子曰く!〜最強ポンコツ万能術師の【助手】になりました。

花里探偵

第1話

せん‐せい【先生】

ーー学問や技術・芸能を教える人。特に、学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。


***


モミジ。12歳。中学1年生。


ーー人の悪意を感じ取るのが得意です。

ーーよって、嘘を見抜くのが得意です。


目の動き。

微妙な声の変動。

動作。

etc

見たくなくても相手の色々な情報が頭に入ってきてしまう。


だから、学校では友達が出来なかった。

笑顔で話しかけてくる子の裏の顔が見えてしまい、どうしても一緒に笑う事ができなかったから。

クラスでは浮いた。

やがて陰口を言われるようになり、イジメに発展した。

…別にそれで傷つく事はない。

ただ、面倒臭かった。

だから、学校には行かなくなった。

両親はそんな私を見放した。

優秀な兄ばかり気にかけるようになった。

親不孝者でごめんなさい。


この世界では一人ぼっち。 

でも寂しいってわけではない…。


***


暗い自室。

スマホにイヤホンを挿して、動画サイトを開く。


どこかの大学の先生の、講義動画。

口頭で説明して、黒板に板書。

それを繰り返すだけの動画。

内容?

よく分かりません。中学生だもの。

私が見ているのは、どこの誰とも分からないおじさん先生。

おじさんのヨボヨボになった目を見る。


この人の目には悪意がない。

優しさが溢れている。

だけどその瞳の奥には、燃えたぎるような学問への情熱の灯火が、宿っている。

ーーそんな気がした。



【先生】と呼ばれる人達が、好きだ。


もちろん全員という訳ではない。


いつか、私の理想の先生に出会いたい。

一生その人について行けたら、どうなに幸せな事だろう。

漠然とした妄想。


・・・なーんて考えるが、最近の楽しみです。


***


目を覚ますと、森の中で寝そべっていた。

体を起こし、辺りを見渡す。


「ここ、どこ…?」


鬱蒼と茂る木々。草むら。

人はいない。動物の気配もない。

寝ぼけてどこかの雑木林にでも迷い込んだのかな。

とにかくここを抜け出すしかないかあ。

キョロキョロと見渡しても看板や案内板はない。

どの方向に進めば良いか分からなかったので、適当に歩く。

しばらく歩いていると、人がうつ伏せになって倒れているのを発見。

慌てて駆け寄り、側にしゃがみ込む。


「うわ」


驚いた。

髪の毛の色が、変。

パーマのかかったセミロングの髪は、水色をしていた。

うつ伏せになっているので、その顔はよく見えないが、ほっそりとした首筋と、剥き出しになった細い生足から察するに多分女性。

身長もそんなに高くなさそう。

服装は、真っ白のワンピース……いや、これは・・・


「白衣…?」


背面しか見えないが布の質感で分かる。

理科の先生が着ているような、白衣だ。

この人は研究者かそういう類の人かな。

あるいは、学校の先生…?


とりあえず、声をかけてみる。


「すみませーん、大丈夫ですか?」


しーん・・・


返答なし。気を失っているのかな。

もしかして、危険な状態?

急いで大人の人を呼びに行った方が良いのかな。

今度は、その体をゆすってみる。


「お姉さん、生きてますか?」

「うむぅぅぅ」

「…!」


声を発した。生きてる。

なにはともあれ一安心。


女性の体が、ピクリと動いた。

右手を這うように前に突き出す。


「うぅぅ」


か細い呻き声。

夢見でも悪いのか。


「あの老害共があぁぁぁ」


うわあ。

なんか物凄く下品な言葉を発したけど。

この人大丈夫かな。

キケン人物?


体を揺すって声をかけた。


「……あの、大丈夫ですか?」

「むっ・・・可愛い女の子の声…」


がばあ!


と、女性はものすごい勢いで体を起こした。

びっくりしてポテリと尻餅をつく私。


・・・何この人?


ばちり、と目が合う。

今まで謎に包まれていた女性の顔が露わになった。


わああ。


思わず息を呑んだ。

ものすごーく可愛らしい顔をしていたのだ。

大袈裟ではなく、本当に本物のお人形さんみたいな顔。

CGみたいに整いすぎている。

白雪の肌に、スーと筋の通った小さな鼻。

引き締まった桜色の唇に、大きな瞳。

その瞳は、瑠璃色をしている。

外人さんかな。

私よりは少し年上に見えるけど、その顔にはあどけなさを存分に残している。


まさに白衣の美少女。

天使!

女の私が見ても、とろけちゃいそうになる。


起きたてだからだろうか。

ポヤポヤと虚ろな目をしている。


少女がコクリと首を傾げた。


「君はだれ?」


綺麗なソプラノの声だ。


「モミジです」

「そう。僕はアリスという名だよ。君が僕を救ってくれたの?」

「救ってないです…森で倒れていたのを起こしただけ…」

「ありがとう。君が起こしてくれなかったら、僕はここで終焉を迎えていたかもしれない」


えええ。

厨二病めいた言い回しでなんか怖い事言ってる。


アリスと名乗る少女はファ〜と呑気にあくびをすると、ぺたんこ座りのまま背伸びをした。


「昨晩ヤケ酒をしてしまってね、酔っ払ってここまできてしまったみたいなんだ」

「お酒…」


呑める年齢なのか。

大人には見えないけどな。

うーむ。


恐る恐る尋ねる。


「…あの、失礼ですがご年齢は…」

「17歳だよ」


未成年飲酒でした。

ダメ。絶対…!


「モミジちゃんは何歳?」

「・・・12歳です」

「ほう。じゃあ僕の教え子たちと同じくらいだね」


教え子・・・。

家庭教師のアルバイトでもやっているのだろうか。

…派手な髪色をしていて、しかも未成年飲酒まで犯しているにも関わらず。 




ギャオオオオオン


猛獣の鳴き声。

近い。

その姿は見えない。

だけどガサガサガサと草をかき分けるような音が聞こえる。


あらら。

この森、危険地帯だった?


獰猛なやつだったらどうしよう。

食べられちゃう。

逃げたほうがいいかも。


アリスさんは呑気そうに「おお、ドラゴンだねぇ」と言いながら、音のする方に目を向けた。


ん?

今、ドラゴンって言いました?


ガサガサガサガサ

どすんどすんどすんどすん


草をかき分ける音と、大きな足音のようなものが同時に聞こえた。


うん。明らかにこっちに近付いてるね。

怖いなあ。


アリスさんに言った。


「すみません、なんか逃げた方が良い感じがするのですが」

「逃げる?」


ニヤリ、と笑うアリスさん。


「舐めてもらっちゃ困るぜ、可愛いお嬢さん」


口調が変わってるんですけど。

心なしか楽しそう。

よく見ると頬がほんのり色づいてる。

もしかして、まだ酔っ払ってる?


アリスさんは立ち上がると、懐から木でできた杖のようなものを取り出した。その先端には水色の玉が光っている。

きれい。

でも何するつもりなんだろう。


「モミジちゃん」

「はい」

「これも何かの縁だ。まだどこの学会にも認められていない新魔法を、君にだけ披露してあげようじゃないか」

「はあ」


魔法?

マジックのことかな。


アリスさんは手品師だったのか。

じゃあこの獰猛な足音も演出かあ。

凝ってるなあ。


私はしゃがみながら、アリスさんの様子を眺めていた。


美少女。

白衣。

マジック。


なかなか良い組み合わせ。


ギャオオオオオン


鳴き声はすぐ近くで聞こえた。


次の瞬間、木々をかき分けて、巨大な生き物がアリスさんの目の前に姿を表した。


トカゲのような形状で、真っ赤な甲羅に、大きな牙。背中には翼。


ドラゴンだ。

小学校のとき、図書館の「幻想生き物図鑑」で見たのと同じだ。


あらま、本物みたい!


私はパチパチパチパチと小さく拍手をした。


アリスさんは杖の先端をドラゴンの方へ向けると、小さな声で呪文のようなものを唱えた。


すると、ドラゴンの足元に大きな水色の魔法陣が現れた。

ドラゴンの巨体が宙に浮く。


わーお…どうなってるんだろう。


「転送!」


アリスさんが、杖を振りかざしながら言った。


パッ・・・とドラゴンの姿が消える。

あるのは地面に浮かぶ水色の魔法陣だけ。


「わ、わ…、すごいすごい!」


消去マジックだ!

感極まった私は、立ち上がって精一杯の拍手を送った。

あんなに大きなドラゴンが、一瞬にして消えてしまうなんて。

タネも仕掛けも分からなかった。

本物の魔法みたい。


アリスさんが、不思議そうな目で私を見ていた。


「ねえ、モミジちゃん、怖くないのかい?」

「…え? 怖い…というか、驚きましたけど…」

「いやドラゴンだよ。普通ドラゴンに遭遇したら、パニックになるんだよ」


私はコクコクと頷いた。


「はい!怖かったですよ。もう本物かと思うくらい…。でもその後の手品がすごくて」

「手品・・・」


なぜか、アリスさんは煮え切らない表情。

何かまずい事を言ってしまったのだろうか。


アリスさんは顎に手を当て、考える素振りをした後、ハッと表情を変えた。 


「君、どこから来たんだい?」

「平塚から来ました」

「ヒラツカ・・・聞いたことのない地名だ」


え?

平塚を知らないってことは、ここは神奈川ではないのかな。


アリスさんは、身長140センチの私より少しだけ背が高い。

背中をかがめて、私に視線を合わせると、真剣な表情でいった。


「変な事を聞くようだけど、君の世界に魔法はあるかい?」

「魔法…? 小説では読んだことありますよ」


フルフルと首を横に振るアリスさん。


「そうじゃなくて、実際に、君の目で」


うーん?

どういう事だろう。


「…ないですけど…」

「やっぱり」


はあー・・・という彼女のため息が聞こえた。


「よく聞くんだよ。モミジちゃん。君は、異世界転生したんだ」

「異世界転生・・・」

「そう。魔法がない世界から、魔法がある世界に、トリップしてきたの。君は転生者」


異世界転生…。

それを題材にしたネット小説なら、たくさん読んだことある。

私が実際にそうなってしまったということか。

さっきのドラゴンも、魔法も本物。


うーん。俄には信じられないけど、アリスさんの真剣な表情を見る限り、嘘ではなさそう。


私はコクリと頷いた。


「わかりました」


アリスさんが「え?」と声を漏らした。


「驚かないの?」

「すごく驚きました」

「そうは見えないんだけど・・・」


そうかなあ。

かなり驚いてるけど。

だって、異世界転生だよ。

物語の世界だけかと思ってたけど、まさか現実で起こってしまうなんて。


「君はずいぶんと肝が座っているねぇ」


アリスさん関心したように言った。


「普通、転生者の人は、皆泣き出したり怒り出したり、狼狽して、精神を病む人もいるんだよ。だけどモミジちゃんはすっごく落ち着いてる」

「はあ」

「さっきドラゴンや僕の新魔法を見た時だって拍手をする余裕があった」


アリスさんは、ビシッと私を指さした。


「ずばり、君のその冷静さの秘訣はなんだい?」


「ええ…?」


そんな事を聞かれたのは初めて。


…冷静さの秘訣かあ。

まあ確かに学校でも同年代の子達よりは落ち着いてた気がする。


うーん、うーん。


話す事を頭の中で整理してから、口を開いた。


「私は小さい頃は、ちょっとした事で泣いちゃうような臆病な子だったんです」

「ほう」


面白そうな話だ、と言わんばかりにニヤニヤとするアリスさん。

あまり期待しないでくださいな。


私はグッと両手を握って、少しだけ熱を込めて言った。


「それで、こんな自分を変えなきゃって思ったのが8歳の時。それからは発表会とか、運動会のリレーの選手とか、緊張するような事を積極的にするようにしたんです。そしたら克服できました」

「なるほどねぇ」


機嫌が良さそうに相槌をしてくれたアリスさん。少しは満足してくれたかな。


まあ、ちょっと大袈裟に言ってるんだけど・・・。

この性格はほぼ生まれつき。


アリスさんは私の頭をワシワシと撫でた。


「つまり君のその度胸は、努力の賜物というわけだ。素晴らしい」


褒められちゃった。

嬉しい。

にやにや。


「気に入った。とりあえず街の冒険者ギルドまで案内しよう」


そう言ったあとに、アリスさんは小さな声で「魔力次第では雇っても良いかも…」と呟いた。

雇う?

何のことだろう。

それから、森を抜けて、西欧風の街に出て、冒険者ギルドに向かった。

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