第32話 女子会をしてみよう。その一

『ねぇ、シェリーって歌上手いよね。こないだの動画も見たよ。』

「センキュー。いつも、ありがとう。」


 元々私がYouTuberであることは、竜也や葵を始めとして、一部のクラスメイトにしか伝えていませんでしたが、私が活動を再開する時を同じくして、別クラスからもと言い、訪れる生徒が増えていました。


『でも、どうしてアニメソングが多いんですか?』


 これも良く聞かれます。さすがはアニメ大国。アメリカでは元曲の事まで聞かれる事が無かったので、この質問の返事はとても困ります。


「あー。んー。日本のアニメーション。とても素敵ね。私が日本語覚える参考にした。だから、歌も覚えた。」


 こう話せば、大体の人は納得してくれる。本当は日本にまるで興味は無かった私が、臓器移植をきっかけに別人のように変わってしまったのですが、現代医学でもよく分からない事象を説明するのは難しい事でした。


(竜也パパのアニメコレクションを観ていると言えば、日本人なら納得してくれるような気がするけど…。)


 まさか自分が同級生と同棲しているなんて、知っているのは葵だけなので、あまり公に言えませんでした。

 ちなみに最近アップした2曲は、日本人ならアニメを見ていなくても知っている事が多い曲のようで、コメント欄も英語よりは日本語で書かれているものが多く見られました。


『シェリー、あの曲難しくなかった?』

「んー。日本語は難しい。英語部分なら、問題ない。」


『ネェ今度皆んなでカラオケ行かない?』

『イイネ。生シェリーちゃんの歌、聞いてみたい』

「私はOKよ。すぐは難しい。調整するね。」


 同級生の提案はとても嬉しかったですが、今は日本の授業に追いつくのに精一杯で、しかも定期的に病院通いが待っているため、私の学業以外のスケジュールは忙しいものでした。

 スケジュール手帳を開いてみると、そこには1ヶ月先までびっしりと書かれた予定。もちろん、全てをそのまま実行しなければならないかと言えば、一概にそうとは言えない。毎日の学業に加え、YouTuberとしての活動予定もあるので、確定事項の病院を除けば、時間を作るのは簡単でした。


(う~ん。どうしよう。)


 簡単じゃなかったのは、私服のレパートリーが少ない事。来日した時にも最低限度の下着と衣服を持ってきたくらいで、それは言わば長期間の旅行気分。学業を行うために来ているので、ステイ先で過ごす用と制服さえあれば良く、収入の関係もあって購入には奥手でした。


『シェリーちゃんってホント、モノが無い…よねぇ』


 葵にもそう言われます。竜也が用意してくれた部屋は元々父親の書斎であり、竜也が『オタク部屋』と呼んでいました。その名の通り、部屋の壁と言う壁には天井まで届く棚が配置され、その中にはアニメのDVDやプラモデルが並べられ、地震で飛ばされない工夫もされていました。

 現在は私のYouTuber活動のため、棚は白い布で覆い、唯一残っているクローゼットやタンスと呼ばれる収納ボックス。そして就寝用の折りたたみベッドがあるくらいのシンプル構造。本国から持ってきたお気に入りのシンセサイザーがより一層目立ちます。

 竜也パパの衣類も室内にまだ残っていて、男女どっちつかずのシンプルデザインと身長が近いことがあって、たまにお借りしていました。(下着は竜也が使用中。)


「葵!服、買う!」

『うん。私、案内するよ。シェリー、スタイル良いから、もっとお洒落しなきゃあ』


 私達は自転車に乗り、30分ほどかけて町中にある衣服店に向かいました。


『わ~これもいいなぁ。あ、これなんかどう?』

「あはは…。」


 どちらがなのかわからないほど、葵は無邪気に商品を物色します。その都度私は、試着室でそれらを身に着けていました。


(そういえばこの店…ロスにあった店…。ここにも支店があるのね…。)


 日本の事を知るため、私は日本人が経営しているお店が近所に無いか調べたことがあり、その中で衣服を販売しているこのお店に、わざわざ車で2時間以上かけて足を運んだ事を思い出しました。


「葵、このお店、アメリカにもあるんだ」

『へぇ~そうなんだ。確かに日本中にあるし、アメリカにもあるんだぁ。ここ、値段も安いし、でも種類もいっぱいあるから、つい買いすぎちゃうんだよね』


「葵、グッドゥセンスね。私、服は…あまり興味無かったけど、楽しいです。ママも私に服をいっぱい選んでくれた。」


 久しぶりに故郷の思い出が蘇って、私もつい笑顔が出てしまいます。外出中のためマスクをした状態でも、葵にはしっかり届いているようでした。

 幸い、私の体に傷があるのは胸元と、点滴をよく打つ両手。それ以外は露出しても問題は無いので、衣服探しに苦労することはありませんでした。

 それどころか、葵のファッションセンスの良さにとても驚きました。


『シェリー、私ね、ファッション系の仕事をするのが夢なんですよ。』


 その言葉通り、葵が選ぶ服はどれも素敵なものばかり。対して私は、外出もほとんどしなかったし、移植以外に助かるすべが無かったので、誰にも見せる事なんてないから適当でいいやと思っていたが、とても楽しい事なのだと初めて実感させられました。


「わお…。」


 お会計時の金額には…驚きましたけど…ね。

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