第23話 修羅場なのです。その1

 『シェリー…。シェリー…。』


(誰?私を呼ぶのは…。)


 今の私は、入院中のはずです。しかし、その声は私の耳ではなく、心に響いている。そんな気がしました。

 目を開けているかも分からない暗い背景。ふわりと宙を浮かぶ感覚。多分、私は寝ているんだと思う。


(ああ、これは夢なんだ。)


 高熱で意識が混濁する毎日で、ついに幻覚や幻聴まで出るようになったのかな。


『シェリー。分かるか?竜也のパパだ。』


(え?竜也の…パパ?)


 なんとか話してみようと試みますが、私の口からは声が出ません。


『大丈夫。焦らず、心で思うだけで良い。』


 その言葉を聞いて、私は少し落ち着きを取り戻しました。


(パパさん…、えっと、はじめまして?で、良いのかな)


『ああ、はじめまして、だな。』


 すると、私の目の前に、あの時写真で見た姿でパパさんが現れました。


(これは夢なんですよね。きっと)


『ああ、そう思って構わない。君と私は、今は一人の人間だからな。』


(私…死ぬの?)


『シェリーは死なない。死なせない。俺が…、お前の体内なかにいる限り、絶対に死なせない。』


(じゃあ、私は治るの?)


 竜也パパは首を縦に振る。


『勿論だ。竜也のためにも、俺達は死んではいけないんだ。』


(そうよ。私は…、私は竜也の婚約者fwianseだもの。)


『そうだ。その気持ちを忘れるな。必ず生き延びて、竜也に会いに行くんだ。』


(はい!パパ…サンキューです。)


 私自身、今どんな表情か分かりませんが、パパさんの顔から察して、私はきっと笑顔なんだと思いました。

 この不思議な体験は、目が覚めてもよく覚えています。そして意識が戻った私は、体温が下がっていて、それからの数日間で、自分でも信じられないくらい快方へ向かっていきました。


『(※英)シェリー、君は本当に運が良かった。もう少し対応が遅かったら、君は死んでいたと思うぞ。』


「(※英)はい。ありがとうございます。先生」


 入院生活は2週間を超え、私は退院する事ができました。自宅に戻った私が最初にした事は、竜也へ無事を知らせる事でした。

 竜也は逸る気持ちが抑えられなかったのか、現地はまだ夜中だと言うのに電話を掛けて来ました。


『良かった…。いきなり連絡が来なくなったから…何かあったんだと…。』


「sorry竜也。竜也ならニュース見てる、思う。LINEで、送った。コロナ、入院、長かった。心配、掛けた。」


『…。』


「竜也…泣いてる?」


『な…泣いてねーよ。』


「ふふっ…」


 再び竜也の声が聞けて、安心したのも束の間。情勢が悪化し、来日が難しくなっている事を竜也に告げると、竜也も理解してくれていました。


『仕方ないよ。でも、ワクチンも出来てるし、すぐに収まるだろう?』

「うん…。」


 私達はそう言って、高校での再会を確認し合いましたが、その後いくら待ってもコロナが終息する事は無く、私の来日予定もズルズルと延びていきました。


 気づけば出会ってから2年が過ぎていました。世界のコロナ騒動はまだ続いています。私は地元の高校へ進学し、間もなく2年生に進級してしまいます。


「(※英)パパ!いつになったら日本へ行かせてくれるの?」


 私はパパにそう言っては困らせました。


『(※英)しかしシェリー。世界はまだまだコロナで溢れている。またシェリーをあんな目に遭わせるわけにいかないのだよ?』


「(※英)いいえパパ。私、竜也から日本の事を聞いています。日本あっちの方が感染者は少ないわ。なら、日本の方が安全じゃないの?」


 我が家では私を気遣ってか、家族全員が家庭内でもマスクを欠かせなくなっていました。


「(※英)この2年で私はいっぱい頑張って、今ではフォロワー100万人も超えたし、お金だっていっぱい稼いだもん。良いでしょう?」

『(※英)しかし…。確かにシェリーのお陰で我が家の危機は脱したよ。私だって辛いんだ。私の決断でまたシェリーを危機に晒してしまうかもしれないと思うと…。』


 私は根気よく説得を続けました。そしてようやく折れた時、季節は春になっていました。竜也も志望校で1年を過ごしていて、学校も分かっていたので、私はその高校への転校手続きと、並行して病院の転院資料を集めたり、留学へ向けての手続きと、忙しい日々が続きました。


『(※英)シェリー…。本当に行くのかい?』

「(※英)はい。ママ、今度はしばらく帰って来れないけど、ちゃんと連絡するから、安心して。」


『(※英)パパは、このままシェリーがお嫁に言ってしまうんじゃあないかと、そればかりが心配だぞ?』

「(※英)あはは。パパ、それは…んー有り得るかもよー。」


『(※英)そ…そんなぁ…』


 パパはガックリと肩を落としていました。


「(※英)パパ、ママ。頑張ってきます!あ、勿論、YouTuberも続けるからね。」


 私は再び日本へ向けて出発しました。入国前の手続きも審査が終わるのに時間が掛かりましたが、ようやく夢の日本高校生活へ向けての第一歩です。


(まぁ…到着から2週間は、ホテル待機暮らしなんだけどねぇ…)


 ちなみに来日の日程も、竜也には内緒のサプライズ来日です。


(竜也、喜んでくれるかなぁ…)


 ドキドキの待機期間は、あっという間に過ぎていきました。

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