第5話 メアリとアン②

「——さてと、お前たちには訊きたいことがある」


 ルーサーは一度地下室を出て、フラメール邸のリビングへと戻っていた。

 半壊し埃が充満する薄暗い地下に長居したくなかったのもあるし、恐らく目当てのお宝はここにはない、と見切りをつけたからでもある。隠し扉や隠し金庫でもあるのなら話は別だが、きっとそれもないはずだ。長年の勘がそう告げていた。


「まず、俺はお前たちが思ってる通りの泥棒だ。だが盗めればなんでもいいってわけじゃあない。俺はある物を探してこの家に来た。訊きたいのはそのことだ」


 ルーサーは二人掛けのソファに浅く腰掛け、ポケットから一枚の写真を取り出した。


「——賢者の石。どうだ? お前たちはこいつに見覚えがあるはずだ」


 はず、とは言ったが確証などなかった。

 しかし双子たちの表情に動揺が走ったのを見て、それは確信に変わった。やはり家のことはその家の住人に訊くのがいい。


「その様子だと、やっぱり知ってるんだな? なら話は早い。じゃあ次に訊くのはその隠し場所だ。お前たちにはお宝の場所まで案内してもらおうか」


「むー、むー!」

「んー、んー!」


 話を聞いているのかどうか。双子は不満げな表情でルーサーを睨み上げている。

 まあ、ご機嫌斜めになるのも無理はない。なにせ二人とも両手両足をロープで縛られ、口にガムテープを貼られた格好で床に座らされているのだから。おまけにソファに座った偉そうな泥棒に見下ろされているとあっては、内心穏やかではないだろう。


「分かった分かった。とりあえず口のテープだけは取ってやるから、その代わり大人しく俺の相談に乗ってくれよ? でないと俺はいつまでもこの家に居座る羽目になるんだからな。それはお前らだって嫌だろ?」


 双子は揃って頷いた。メアリは力強く一回、アンはこくこくと二回。

 素直でよろしい。

 と、ルーサーは二人の口枷を解いてやる。


 すると、


「——っ、誰かー! 誰か助けて大人の人ー! 可愛い双子ちゃんが悪い人に襲われてまーぁす! 盗まれちゃいけないモノが盗まれるーっ!」

 

 メアリは口が自由になるなりそんなことを騒ぎ始めた。侵入者を告げる警報よりもやかましい騒音だ。堪らずルーサーは耳に指を突っ込んで耳栓をする。


「おい、騒ぐなって言っただろ! 話を聞く気がないならまたガムテープすんぞ」

「そんなことしてみろ! また噛みついてやるっ!」


 メアリは獣のように「がるるっ」と威嚇してくる。

 先ほど噛まれた手には、彼女の歯形がまだくっきりと残っていた。今度は指の一本や二本は噛み千切られてしまうかもしれない。

 やはり解いてやるんじゃなかったか。


「駄目だよメアちゃん。そんなこと言って泥棒さんを本気で怒らせちゃったら、本当に私たち襲われちゃうかもしれないんだよ? だからここは、大人しく言うこと聞いた方がいいんじゃないかな?」


 アンはメアリにそう言ったあと、伺いを立てるようなまなざしをルーサーに向けた。

 なるほど。双子とはいえ両方ともじゃじゃ馬娘というわけではなさそうだ。


 しかしこうして改めて見てみると、二人は双子というだけあってよく似ていた。

 亜麻色の髪と翡翠色の瞳。その顔立ちは生き写しと言っていいほどにそっくりだ。

 だが、全てがそっくりそのままかと言えばそうでもない。


 背丈はメアリの方が少し低く、髪はアンの方が少し短い。メアリは黄色の子供っぽいセパレートのパジャマで、アンは薄紫色の大人びたワンピースを着ている。

 それぞれが持つ雰囲気も、彼女らの服装から受けた印象とそう乖離しない。


 伸び伸びと、しかし勝手気ままに育った子ライオンのような印象のメアリに対し、森の湖畔に住む妖精を思わせる楚々とした少女、それがアンの第一印象だった。


「よかった、お前は話が分かる奴みたいだな。二人して駄々をこねられたらどうしたものかと思っていたところだよ」

「その石、の……場所を教えたら、泥棒さんは帰ってくれるんですよね?」

「ああ。教えてくれるってんなら俺はお前たちにこれ以上なにもしないし、お宝を手に入れ次第さっさと出て行くと誓うよ」

「……分かりました。約束、ですからね? メアちゃんもそれでいいよね?」


 聞いた話ではこの少女、アンが双子の妹ということだったが、見ている限りではむしろ彼女の方が姉なのではないかと思えてくる。それくらいしっかりとした子だ。

 なら実際の姉の方はどうかと言えば……。


「言いわけないでしょ! なに勝手に決めてんのさっ!」


 うがー! と噛みつかんばかりの勢いで立ち上がり、いや……立ち上がろうとしてすっ転んだ。が、それでも彼女はめげずに芋虫のような格好で抗議を続ける。


「こんなドロボーに屈するつもり? アンにはプライドってもんはないの?」

「でもメアちゃん、さっきこの泥棒さんに負けちゃったんだよね? しかも魔術師さんだなんて相手が悪すぎるよ。きっと私たちじゃあ、普通に戦っても勝てっこないよ」

「負けてないし……! 少なくとも、心では負けてない」

「こんな風に捕まっちゃった時点でもう負けだよ……」


 はあ、と悟ったようなため息を吐くアンに対して、メアリはまだまだ食い下がる。


「それはアンのせいでしょ! あたしが『警察呼んで』って大声で叫んだのに、のこのこ地下に降りて来たりするからこんなことになってんじゃん!」

「ひどい! 確かにすぐ捕まっちゃったのは私のせいだけど、でもでも寝てたんだから仕方ないでしょ! こっちは雷の音で叩き起こされてびっくりしたんだから!」

「その時点で非常事態だって気付いてよ! 気付くでしょフツー!」

「メアちゃん、前にゴキブリが出た時も同じことやったじゃないっ! 気付いて欲しいなら日頃の行いを悔い改めて!」


 といった具合に、双子たちはルーサーそっちのけで喧嘩をし始める。なにやら雲行きが怪しくなってきた。これでは話が進まない。


「おい、喧嘩なら俺が帰ったあとに好きなだけやってくれ。お前たちの口は今、宝の在り処を吐くためだけに開けてやってるんだ。で、お前たちはその在り処を教えるのか教えないのか、どっちなんだ? 賢者の石は何処にある?」


 ルーサーの問いかけに答えたのは、メアリだった。


「絶対教えてやるもんか……!」 


 メアリはルーサーを真っ直ぐに睨み上げて、そう言い放った。芋虫のような格好でよくもまあ啖呵たんかを切れるものだ。見上げた根性だ、とでも言ってやるべきか。


「そっちはどうだ? 確かアン、って言ったな。お前はこいつと違って賢い選択ができるはずだ。だから早いとこ俺に隠し場所を教えちゃくれないか?」

「……それは、でも……」

「まさか心変わりした、とは言わないよな?」

「…………」

 

 そのままアンは俯き、黙ってしまった。ほんの少し前までその気になってくれていたはずだが、どうやら本当に心変わりしてしまったらしい。あまりのんびりしている時間はないというのに、これだから子供という奴は。

 

「……分かった。そっちがその気ならこっちにも考えがある。お前たちみたいな奴の口を割らせる方法なんて幾らでもあるんだ。例えば、こいつを使うとかな」


 そう言うとルーサーは、ポケットからゆっくりと“それ”を取り出した。

 

 ルーサーの手に握られた“それ”を前に、少女たちは少しの間きょとんとした顔をしていた。しかしその意味が分かると、次第に少女たちの顔が青ざめていく。

 

「嘘でしょ……まさか、それって……」

「……っ、それで一体、なにをするつもりなんですか……」

「決まってるだろ。お前たちが秘密を喋りたくなるようおまじないをかけるんだよ。まあ、具体的には——」


 ルーサーは双子たちの恐怖心を煽り立てるように声を低くして、ずいっと身を乗り出して言った。


「——お前たちがその気になるまで延々と

「――――!」


 ルーサーがそのために取り出した秘密道具、それは——猫じゃらしだった。

 それもその辺に生えているエネコログサではなく、尋問専用に特化したくすぐりのプロフェッショナル。職人気質かたぎの無口なおやじも、ツンケンしたお高い猫も、たったひと撫ででたちまちメロメロにする魔法のアイテムだ。

 

「さてと、じゃあまず最初にこいつの餌食になってもらうのはそうだなあ……やっぱクソ生意気なガキンチョからかな」


 ルーサーは猫じゃらしを右に左にとしならせ、ゆっくりとメアリに近付いていく。


「……ちょ、やめ……来るな馬鹿っ! やっぱりお前あたし狙いの変態じゃ——」


 そして、フラメール邸のリビングに少女の笑い声が響き渡った。


「——っ、あははははははは! おま、いい加減に……んひっ……うくく、無理……そこっ、は……にゃはははははっははははっ! 駄目、死ぬ! 笑い死ぬぅうう!」


 猫じゃらしは無防備に晒された少女の柔肌を撫でさすり、さらには衣服の裾や袖口から潜り込んでその内側までも責め立てる。メアリは、その快感とも苦痛とも言い難い刺激から逃れようと試みていたが、両手両足を拘束された格好のままでは逃げようもない。メアリは嬌声混じりの笑い声を上げながらゴロゴロと床を転げ回り、猫じゃらしは少女の性感帯ウィークポイントを徹底的に追いかけ、くすぐり続けた。


「ほらほら、早く言った方が楽になるぞ。我慢は身体に毒だからな」

「そうだよメアちゃん! 変な性癖に目覚めちゃう前に言っちゃった方がいいよ!」

「目覚めるかっ! ってかアンはどっちの味方だ! ……ぁっ、んく」


 しばらく続けていると、次第にメアリはとろけた顔になっていく。暴れる気力も体力もなくなってきたのか、猫じゃらしの責めに対してビクビクと悶えている。それでもルーサーを睨むことだけは止めない辺り、彼女は筋金入りの負けず嫌いだ。


「っても、そろそろキツイんじゃないか? 意地を張らずに言っちまえ。別に誰も、お前の父親だってお前を責めたりはしないだろうよ」


 父親。その言葉を耳にした瞬間、メアリの瞳に一段と強い灯が点った。


「……違う、これは約束したんだ……お父さんと……っ、なにがあっても守り抜くんだって、そう約束したんだ……だから絶対っ、話すもんか……!」

「メアちゃん……」


 健気なことだ。ルーサーは不覚にも、彼女の強い意志に惹かれそうになった。

 だが、これは仕事だ。情にほだされて目的を見誤ることなどあってはならない。


「そうか、分かったよ。お前から今すぐに聞き出すってのは難しそうだってことがな。だが……」


 そうしてルーサーは、猫じゃらしの矛先を今度はアンへと向けた。


「こっちはどうかな。お前に、お姉さんほどの根性が見せられるか?」

「ぴゃ……!」


 アンはすぐさま身の危険を察知し逃げ出そうとしたが、身動きが取れないのは彼女だって変わらない。あっさりと仰向けに転がされたアンは、眼前でしなりしなりと舌なめずりをする猫じゃらしを前に、ゴクリと唾を呑んだ。そして、


「タンスの中ですっ!」


「……なんだって?」

「賢者の石はメアちゃんが自分の洋服入れの中に隠してます! だから私のことはこちょこちょしないでっ!」


 呆気ないものだった。呆気なさすぎて物足りなさを感じてしまうほどに、見事な降伏っぷりだった。


「——あ、この裏切り者! あたしがどんな気持ちで我慢したと思ってるんだよ!」

「だってだって、私メアちゃんみたいにドMじゃないもん!」

「あたしだって違うわっ! こうなったらあたしが代わりにくすぐってやる!」


 双子たちは、両手両足を縛られた格好のまま取っ組み合いを始めてしまった。

 

 芋虫同士の喧嘩というのはこういうものなのだろうか。互いに身体をぶつけ合う二人を眺め、ふと、そんなどうでもいいことが頭をよぎった。


 こっちは人生を賭けた大仕事の最中だというのに、緊張感がなくて困る。

 

「……おい、だから何度も言わせるな。そういうのは俺が帰ってからやってくれ」 

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