<7> 邂逅
ルーニーはカトレアの中から取り出した魔力の塊を手に取ると両手で掴み、まるで押し潰すように力をこめ始めた。
眩い光の塊はは次第に小さくなり、胡桃の実ほどにな頃には、血に染まったような赤い光へと変わった。白い手の中のそれは叩き潰されると、まるでガラスが散るような音をシャンっと響かせた。
赤い光が霧散する。それは霧のように辺りに広がり、次第に薄れていった。
ルーニーの口から細く長い息が吐かれる。そして静かな地下に「もう大丈夫だ」と優しい声音が響き渡った。
その言葉に顔を上げた司祭の表情は、涙で酷いことになっていた。
「数日、意識の混濁は覚悟してほしい。時間をかければ元の生活に戻れるだろうが……彼女の心を救うのは私の役目ではないので、後は任せるよ、司祭殿」
ぽんぽんっと司祭の肩を叩けば、彼は感謝の言葉を繰り返し唱え、腕の中の瘦せ細ってしまったカトレアを愛おしそうに抱きしめ続けた。
ルーニーは屈んで鉄格子をくぐるとグレイを見上げた。
「ひよっ子」
「は、はい!」
「目をそらしただろう。最後までちゃんと見ろ。そこにある事象をすべて目に収め理解しろ」
「……すいま、せん?」
全ての事柄が突然のことすぎて、自身がなぜ説教されているのかも理解できず、グレイは首を傾げた。
やれやれと言いたそうに、ルーニーは口元を緩ませる。
「まぁ、木偶の棒のようにただ見ていたら、その時点で師弟関係を解消したけどな」
「え……」
「これからも、こういった場にお前を連れていくことになる。今日のこと、しっかりと覚えておけよ」
「分かりました」
表情を引き締めるグレイに頷いたルーニーは杖を受け取ると、首筋を揉みながら階段を上りだした。
「あ、あの、師匠、お二人は」
戸惑うグレイを振り返り、階段途中で足を止めたルーニーは司祭を見る。カトレアの髪を撫でる指は優しく、二人の距離が近いことが伺えた。
「大丈夫だ。司祭も落ち着けば、カトレアを連れて出てくるだろう」
口元に笑みを浮かべて歩きだすルーニーを見てほっとしたグレイは、少しばかり後ろを気にしながら彼の後をついて階段を上がった。
そのまま墓地を抜け、地上に出ると思った。
突然、ルーニーが無言で足を止め、片手を上げて制止を促した。それにグレイが気づいたのと招かれざる者を目に留めるのとは、ほぼ同時だった。
杖の先端に埋め込まれた魔晶石が照らす墓地の中に、影が一つ。
敵かと警戒し、剣の柄に手を伸ばしたグレイはぞくりと背筋に走る悪寒に身震いをした。
目の前にいるのはたった一人だ。対して、こちらは二人。
騒ぎが起きれば地下の司祭も気が付くだろう。そう単純に考えればこちらが有利のはずだ。しかし、なぜだかグレイは素直にそうとは思えなかった。
男がまとう不可解な空気感が、そう思わせたのかもしれない。
「久しいな、ルーニー。元気そうじゃないか?」
顔を全面覆う黒い仮面の下から、旧友に掛けるような気さくな声が響いた。
グレイは思わずルーニーを見たが、彼から感じたのは明らかな敵意だ。
「相変わらず、胸糞悪いことしてるじゃないか」
「新しい命の芽を摘む君の行いには劣るよ」
「命だと? お前の生み出そうとしているものは、あるべき形じゃない!」
ルーニーはギリギリと奥歯を嚙み、杖の柄を握りしめる手は小刻みに震えていた。怒りがそうさせているのだと、グレイにも伝わるほど、彼の鳶色の瞳は激しい光を湛えていた。
「それを決めることが出来るなんて、随分お偉くなったね、ルーニー」
とんっと床を蹴った影は、瞬く間もなく眼前に立った。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」
仮面の下で朱い目が笑う。
革の手袋に包まれた指が、ルーニーの下腹部に触れるのが早いか、彼の杖が払われるのが早かったか。
杖に払われた影は、霧散した。
「今回は引いてあげるよ。だけど、核を作るのって大変なんだ。あまり邪魔すると……本気出しちゃうからね。またね、ルーニー」
墓地に響く声は実に楽しそうで、そこに敵意など欠片もないことにグレイは気づいた。これほど、ルーニーが怒りに震えているというのに。
ぶつかるどころか交わりもしない二人の感情に、再び寒さを感じた。
がんっと杖先が石畳を突くと、癇に障る笑い声がこだました。それが消えると、ルーニーは再び杖先で石畳を激しく突いた。
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