第38話 3月上旬
「三年七組、新井大地」俺の名前が呼ばれた。俺は「はい」と律儀に発声してから起立した。
「伊吹竜二」クラスの男子全員が「はい」と返事したが、隣の席には誰も座っていない。次々にみんなの名前が呼ばれていく。クラス代表で向井が卒業証書を受け取りに行く。先生たちに一礼、ステージへ上がり、PTA役員に一礼、校長先生に一礼し、受け取り、また一礼し戻ってきた。すこし緊張してたのか、向井が戻って来る時に、まだ寒さが残るのにおでこに汗が見えた。向井でも緊張することもあるんだなと、ずっと中学から高校まで一緒だったのに、この時初めて知った。
今流行ってる卒業ソングを卒業生全員で歌う。すすり泣くことが四方八方から聞こえてくる。高校生活は楽しかったし、思い出もいっぱい出来た。でも泣けなかった。空いている隣の席を見て「竜二はこういう時、泣きながら歌うんだろうな」って思いその姿を思い浮かべたら、少し笑けてきた。みんなに今笑うのは申し訳ないと思い、下を向いた。後ろの向井から「泣くなよ、おまえ」と明らかに泣いてる声で言われた。
卒業式も終わり、俺らは教室に戻った。ハリマーから一人づつ卒業証書を受け取る。お母さんとお父さんも有給を取って、玲花の両親と向井の両親に挟まれ、俺の晴れ姿を写真に収めていた。
ハリマーからの激励の言葉を耳にしながら、俺は一人、竜二の席を見つめていた。
「これからがスタートです。でも、挫折したらり落ち込んだ時は、いつも帰る場所があると思ってください。先生は待ってます」
ハリマーが泣くなんて誰も想像していなかった。みんなハリマーにつられて泣いていた。
「はいはい、写真とるよー。大地、向井くん、玲花ちゃん、並んで並んで!」俺のお母さんが張り切って俺たち三人の写真を撮ってくれている。
「残念よね、竜二くんも来れればよかったのに」と玲花のお母さんが頬杖をつきながら、俺のお母さんに話しかけてる。結構大きい声だったのでみんな聞こえた。玲花が少し気を遣ってくれたのか、「はいはい、お母さん。一緒に撮ろ」と話題を変えてくれた。
俺と向井は親に先に帰ってもらい一緒に駅を目指した。玲花は親と一緒に車で帰ってった。
「みんなの親、嬉しそうだったね。でもちょっと寂しそうだった」
「そりゃそうだろ、俺たちみんな東京に上京するしさ」
「そうだね」
俺は親にちょっとだけ申し訳なくなった。上京することが楽しみで仕方がないことが。ただ、地元の国立の前期の結果発表がまだだったので、完璧には喜べなかった。
「大地、あれから竜二と連絡とってんのか?」
「取ってない。というかもう連絡先すら知らないし」
「そうだよな、いきなりだったもんな。TWINのグループで『竜二さんが退室しました』って。検索してもメンバーがいませんって。」
「嫌になったんじゃない? 俺らが」
なんでいきなりか分からない。きっと竜二に会うことはもうないと思う。
「あいつが? あいつはそんなやつじゃないと思うよ」
向井が竜二を庇った。
「う〜ん」
俺は春の晴れた空を見上げた。
「向井、見せたいとこがあるんだ」
こんなに晴れてるから、きっと今日は綺麗だと思った。向井には六年間なんだかんだお世話になったし、見せたかった。あの景色を。
駅を通りこして俺は向井をターミナルの三階に連れてきた。
「誰もいないな」
向井が呟いた。
「平日でまだお昼間だしね。この景色、めっちゃ綺麗でしょ?」
「ここってもしかして」
向井が続けた。
「大地がさ、学校でゲイってバレた時にさ、竜二がお前を見つけたとこ?」
「うん。え、今知ったの?」
「竜二さ、どこで大地のこと見つけたのか教えてくれなかったんだよな、秘密っていいながら」
「竜二……」
俺は海を見つめながら、竜二とここで何があったのかを一気に思い出した。
「もうダメ。正直しんどいよ」
俺は泣いていた。立っていられなかった。竜二への想いが一気に溢れ出した。自分から別れを切り出したのに。
いきなり泣き出した俺を向井は何もためらいもなく、後ろから抱きしめてくれた。泣き止むまで。
「泣いていいよ」
俺は卒業証書を右手に、左手は向井の腕をぎゅっと掴んだ向井の腕の中で泣いた。自分の力では立ていられない気がして何かに掴まりたかった。
「大地……俺じゃ……ダメか」
俺は向井の意味が最初わからなかった。
「俺じゃ、ダメか。俺じゃ」
二回、耳元で囁かれた。
「向井には木崎がいるじゃん。それに……向井は」
俺は言葉を飲み込んだ。
「俺は……?」
「竜二じゃないから」
飲み込んだ言葉が嗚咽と一緒に漏れた。
「会いたいよ。竜二に会いたいよ」
卒業証書が入っている筒を抱えながら。俺は泣き続けた。涙が止まらなかった。
こんなに名前を呼んだことはない。こんなに人を想ったことはない。こんなに人を愛したことはない。こんなにも名前を呼ばれたことはなかった。こんなにも人に想われたこともなかった。こんなにも人に愛されたこともなかった。
竜二が引っ越してから俺は考えないようにしようとした。でも毎日、竜二の顔が恋しくて、竜二の声が聞きたくて、竜二のバカする姿が愛おしくて、竜二の温もりを感じたくて、明日起きて学校に行けば竜二に会えるんじゃないかって、でも朝起きて竜二はもういないって再確認して、忘れようとして、でも忘れられなくて、気づけばこんなにも竜二は、俺にとって大きい存在になってて。こんなにも抑えきれない気持ちになるなんて、いっそのこと最初からなければよかった。教室も、保健室も、非常階段も、遊園地も、ここも、全部なければよかったのに。そしたらこんなことにならなかった、寂しいよ。
ふと目の前の海に目をやった。なんでこんなに今日の海は、陽の光が反射して眩しいんだろう。
会いたい。
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