第2話 新世界

 闇夜に砂と岩に覆われた大地に幾筋の線が走る。


 地面すれすれの超低空飛行で、背に土埃を巻き上げながら、17機の人型機動兵器が、暗闇の空と褐色の大地との冥闇めいあんの狭間を駆け抜ける。


『離されるな、しっかりついて来い!』

『よしそのまま追い込め』

『砲撃準備!』


 無線越しに、強く張り上げられた声で指示が飛ぶ。指揮官の指示通り、追従する16機の軍用SWGがよく統率の取れた動きで砲撃態勢に入る。


『撃てっ‼』


 命令とともに目標に向け、機体の右肩に掛けられた大砲が一斉に爆炎を噴く。


 放たれた砲弾が、敵に見立てたドローンの群れの上で同時に炸裂、その一帯を光焔の地獄に変える。立ち込める煙が晴れると、そこにいたドローンたちはすべて粉々に破壊されていた。


『よしっ、次!』


 全身を厚い装甲に身を包んだSWGが大砲を構え、再びドローンを追う。


 機体背部の大型スラスターから青白い炎を放ち、全高14メートルもの巨体が時速300kmを超える速さで褐色の大地を疾駆する。


 砲撃戦用の装備をした軍用SWG〈ドラグーン〉。その中で操縦桿そうじゅうかんを握っているのは、まだあどけなさの残る16歳から18歳の少年たち。


 そんな若きパイロット候補生たちが、副隊長のアーニス中尉に率いられ、月の荒野で実戦を想定した訓練を行っていた。


 17歳になった霧笛櫂惺きりふえかいせいも、その訓練に臨む一人。


 標的となるドローンを撃墜すべく、指揮を執るアーニス副隊長と隊員15人の仲間たちと共にそれを追う。実弾を使った訓練ともあって、いつにもまして緊張している。


星屑体せいせつたい」と呼ばれる敵に見立てられたドローンを狩るため、17機の〈ドラグーン〉が隊列を崩ずすことなく一つの塊となって突き進む。


 ドローンたちを予定した地点に追い込んだところで、スラスターを逆噴射させ、急制動をかける。強烈なGが全身にのしかかるのを、歯を食いしばり、足を踏ん張って耐え、即座に機体を着地させる。


 と同時に、機体背面腰部に折りたたまれていた補助脚を展開、4足となり砲撃態勢に入る。右肩に搭載された榴弾砲を構え、


『撃てっ!』アーニス副隊長の命令とともに皆が引き金を引く。


 目標地点で同時弾着するよう、各機位置する場所によって数秒の間隔をずらし砲撃を行う。すぐさま両手に持った荷電粒子ビーム砲を構え、一斉に射撃を開始。直接標的を狙わず、ドローンたちをばらけさせず一か所に留めておくため、敵の動きを牽制する。


『SWGが装備できるビーム砲、レーザー砲の出力では敵に有効な打撃を与えられない! 牽制射撃! 砲弾が届くまでドローンたちを釘付けにしろ! 1体も逃すなっ‼』アーニス副隊長から指示が飛ぶ。


 見事に同時弾着させ、ドローン全機をすべて撃破。


 すぐさま補助脚を格納しスラスターを噴かせ離陸、同時にスロットルレバーを前に押し込み全速力で次の目標へと向かう。


 見事な連携で次々にドローンの群れを撃墜していく〈ドラグーン〉たち。順調に訓練を進めていく中、霧笛櫂惺きりふえかいせいの〈ドラグーン〉が遅れはじめる。


「挙動がおかしい」

 母艦の艦橋で訓練の評価を行っていた部隊長の刀島とうじま少佐が、すぐその異変に気づく。


〈ドラグーン〉のコックピットの中で、櫂惺かいせいは、汗をにじませながら苦悶の表情を浮かべていた。


 訓練が始まってすぐに胸の違和感を感じていたが、それがだんだん強くなり、加えて今は胸に激痛を感じるほどになっていた。


(手と足がビリビリしびれる……手が冷たくなって力が入らない……)


 操縦桿そうじゅうかんもまともに握れないほどの状態にまで悪化している。


 視界が暗くなり、さらに意識が遠のいてゆくのを感じ、ひどい焦燥感に襲われる。呼吸もだんだん苦しくなって、なんとか息ができている状態。


(――っ、息ができないっ……⁉)


 しびれが全身に回り、顔までビリビリとしびれる。心臓がバクバクと激しく鳴る。自分の身に何が起きているのかまったくわからず、死ぬのではないかという恐怖に支配され冷静さを失いつつあった。


(何なんだ、これ⁉ いきなり……ダメだ、息ができない……心臓がおかしいっ‼ …………死ぬっ⁉)


 今まで感じたこともない〝死ぬ〟という鮮烈な恐怖が櫂惺かいせいを襲う。


「くそっ! なんで、こんな時に」


 スロットルレバーを掴んでいた手を離し、胸を押さえ苦しむ。全身に痙攣けいれんが起こりはじめ、ついに操縦桿そうじゅうかんを握る手まで離してしまい、機体が制御を失う。


 櫂惺かいせいの乗る〈ドラグーン〉が徐々に高度を落としていく。


 そして、そのまま立ち直ることなく地面に激突、激しく砂埃を巻き上げながら地面を凄まじい勢いで転がっていく。


「っ――――――――――‼」ぐっと歯を食いしばりながら衝撃に耐える。


 何度も地面に叩きつけられ、跳ね上げられて、およそ二千メートルほど転がったところでようやく止まる。機体は大きく損傷しながらもコックピットの中の櫂惺かいせいに大きなケガは無かった。大したケガは無いと、一瞬安心するものの、体の異常は治まっておらず、依然として〝死の恐怖〟は続いていた。


(た、助かった……? でも、まだ……息が苦しい……、心臓も変だ……。誰か助けて……、このままじゃ……)


 心臓の激しい拍動が治まらない。すぐ近くに人がいないという孤独感に、これまで感じたことのないほど非常に強い恐怖を覚える。


(助けて……くれ、息ができない、心臓が止まる⁉ 怖い……、僕、死ぬのか……、こんなところで……、死ぬ? 一人で死ぬのは……怖い、誰か……、まだ死にたくない……怖い……死ぬのは怖い!)


 手と足の片方ずつを失い、機体の至る所に大きな損傷を受け仰向けに倒れる軍用SWG〈ドラグーン〉。その中で櫂惺かいせいは失神しないように何とか意識を保とうと、ゆっくりと、大きく深呼吸することに努める。


 気を紛らわせようと、モニター越しに映る外の景色を眺め、〝死ぬ〟かもしれないという恐怖心を懸命に抑えこもうとする。


 強い恐怖を伴う孤独感から一刻も早く解放されたい、人の気配を少しでも感じていたい、そんな意識に駆られ、はるか上空の宇宙空間に漂う銀色の〝花々〟を見つめる。


 細長い筒に花びらが6つ付いたスイセンの花を思わせる超巨大建造物。自分たちの住まう郷里きょうり「スペースコロニー」。回転による遠心力でほぼ1Gの疑似重力を生み出し地球の環境を再現させた空間。その中に数十万から数百万人が暮らしている。


 宇宙に浮かぶスペースコロニー群、その奥には水に恵まれた星が見える。そしてその丸い輪郭に光がし始めた。顔をのぞかせたのは太陽。暗闇の中で光り輝くダイヤモンドリングのような光景を見せる二つの星。


 苦しみながら絶え絶えの息で、モニター越しに映る外の世界を見つめる。


 空にオーロラが輝き、大地には青いマグマが流れる月。


 真空の宇宙空間に満ちる雲海。その中に浮かぶ、青い海と金色こんじきの大地が広がる惑星。 


 そしてその奥で煌々と輝く青い太陽。


 暗転してゆく視界の中、そんな世界を眺めながら、櫂惺かいせいはついに意識を失う。


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