第19話

教室に残っていたクラスメートたちから視線が注がれ、居心地が悪そうに端へと移動していく。



「俺が口を出すのはダメだろ」



小声になってそう言われたけれど、あたしは首をかしげた。



「どうして? ゴウが男だから」



「それもあるけど……。イツミは俺のことが好きだろう?」



とても小さな声でゴウは言った。



その瞬間「あっ」と、声を上げる。



そうか、ゴウはイツミの気持ちに気がついていたのだ。



ゴウがアマネを庇えば、イジメの主犯格であるイツミは黙っておかないだろう。



アマネイジメは更に過激化することが、安易に想像できた。



ゴウはずっとそのことを懸念していたようだ。



ゴウの優しさに思わず嘆息する。



「ゴウは優しいね」



「なに言ってんだよ」



ゴウはしかめっ面をしている。



「でも、あたしだって怖いんだよ?」



「あぁ……でも、友達だろ?」



ゴウはまだ、あたしとアマネが友人であると思っているみたいだ。



残念だけど、あたしはもうアマネのことを友人だとは思っていない。



アマネがイジメられている姿を見ても、ほとんど心は動かなくなっていた。



「ごめん。あたし、アキホと約束してるからもう行くね」



あたしはそう言い、ゴウに背を向けて教室を出たのだった。

☆☆☆


吉川南高校のバレー部は県大会などにも出場して好成績を残すくらい、優秀な部活動だった。



先生も熱血的で、体育館内は常に熱気に包まれている。



あたしは体育館を見下ろせる観客席に座り、バレー部の見学をはじめた。



アキホはバレー部のエースで、大声でチーム全員に声をかけている。



汗が床に落ちる度に、腰にひっかけているタオルで床を拭き、また走る。



キュッキュッと体育館の床にシューズがこすれる音。



ボールを打つ音。



選手の息使い。



それらを見ているこちらまで興奮してくる。



試合が進むにつれてあたしは立ち上がり、声を上げて応援するようになっていた。



頑張れー!



頑張れアキホー!



その声に反応してアキホがこちらへ視線を向け、軽く右手を上げてみせる。



この日の試合は、アキホのチームが圧勝した。


☆☆☆


「応援してくれてありがとう。おかげで勝てたよ」



部活が終わり、あたしはアキホと2人で帰路を歩いていた。



偶然にも家の方向が同じだったのだ。



「あたしはただ声を出してただけ。アキホは本当にすごいよ!」



本心からの褒め言葉だった。



今まであまりスポーツをしてこなかったけれど、自分の心が興奮していることがわかる時間だった。



「どうやったらあんなサーブが打てるようになるの? コツとかある?」



「そうだね。あたしがやってるのは……」



あたしはアキホの練習方法をしっかりと脳に刻みつけた。



あたしなんかが少し練習したくらいで上達するとは思えない。



けれど、スポーツだって勉強と同じで、上手な人を真似ることである程度までは上達できるはずだ。



「ありがとう! 今度の授業で試してみるね!」



アキホからバレーの秘訣を根掘り葉掘り聞き出したあたしは、気分よく家へと戻っていったのだった。



「東郷さん、最近すごく頑張ってるね」



そう言って褒めてくれたのは体育の先生だった。



アキホから聞いたコツをさっそく使ってみたところ、見事チームを勝利へと導くことができたのだ。



「えへへ、ありがとうございます」



「この調子で頑張ってね」



先生に褒められて悪い気はしない。



自分の数値を自分で確認できないことがもどかしい気持ちだ。



「すごいねアンリ。こんなにスポーツできたっけ?」



ヤヨイが驚いた様子で声をかけてくる。



「ただの偶然だよ」



答えながら制服に着替えるために2人で更衣室へ向かう。



その途中、イツミとその取り巻きだたちが笑いながら更衣室から出てくるのが見えた。



またなにか悪だくみでもしたのだろう。



たいして気にもせず更衣室へ入ると、ロッカーの前でうずくまっているアマネの姿があった。



一瞬ヤヨイと2人で目を見かわせる。



声をかけるべきかどうか、一瞬で心を通わせた。



今イツミたちはいないし、ここで声をかけなければ非情者と思われてしまうだろう。



「アマネ、どうしたの?」



あたしはアマネの肩に手を置いてそう言った。



アマネは肩に触れた瞬間ビクリと体を震わせ、恐る恐るこちらへ振り向いた。



涙でぬれた顔に一瞬だけ胸が痛む。



「アンリ……」



「なにがあったの?」



ヤヨイが横から声をかけると、途端にアマネは大声をあげて泣き始めたのだ。



「ちょっと、アマネ?」



うろたえていると、アマネの制服がはだけていることに気がついた。



下着が丸見えだ。



制服くらいちゃんと着なよ。



そう声をかけようとしたが、今度はボタンが床に落ちていることに気がついた。



そして、笑いながら更衣室から出てきたイツミたちの姿を思い出す。



「写真撮られた……」



震える声でいうアマネにあたしとヤヨイは目を見かわせた。



制服を破られた後、写真を撮られたみたいだ。



あたしたちが見ていないところでアマネイジメは想像以上にエスカレートしていたようだ。



「先生呼んでこようか?」



ヤヨイの言葉にアマネは強く左右に首を振った。



「誰かに言ったら、ネットにまき散らすって言われた」



イツミたちが考えそうなことだ。



実際にそこまでやるかどうかはわからないけれど、アマネは完全に怯え切ってしまっている。

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