死にたがりな先輩との出会い

6「馬鹿馬鹿しいですね、先輩」

<白瀬梨乃の場合>



 ある日、私がジョーロを持って屋上に行くと今にも身を投げそうな男の人を見かけた。


 ここは札幌の郊外に位置する、お世辞にも頭が良いとは言えない私立大学だ。


 これは——そんな所の工学部、エネルギー学科の私がたまたま屋上に来た時の話である。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――――なーんて。


 それは嘘です。

 私ったら、嘘が下手なのかな~~。


 先輩、いつも私の顔を窺っていた。


 昨日もそう。私が別にしたくもないコスプレを夢だと語って、お金まで払って、こうすれば死なないでくれるだろうって思ってやったけど、帰り際のあの顔。


 子供に作り笑顔で対応する保育士さんのような顔で見られてしまった。きっとすべて見透かされているんだ。


「はぁ……私ももっと素直に慣れたらな~~」


 そんな溜息と思いが6畳一間のワンルームに響き渡る。


 実は私、先輩を前から知っていて——中学生の頃から背中を追っかけていて……でも、追いつけなくて……なんて言えるわけ、ない。


「ははっ。私ったら、何考えてるんだろ」


「やめだ、やめだ……考えるのはやめよっ!」

 

 





<柊誠の場合>


 どういうわけか、二日目も俺は白瀬梨乃の自宅に来ていた。


 玄関を通り、そして廊下を歩いてリビングへ。彼女の6畳間のワンルームに入ったところで俺の脚が止まった。



「……あれ、先輩。どうかしたんですか?」


「え、いや……なんで俺は白瀬の家にいるのかって……」


「自分で意思で来たのに、何言ってるんですか? 最近の先輩、ちょっときもいです」


「自分の意思はそうだけど……って、最近の俺って昔から俺を知ってそうな感じだな?」


「何を言ってるんですか、私は何も知りませんよ?」


「……だよな。聞いた俺が馬鹿だったわ」


「馬鹿だからここに来たんですもんね~~」


「お前が言うか!」


「はっは~~ん。私を先輩と一緒にしないでください! これでも私は数学オリンピックに出たことがあるんですよ?」


「え、まじ?」


「まじです」


 前言撤回。

 なんだこの黒髪変態天才少女。

 属性が付きすぎてもはや馬鹿に見えるまである。


 でも確かに、これで何となく辻褄は合った。


 この前、この部屋に来た時もあったけれど白瀬の机の上には数式のデスクパットが置いてあったし、なんならこの家にあるコップも皿もすべて数式だったし、あながち間違いではない。


「凄いんだな、白瀬」


「当たり前ですっ。一緒にしないでくださいよ?」


「一緒にはしてない……それに俺には良心がある」


「なんですか、私に良心がないみたいな言い方で……」


「鬼畜なこと言いだすからな、お前は」


「どこがですか?」


「全部だ。死にたい奴にお金をたかるし、ラブホと称して猫カフェに行かせるし、なんならシたいをゲームしたいに曲解しやがるしな‼‼ こんな奴に良心なんてあるかよ‼‼」


「あらま、死のうとしている所を助けてあげた命の恩人にそんなこと言うんですか?」


「あれは自分の意思だ。それに——俺には何もないからな。だからこそ、最後に一発しようと思ったんだよ」


「……人のこと言えませんよね、それ」


「そうかもな……」


 はぁ……と溜息を吐いた後、白瀬は冷蔵庫を開け、ご飯を作り始めた。


「なぁ、俺の分もあるのか?」


「ないですよ?」


「え、ないの?」


「冗談ですっ。そうくると思って用意しておきましたよ」


「あ、そ、そうか……意外と気前いいなぁ」


「当たり前じゃないですか、私を誰と」


「鬼畜黒髪天才変態少女」


「属性盛り込み過ぎです……」


 引きつった表情を見せた白瀬、台所に立つその姿は——あまり信じたくはないが新妻感があって少しエロかった。


 それに、エプロンが巨乳でパツパツに伸びてるし……やっぱり体、側だけは最強だな。


「あ、先輩ってゴーヤ食べれます?」


「ゴーヤ? 何それ?」


「え、食べたことないんですか? ほら、沖縄でゴーヤチャンプルとか……そういうやつあるじゃないですか」


「知らん、初耳」


「……びっくりです。というか初耳というより、腐れ耳?」


「俺の耳は腐ってないぞ‼‼」


「ゴーヤも聞いたことないって……腐ってません?」


「腐ってないわ……たまたま聞いたことなかったんだわ‼‼」


「ふぅん。まあいいですっ、たっぷり入れておくんで楽しんで下さ~~い」


「お、おう……」



 その後、俺は地獄を見ることになるとも知らずに鼻歌交じりにオンラインゲームの周回に勤しむのであった。







「先輩」


「ん?」


「今日、泊まっていきます?」


「え、泊まるの俺?」


「いやぁ、だってこんな時間ですし……?」


「12時……そうか。まあ、じゃあ泊っていくか……」


「それじゃあ……一緒に寝ます?」


「え、いいの? 抱いていいの?」


「なんで一緒に寝るだけで抱くことになるんですか……いいわけないじゃないですか?」


「っちぇ……行けると思ったのに。ていうか大学生ってそういうもんじゃん」


「私は違いますっ……1億円払われても捧げませんよぉ~~」


 そう言って、彼女はそそくさとシャワーを浴びに行った。


 こればっかりは仕方ないか。















 ん?


 今更だけど、マジで俺、なんで後輩の家で寝ようとしてるんだ?


 


 




 


 

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