第32話

「アンリ聞いて? 昨日嫌なことあったぁ」



それは昼休憩中の教室での出来事だった。



イブキが泣き顔をしてあたしに話かけてきたのだ。



その瞬間、教室にいた女子たちの視線が一斉に集まってくる。



女子たちから感じる視線を気にしながらも、あたしはイブキへ笑顔を向けた。



「なにがあったの?」



「知らない女子に隠し撮りされた」



イブキなら、そのくらいのこと日常的にありそうだ。



でも、そういう行為をされて喜ぶ人は少ない。



「それはダメだね。盗撮は犯罪だし」



あたしはわざと大きな声で言った。



数人の女子たちがきまり悪そうにうつむくのを見た。



すでに隠し撮りをしてしまった子たちだろう。



「だろ? どうして犯罪だって気がついてくれないんだろう」



「写真くらいならいっかって思っちゃうんだね。自分が見知らぬ誰かに隠し撮りをされたらどう感じるか、考えないからだよ」



あたしは強い口調で言う。



うつむいている生徒たちは身を小さくしてしまっている。



遠まわしだけど、こうしてチクチク指摘しておけば彼女たちも考え方を改めるだろう。



「今度そういう子たちを見つけたら、犯罪だってちゃんと言った方がいいよ? そういうのエスカレートしていくんだから」



「そうだよなぁ……」



「大丈夫だよ、イブキの言うことならきっとみんな聞いてくれるから」



「転校生なのに?」



その言葉にあたしは思わず笑ってしまうそうになった。



イブキはまだ転校生という劣等感を持っていたようだ。



でも、イブキの場合は最初からそんなものないに等しい。



勉強もスポーツもトップクラスなのだから。



「そんなの関係ないよ。悪いことは悪いなんだか、指摘されて怒るような子、ほっとけばいいの」



「……そうだよな? 俺、悪いことなにもしてないし」



「そうだよ。だから大丈夫」



そう言うとイブキはようやく笑顔になった。



「ありがとうアンリ。元気出た」



その笑顔に胸がキュンッと悲鳴を上げる。



イブキのことが好きじゃなくても、ここまでのイケメンに微笑まれると誰だって反応してしまう。



「頑張ってね」



これで話しは終わったと思っていたのだけれど……。



「アンリ、今度お礼させてよ」



思わぬ申し出にあたしは目を丸くしてイブキを見つめた。



イブキは相変わらず笑顔をこちらへ向けている。



「何かおいしいもの食べに行こう?」



「食べにって……外に?」



その質問にイブキは当然のように頷く。



「イブキと2人で?」



「そうだよ?」



それってデートじゃないか。



そう思うと頭の中が真っ白になった。



あのイブキがあたしをデートに誘っている?



夢じゃないかと思い、自分の頬を強くつねった。



痛みが全身にかけぬけて、夢ではないと理解できた。



「じゃ、また連絡するから」



「え、あ、うん」



あたしは慌てて頷いたのだった。


☆☆☆


それからは授業も身に入らず、ずっとほーっとしていた。



イブキがあたしを誘ってくれた。



2人でおいしいものを食べに行く。



つまり、デートだ。



頭の中で何度もイブキとのやりとりを反復してみるけれど、やっぱり実感が湧いてこない。



そもそもイブキはどういうつもりであたしを誘ったんだろう?



好きとか、そういう気持ちがあるんだろうか?



わからなくて、頭をかきむしりたくなった。



「ちょっとアンリ大丈夫?」



ヤヨイに声を掛けられて我に返ると、すでに授業は終わっていた。



みんなそれぞれに鞄を持って教室から出て行っている。



「あれ、いつの間に授業終わったの?」



「5分前くらい。それなのにヤヨイったらずっとぼーっとしてるんだもん」



ヤヨイは呆れ顔だ。



「ごめん。気がついてなかった」



あたしは照れ笑いを浮かべて帰る準備を進める。



「イブキ君にデートに誘われたから?」



ヤヨイに言われ、あたしは自分の体がカッと熱くなるのを感じた。



「な、なに言ってんの!? デートなんてそんな……」



「でも2人でおいしいもの食べに行くんでしょう?」



隣りの席のヤヨイには全部聞こえていたようで、あたしは黙りこんでしまった。



ヤヨイはニヤニヤとした笑みを浮かべてあたしを見ている。



「イブキ、どう考えてると思う?」



「あたしはイブキ君じゃないからわからないよ? だけど、嫌いな相手と出かけることはないんじゃないかな?」



「そうだよね……?」



少なくてもあたしはイブキに嫌われていないということだ。



「頑張ってね」



ヤヨイはあたしの肩を叩き、教室を出ていった。



あたしはその後ろ姿を見送り、ゆっくりと席を立った。



まだ夢を見ているような気分だ。



「イブキ君と仲いいね」



その声に振り向くとイツミが立っていた。



いつもの癖であたしはイツミの価値を確認する。



イツミは相変わらずアマネイジメを続けているので、見るに堪えないほど低くなっている。



その数字を確認して思わず笑ってしまった。



「なにがおかしいの!?」



イツミの強い口調に笑みを押し殺す。



どうやら随分と怒っているみたいだ。



「どうしたのイツミ。なんでそんなに怒ってるの?」



「理由がわからないの?」

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