第13話

数値の低い人とはあまり関わらず、数値の高い人を仲良くする。



たったそれだけのことを一週間ほど試してみたところ、あたしの中にさっそく変化が見られてきた。



「これから数学の抜き打ちテストするぞー!」



数学教師が教卓の前でテスト用紙をヒラヒラさせる。



「抜き打ち!?」



「まじで? 勘弁してよ先生!」



あちこちから悲痛な声が聞こえてくる中、あたしは自分のノートに視線を落とした。



数学のノートは昨日ヤヨイのノートを書き写したばかりだ。



もちろん、本人には内緒で。



イツミがヤヨイに頼ることだけあって、ヤヨイのノートはすごく見やすかった。



授業を聞いただけじゃ理解できない箇所も、細かな説明が記入されていたのだ。



それを読めばどれだけ難解な数式も頭に入ってきた。



そんなノートをサッと読み直して復習し、抜き打ちテストに挑んでみると面白いほどに問題が解けていく。



「この問題は昨日習ったところだからなー。ちゃんと授業を聞いていればできるはずだ」



そう言いながらも先生はニヤついた笑みを浮かべている。



授業を聞いていても難しい数式であると、わかっている笑顔だ。



みんながうんうんうなって苦戦している間に、あたしは次から次へと回答を埋めていく。



隣の席のイツミもペンを休めることなく進めている。



15分間の抜き打ちテストはあっという間に終わった。



回答を埋めた後、あたしは大きく息を吐きだす。



やり切った感覚が体中に巡っているのがわかる。



突然のテストでここまで回答できたのは、初めてかもしれない。



自身もある。



解答用紙は列の後ろから集められて、先生に手渡された。



「全然できなかった」



「テストするなら先に言ってほしいよねぇ」



あちこちから文句が出るなか、教卓に集められた答案用紙を先生が次々と採点してく。



いつもならこの時間が嫌で嫌で仕方なくて、現実逃避のためにこっそり文庫本を取り出して読んだりする。



けれど今日は答案用紙が戻ってくるのが楽しみでしかたなかった。



自分のノートを広げ、さっきのテストで使った数式を思い出しながら照らし合わせていく。



うん、間違っていないはず。



後は計算が合っているかどうかが問題だけど、それは大丈夫そうだ。



ノートを読み返すことで更に自身がついたとき、採点を終えた先生が教卓の前に立った。



「よし! それじゃ名前を呼ばれたら取りに来い」



先生の言葉にあちこちからブーングが起こる。



テストなんて返って来なくていいと、つい一週間前のあたしなら思っていただろう。



でも今は違う。



すぐにでも点数を確認したくて、うずうずしてしまう。



そしてようやく名前が呼ばれ、教卓へ向かった。



「東郷。今日はよく頑張ったな」



先生はそう言いあたしに解答用紙を手渡してくる。



確認してみると、点数は100点だ。



あたしは嬉しさに自然と笑顔がこぼれた。



「最近授業であててもしっかり答えられてするし、この調子で頑張れよ」



「はい!」



数学の授業でほめられたのは初めてかもしれない。



それもこれも、イツミと仲良くしているからだ。



数値が見えていなかったら、それもなかったことだろう。



あたしは鼻歌を歌いながら自分の席へと戻ったのだった。


☆☆☆


あたしに影響が出ているのは五科目の授業だけじゃない。



バレー部のアキホと近づくことによって、体育の授業にも影響が出ていたのだ。



「いいねアンリ! 前より動きが良くなってる」



コート内でアキホにそう言われると照れてしまう。



あたしはニヤけそうになる顔をグッと引き締めて相手コートを見つめた。



中腰になり、しっかりとボールに視線を向ける。



相手チームがサーブしたボールが真っすぐあたしへと飛んでくる。



あたしはボールを見つめたまま素早く走り、アタックする。



ボールは吸い込まれるように相手チームの後方、コート内へと落下した。



「やったぁ!!」



アキホと2人でハイタッチをする日が来るなんて考えたこともなかった。



でも今こうしてあたしたちはハイタッチをしている。



アキホとの距離はとても近づいているのだ。



「アンリ、センスいいよ! バレー部に入ればいいのに!」



本気でバレーをしているアキホから、そんなことを言われるくらいだ。



あたしは自分の数値を確認することはできないけれど、きっと急上昇していることだろう。



だって、成績も良くなっているしスポーツもできるようになっているもの。



これで数値が下がるようなことなんてないはずだ。



一歩、アマネの数値は相変わらず低いままだった。



クラス全員が1万を超えている中、アマネはただ1人9千代から上がることができずにいる。



今だって、敵チームの足をひっぱり数値はどんどん落ちて行っている状態だ。



そんなアマネを見てあたしは大きなため息を吐きだした。



アマネ以外にもあたしと仲良くしてくれる子はたくさんいる。



なにも、数値の低いアマネと一緒にいる必要はない。



アマネには申し訳ないけれど、このまま離れていくつもりでいた。



「アンリ、次は点数係だよ、一緒に行こう」



アキホに声をかけられ、あたしは「うん」と、頷いたのだった。

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