保健室で同じクラスの男子に恋をしちゃいけませんか?

ミケランジェロじゅん

第1話 4月初旬

 今日の市営バスはお年寄りだけではなく、制服を着た高校生で埋め尽くされている。そのせいか、熱気で窓がくもり始めている。


 明らかに新品を着て、緊張した面持ちの高校生。少し制服に馴染なじみが出て、ちょっとだけだるそうにしている高校生。自分なりに制服をアレンジし、我が物顔のように乗っている高校生。

 俺は後者の部類に属するが、生徒指導担当の先生からは目を付けられたことは一度もない。通学カバンにアイドルグループ入船坂いりふね90クレのキーホルダーを付けているだけだからだ。推しは黒石くろいしメイだ。


 いつもの様にバスの最後列右側に座り、寝ることはないが目を瞑っている。耳に嵌めたイヤフォンからは自分で作ったプレイリスト『神曲』から入船坂いりふねざか90クレの曲が止まることなく流れていた。

 何曲目だろうか。熱気で曇っていた窓をこすり、制服のズボンで濡れた手を拭いた。山や住宅しか見えなかった景色はいつの間にかビルやマンションが並ぶ街へと変わっていた。街といっても田舎の街だ。テレビで観る様な渋谷のセンター街ではない。


 バスは終点の駅前に着き、重い腰をあげ、順序よく一番最後に降りた。


「大地‼︎ おはよう」

 偶然ぐうぜんに居合わせたような演出をかもし出し、ワックスでセットしてきた髪をスタイルを崩さない様にでて来た。

 本当は偶然でも何でもないのに、偶然を装う男は向井春樹。学年一イケメンで、爽やかなサッカー少年。いや、もう男か。中学から高校、そしてクラスもずっと一緒だ。


 向井は昔から誰にでも優しかった。中学二年生の合唱コンクールで良く喋るようになってからは、僕だけにスキンシップが激しくなった。

 「大地はかわいい弟みたいだな」と言いながら毎回、頭を撫でられる。一八〇センチ以上ある向井には、一六五センチあるかないかの俺の頭を撫でるのは容易だ。こんなイケメンに頭を撫でられたりするのは本当は嬉しいが、向井にゲイだということはカミングアウしてない。だから「やめろし」と抵抗している。

 中学で友達が少なかった俺は高校でぼっち決定になるのを覚悟していた。けれども幸いなことに、向井が中学同様、高校の入学当初からも俺の横にいてくれた。


 今日もメッセージが来ていたし、同じバスであるのは分かっていた。でも、満席だったため一緒には座れなかった。

 向井の家は俺のとは違って、街へ向かうトンネルに入る前のバス停が最寄りだ。前の方で少し窮屈きゅうくつそうにしている向井を見てると、最寄りのバス停が始発から2個目であることを親に感謝をした。

 そして終点に着くと、先に降りて必ず待っていてくれているのだ。


「おはよ。向井、今日朝練ないの?」

 サッカー部の朝練がないのは分かっが、話の始まりとして訊いた。

 だって朝練がない日には、携帯のメッセンジャーアプリ『TWIN』で一緒に行こうと必ず連絡してくれる。今日もメッセージが来ていたし、同じバスであるのは分かっていた。でも、満席だったため一緒には座れなかった。

 

「ないよ、今日は。新学期初日だろ? クラス替えの発表もあるしさ」

 クラス替えか。このせいで俺は朝からテンションが上がらなかった。クラスの中心グループでもないから、クラスが変わったとしてもそう人間関係は変わらない。ただ向井と別々になるのだけは避けたかった。

「クラス別々になるかな? 向井とまた一緒がいいな」

 好きでもないけど、このイケメンの横に入れるのは嫌な気持ちにはならない。頬に空気を入れて少しだけ膨らませ、俺が考える子供っぽさを演出して、並んで歩いてる向井を見上げた。

「どうだろ? 俺らじゃあ決めれないしな。しかも三年って成績や進路希望順だろ?」 

 いつも通り冷静な答えが返ってきた。「大地と一緒になりたいな」という答えを期待していたが、そうもいかないのが現実だ。

 でも向井は耳を真っ赤にしいた。ズボンのポケットから手を出し「今日は四月なのに暑な」と言いながら、手で顔を煽っている。

 今日は暑いというより、寒いのに。

「寒いよ」

 僕は今日の気温を確認しようと思い、ブレザーのポケットから携帯を出した。

「クラス変わったら大地よりかわいい女子見つかるかな?」

「え?」

 一字一句逃さなかったが聞き返した。俺は携帯をアンロックする手を止めた。

「いや、大地と一緒になんなかったら、俺、同じクラスに大地以上のかわいい子見つけられるかなって」

 意外に違うアプローチの仕方で現実になった。でも、向井はこうやっていつも俺のことを揶揄う。冗談と分かっていたが少し頬が熱くなるのを感じた。

「向井、やっぱ今日、暑いかも」

 向井もそれを見てか「冗談だって。本気にすんなよ」と言いながら、十七歳になってもまだ髭の生えてこない下膨れの頬をつねってきた。向井は僕がゲイだって気づいてるのかいないのかよく分からない。


「向井はさ、進路どうするの?」

 話をすり替えるため、全国の高校三年生が絶対にするであろう話題をふった。

「進路ねー。東京の私立かな。SMART目指してる。大地は?」

「う〜ん……僕も東京の大学考えてるけどさ、看護学部目指そうかなって」

「看護師、良いじゃん。大地らしいし、なんかすげぇ似合ってる。それに、大地は優しいしね」

 向井は何か後ろめたいことがあるんじゃないかと思うくらい僕をこうして誉めてくれる。

「ありがと。てか、向井。今日。坂。早歩きだね……」

「あ、ごめん」


 俺たちが通う高校は丘の上にあり、山も海も、街全体を一望出来る。そのため大きな坂道を登らなければ辿り着けない。もちろん近くまで駅から走っているバスもあるが、遠回りするため、歩いた方が早い。

 向井はいつも俺の足並みを揃えてくれるけど、やっぱり今日はクラス替えが気になるのか歩くスピードは早い。


 校門を抜けてすぐの校内学年別掲示板の前には人集りが出来ていた。クラス替えの紙がどうやらもう張り出されているらしい。

 俺たちふたりは掲示板へ向けて小走りになった。少し息を切らせて着いた先には三年生用の掲示板にA4の七枚の紙が横一列に張り出されていた。みんな自分の名前を探すのに必死だ。向井も目を輝かせながら探している。その横顔はキスしたくなるくらいやはりイケメンだと再確認をした。そして、冷静を保てと自分に言い聞かせながら自分の名前を探した。

 自分の名前を見つけたと同時に向井が急にこっちを向いてきた。

「大地、また一緒じゃん」

 お決まりの頭をポンポンされた。正直嬉しかったが、向井の腕を手で払い「まただね」って笑顔で返した。

「おっ。竜二たちいんじゃん」

 向井はサッカー部のメンバーを見つけたのか「じゃ、また教室で」と言いながら走り去ってった。疾走にかけていく向井の後ろ姿を眺めていたら、後ろから菊池玲花に話しかけられた。

「いつまで腐れ縁?」

こうして僕の3年7組、高校生活最後の年が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る