迷子のプリンセス
ここはとある異世界。どこかノスタルジックでその世界に住む人々もどこかのんびりとした人柄で有名な世界です。
ですが、とある街では何でも”宝石泥棒”という盗賊が世間を騒がしている様子で、ホームタウンでもあるドミノの街でも有名になって毎日のように”噂”されています。
いつもと変わらない平和そのもののホームタウン、ドミノの街にある一人の旅人が訪れました。
ただの旅人なら何も変わらないでしょうけど、その旅の剣士はどうやら旅の相棒と離れ離れになってしまった様子で、非常に苛立っている様子です。
その心配の仕方は、はたから見れば”溺愛”そのものです。名前はプリンセスパール。真珠姫という意味です。
相方のプリンセスパールはとても愛らしい純粋で無垢な乙女そのもの。道にも迷いやすいらしく目を離すとどこかをさまよってしまうというのです。
その相棒となる旅の剣士の名前はラズリ。ラピスラズリという瑠璃色の目と、そして最も不思議な外見の特徴は、左手のごつごつとした瑠璃ラピスラズリの腕。
背中にはまるで砂漠の砂塵のような風が吹くマントを羽織るシャープな美青年です。髪の毛の色は鮮やかな新緑の緑色のロングヘアー。
しかし性格的には不愛想、乱暴、他人を信用しないという徹底した個人主義者。
この只者ではない旅人は、実はあまり知られていませんが、特殊な生い立ちをした人間の種族です。
古い文献にはこう書かれています。古の部族”ジュエリアン”。それは、長らく人間の穢れを知らないまま輝く宝石が、その美しさに見合った心と身体を授けてくれたのだというのが有力な説です。
ホームタウン、ドミノの街から離れた郊外に住む家族がここにいます。
私立探偵事務所「ラファエロ」を経営する一家、ストロー一家。父フィリップは私立探偵として様々な事件を解決に導いたプロの探偵です。
そして同居人には、愛妻レミリー。愛娘にはレミリアがいる平和な一家です。
朝、いつものようにコーヒーを片手に、新聞に目を通し読み進めるフィリップ。彼には一つ特徴があります。黒ぶちの眼鏡です。これが彼のトレードマーク。もう一つのトレードマークに口髭を蓄えています。
今朝の記事の一面を飾ったのは、巷では”怪盗淑女サンドラ”と異名がある女怪盗の記事です。
記事の内容は、先日、伯爵家の家に『海の記憶をいただきに参ります』と書かれた予告状が届いて、伯爵は傭兵に厳重に守らせた品物を見事に出し抜かれて盗まれてしまったそうです。
彼女が狙った品物は『海の記憶』という異名がつくアクアマリンの中でも最高級の品物でした。
伝説によると、そのアクアマリンを覗き込むと大海の記憶が見えるといいます。
フィリップはあまり伝説というものには興味を示さないですが、仕事上で必要な知識として様々な分野の本を読んだと聞きます。
そこに、家の外に吊るした呼び鈴が鳴りました。
白いドアに向かったのは妻でした。ドアを開けると、街の住民の一人から、こんな苦情が舞いこんできました。
「フィリップさん。今すぐにドミノの街へ来れませんか?旅の剣士が街中の人間たちに因縁をつけているのです」
「どんなもの?例えば?」
「”お前がさらったのだろう!?”とか、”プリンセスパールは知らないか!?”とかもう血眼って言うんでしょうね。騒ぎがこれじゃあ起きそうだからここはフィリップさんの力を借りたいです」
「確かに、その台詞を聞くと相当、剣士とやらはパニック状態だな。わかった。すぐに向かうから」
「頼みますよ。フィリップさん」
彼はコーヒーを飲むと身支度に入りました。彼はもっぱらスーツで行動する人物です。今日は渋めのグレーの上下のスーツを着て、ワイシャツに明るい水色を着て、玄関から外に出てドミノの街へと向かいました。
程なく街道沿いを歩いて5分ほどでドミノの街へとたどり着くと、彼に気付いた一般人の女性が挨拶してくれました。少し怯えた表情を浮かべています。
「フィリップさん、おはようございます。さっき、噂の旅の剣士は目の前の酒場に入っていきました。レイチェルちゃん、大丈夫ですかね」
「あの酒場ね。ありがとう」
彼が酒場に入るなり、旅の剣士の尋問が女性ウエイトレスにされていました。まるで詰め寄るように乱暴に聞いています。
「白いドレスを着た女の子を見なかったか!」
「……」
レイチェルは怖そうにして口を閉じたまま少し後ずさりしています。
「黙ってないで、何とか答えたらどうだ!?」
「……」
「まさか、お前がプリンセスパールを誘拐したんだな!」
次から次へと妄想を膨らませて被害妄想に取りつかれるこの剣士を見かねて、フィリップは声を掛けました。
「落ち着け。そのウエイトレスを怖がらせる言動は慎むべきだ」
「何だ!?お前は?」
「私立探偵だが?お困りの様子だから、ここは任せてくれたまえ」
「レイチェル。フィリップおじさんだ。怖がらせてしまってすまないね。どんな些細なことでも構わないから何かいつもとは違うなって思ったことを言ってごらん?」
「そう言えば、たまたま街道を歩いていたら、白い服の女の子が洞窟の中に入るのを見ました。あそこあんまり地元の人間は近寄らない洞窟なんです」
「洞窟?あの地下水が湧くアクアゲイブのこと?」
「はい。そこへ白い服の女の子が入るのを見ましたよ。この目で」
「そこに、プリンセスパールはいるんだな!?待っていろよ!」
ラズリはまるで飛び出すようにその洞窟に向かってしまいました。思わず制止しようと思った矢先の出来事でした。
「待て!まだ、そこと決まったわけじゃないぞ!って……まるで鉄砲玉みたいだな」
「レイチェル。情報提供、ありがとう。感謝する」
フィリップも酒場を出て、彼はその足で、地下水が湧き出る洞窟、アクアゲイブへと向かいます。
程なくたどり着いた彼は、拳銃を手に洞窟の中を探索します。そこにプリンセスパールとラズリがいるはずだからです。
洞窟の一番奥の部屋に、確かにプリンセスパールはいました。思わず目を見開くフィリップ。
純白のドレス、まるで赤子のような肌、頤は華奢で作りもののような繊細、瞳の色は澄み切った茶色の目です。
彼女はまるで幼女のようにおどおどした口調で、迎えに来た相棒の名前を呼びます。
「ラズリ君……」
「パール!勝手に俺の側から離れるなって言っているだろう!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……ラズリ君。でも……」
「お前は俺から離れないでそのまま守られていればいいんだよ」
「あの。あの男の人は……?」
「知らないな。お前を心配して来たんじゃないかな。さあ、いくぞ」
「うん……わかった」
これが、フィリップ・ストローと彼らの出会いでした。
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