第2話

アマネの額には9645という数字が書かれているのだ。



マジックで書いたように、太い文字で。



「なに? なんのこと?」



「ちょっと、こっちにおいで」



あたしはアマネの手を握り締めて近くの女子トイレへと急いだ。



きっとクラスの誰かがいたずらしたのだろう。



「学校に来てすぐ昼寝でもしたの? いたずらされてるよ?」



そう言いながら鏡の前に立つ。



「昼寝なんてしてないよ?」



アマネは眉を寄せ、鏡に映る自分の顔を確認した。



「なに? なにもないじゃん」



「そんなワケないでしょ? ほら、おでこに数字が……」



そこまで言ってあたしは口を閉じた。



鏡に映ったアマネの額には数字なんて書かれていなかったのだ。



あたしは目を丸くして鏡の中のアマネを見つめる。



その後肉眼でアマネの額を確認すると、そこにはやはり9645の数字が見える。



「ちょっとアンリどうしたの?」



アマネはあたしがおかしくなったと思っているようで、心配そうな表情をこちらへ向ける。



本当に、あたしがおかしいのかな?



目をこすってみても、何度瞬きをしてみても、その現象は消えなかった。



肉眼で見ると数字が見える。



しかし、鏡を通すと何も見えない。



途端に恐怖心が湧いてきて、あたしは逃げるようにトイレから出た。



「アンリ、本当に大丈夫? 来たときから体調悪そうだったしさぁ」



アマネが心配してあたしの背中をさすってくれても、その顔を直視することはできなかったのだった。


☆☆☆


一体あたしはどうしてしまったんだろう。



授業が始まっても勉強に集中することはできなかった。



だって、教卓に立っている数学の先生の額にも数字が書かれているのが見えるのだ。



先生の数字は1218921。



アマネとは桁も違う。



いや、この数字がどういうものなのかわからないから、実は一つずつの数字に意味があるのであって、桁なんて関係ないのかもしれない。



そして横を向いてみると、隣で熱心に勉強を聞いているヤヨイちゃんの額にも数字が見える。



こっちは43678。



後ろを振り向けたバレー部のアキホちゃんがいて、その額にもまた数字。



視線を少し移動させるだけで、クラス中、いや、学校中の生徒、先生に数字が見えるのだ。



あたしは何度もキツク目を閉じて、また開いてを繰り返した。



しかし、一向に数字は消えてくれない。



「東郷、さっきからキョロキョロしてどうした?」



不意に先生にそう聞かれてあたしはひきつった笑みを浮かべた。



「い、いえ。なんでもないです」



みんなの額に変な数字が見える。



なんて言えば病院に連れていかれてしまうかもしれない。



あたしは必死で勉強をするフリをし、ノートと教科書を睨みつけた。



しかし、いくら目で数式をおいかけてみても、計算式を解いてみても、やっぱりみんなの数字が気になって集中することはできない。



アマネをトイレに連れて行った時、鏡の中にあの数字は映らなかった。



ということは、実際に額に書かれている数字ではないということだ。



それに、みんなの反応を見ている限りあたし以外の全員が肉眼でも数字が見えていない様子なのだ。



普通、学校に来て友人の額に変な数字が書いてあったら、なにかしらの反応があると思う。



でも、今のところなにか反応を見せている生徒は1人もいないのだ。



考えている内に、昔読んだ小説を思い出していた。



主人公は交通事故で生死を彷徨い、その後日常生活を取り戻す。



しかし、死の淵に立たされたことで他人の死を予見する能力を身につけるのだ。



それは相手が残り何日生きることができるかが、数字として見えるものだった。



それを思い出した瞬間、全身に寒気が走った。



背中を無数の虫が這っているような強烈な不快感に一瞬吐き気がこみ上げてくる。



もしもあたしが今見えているものが相手の寿命だったとしたら?



あたしはアマネの額に書かれている数字を思い出して、震えた。



9645。



アマネの寿命は残り9645日?



40代の数学の先生よりもずっと短いことになる。



いや待てよ?



先生の数字は1218921。



これだと先生は後300年以上生きることになってしまう。



あたしは大きく息を吐き出して自分の考えをリセットした。



300年以上生き続けている人間なんて聞いたことがない。



あたしが見えている数字は人の寿命じゃない可能性が高くなった。



その事実にホッと胸をなでおろす。



もしも数字が日数ではなく時間や秒だとすればまだ可能性は消えないが、それなら額の数字は常に減っているはずだ。



でも、今のところ額の数字に変化は見られないから、これも除外してよさそうだ。



この数字が現しているのは人の寿命じゃない。



だとしたら、なんだろう?



数学の授業中をフルに使って考えてみたけれど、結局答えを見つけることはできなかったのだった。

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