつ急加速、急制動の連続。


「すごい……」


(すごい操縦技術、でも――)  


「よくあれだけの無茶な動作や空戦機動してて故障しないな。

 いや、あれ壊す気でやってる……? 

 それにさっきから、機体が悲鳴を上げるような動きをしている時、なぜか下に見える研究所の方から本当に、人の悲鳴が聞こえてくるのは、いったいなんだろう……?」


(いったい、あの研究施設で何が行われているだ……? 恐ろしい実験でもしてるのかな? 怖えぇ……)


 あの水色のSWGに乗っているのはCRESクレスパイロットだろう。つまり自己複製型ナノマシン「SRN:Self Replicating Nanomachines」の投与を受けた人間だ。


 それにしても、なんだか楽しそうだ。ダンスのことはよくわからないけど、素人目にも楽しげに踊っているように見える。


 きっとつらいことも多かっただろうに。徴兵され訓練中なのだろうか。


 搭乗している人物がどんな思いで、あのSWGに乗っているのか。強制的に戦争へ行かされることが決まっているというのに、相変わらずとても楽しそうに踊っている。


――どんな人が乗っているんだろう。いずれ戦場に送られることが決まっているというのに、どうして、あんなに楽しそうに飛べるのかな?


 櫂惺かいせいは、いつも空で舞っている、あの水色のSWGのパイロットのことが、ずっと気になっていた。


「志願兵でもないのに、なぜ?」

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