34.自分の、恋愛?
保健室の扉が開かれた先、そこにはいおくんが立っていて。
琥珀をみるや「ゲッ」という顔を隠しもせず、腕を引き上げて保健室の中へと導いてくれた。
どうやら先生はいないようだ。
いおくんは琥珀の手足を見て、それからべちょべちょの顔を見るとティッシュを数枚取って顔にべちんと当て付ける。
あぁ、あの時みたいだ、琥珀が体育倉庫でお怪我した時。
「何があったのか簡潔に話せ」
それから保健室にあるタオルを持ってきて今度はタオルを雑に顔に擦ってくるいおくんは、やっぱりあの時と変わらず雑だけど優しかった。
そして、琥珀のお話を聞いてくれたの。
「んで、ミツハに刃向かったって?」
「びっちょんごべんんんん」
「アイツの名前までべちょってんじゃねぇよ」
ちょっとだけ話して少しすっきりしてきた琥珀は、お鼻をたくさんかんでお鼻真っ赤にしていた。
ちょっとひりひりする。
琥珀、みっちょんの言葉から逃げてきちゃったよ。
そんな罪悪感と、みっちょんを傷付けちゃっただろうか?という不安でいっぱいいっぱい。
「んで、そのごちゃごちゃしてることってなんだよ」
「ぶぇっ」
「まだ聞いただけじゃねぇか」
いおくんには、みっちょんに盾突いて逃げて来てしまったという後悔だけ話して、もうわんわんと泣いていた。
その間に転んだ時の手当てもしてもらって、あれこれ世話を焼いてもらったのだ。
ちなみになんでいおくんが保健室にいたかというと、胃痛で胃薬を貰いに来たらしい……って、それってモンエナの飲みすぎでは?
そのスマホにゲーム画面が着いたまんまだけど、ゲームしてたんだろうなぁ。
「じゃあ順番にいくぞ。お前その怪我どうした?」
「走ってたら足ひっかけられた……」
「誰に」
「知らない……そのままここまで来ちゃった」
「俺らにとっちゃそこすーげぇ気になるところなんだわ。他には?」
「他?」
他って何……?
目と鼻を真っ赤にしてあほ面かいていおくんをじっと見返していると。
「いや、どさくさに紛れて悪意被ってんじゃねぇか」
「悪意?」
「閉じ込められた件とカッターの刃付き手紙の件、忘れてねぇよな?」
「あー……」
あの件の延長でどさくさに紛れて引っかけられた可能性があるってことかな?
「そっかぁ。そっちの件もあった……」
ここ最近、アシスタントもあったし、そのイタズラ(?)の件もあったし、咲くんのこともあるし、みっちょんの優しさ受け取れなかったし、琥珀の絵も相変わらず描けないし……。
「ごちゃごちゃ」
「他にもなんかあんのかよ」
「……」
いおくんなら……咲くんの気持ち、わかるのかな?
漫画家さんだし……琥珀のぐちゃぐちゃもわかったりするのかな……?
「琥珀、変なの」
なにを血迷ったか、いおくんに相談し始めようとている琥珀。
ごちゃごちゃしちゃっている気持ち、琥珀だって解決したい。
ほんとは逃げたくない、けど怖い、向き合うのが。
わからないから、怖い。
「ど、どういう時に、ち、ちぅって、したくなるんだと思う……?」
恐る恐るいおくんに相談していました。
こんなこと、相談できる人もなかなかいないし……。
「ちぅ?吸ってんのか?…………あぁ、キスのことか」
「は、恥ずかしいから言わないで!」
「話題振って来たのオマエな?」
呆れた顔してそう言われるけれど、話しておいてなんだけど、琥珀も心の準備ってもんが出来ていないのだ。
だからいっぱいいっぱいになっていて、相談しているんだけれど。
「欲情したんじゃねぇの?」
「よくっ…………」
そんないおくんからの答えに、ふらり、琥珀は目眩がして額に手をあてるのでした。
よくっ…………!!?
琥珀に!!?
この、琥珀ちゃんに!!?
あのモテモテ咲くんがっ!!?
なくない!?それはなくない!!?
ないないない!
ダメだ、相談相手を完全に間違えた。
琥珀ちゃんは顔の前に腕で大きくばってんをつくって下を向いた。
もう無理、もうダメ、琥珀ちゃんはキャパオーバーで倒れちゃいそうです!!!(早い)
「咲だろ?」
「ごめんなさい相談する相手間違えましたっ!!!」
「ヒデェなオイ。ちゃんと聴いてやってんだろ」
耳をほじほじしながらどかりと椅子に座っているいおくんは、本当に話を聞く気があるのかないのか。
「ないんだってば!」
「なんでだよ?キスされたから、んな悩んでミツハとも喧嘩してグルグルしてんだろうが」
「間違ってないけど、間違ってる!」
琥珀も何が言いたいのかパニックでわからなくなっちゃっているけれど!!
「それじゃまるで咲くんがっ」
「おう?」
「お、オオカミさんみたいじゃないかっ!!!」
がおーっ!!!
「………………あぁ?」
「あれ、クマさんだっけ?」
「いや、獣って言いてぇの?咲が?」
「あんなふわふわした人とそんな……イメージが合わないっていうか……」
つまりは、琥珀を襲うような人には見えないってことだ。
はぁ、と一息ついたいおくんは、頭を抱えて項垂れる。
琥珀の悩み、そんなに項垂れるようなことなんだろうか?
やっぱりいおくんからしても、咲くんがそんな人だとは思えないんじゃないだろうか?
じゃあ琥珀の受けたちぅは……?
間違いだったんじゃないか……?
でも、2回も…………???
「あのなぁ」
「んぅ……?」
「咲のことなんだと思ってたんだよ?男だぞアイツ」
「……それは見ればわかりますっ」
今度は上を向いてグルグル考えを巡らせていくいおくんは、私にどう説明しようか悩んでいるらしく。
「アイツ、女と付き合ったことないぞ」
「…………うん?」
「キスもねぇ。そういう遊びはしねぇ奴だ。真剣になった相手以外」
真剣になった相手以外?
「アイツ、あれでもすーげぇ頑固で、好きなもんに一筋なんだよ。だから女関係じゃお前の事が初めてで……」
「はじめて……?なにが?」
「だから……」
こいつマジかって顔して見られている。
琥珀もこいつ何が言いたいんだっ!?って顔して見返したら、盛大なため息が吐かれた。
なんでっ!?
「こりゃ、アイツも手こずるわけだわ」
スマホを取り出し、何か操作するいおくん。
琥珀はようやく引いてきた涙や鼻水を最後に拭って、ティッシュをゴミ箱に捨てた。
「先に言っておくが、この件に関しちゃ咲が悪ィ。アイツが抑え効かなかったんだろ」
「ふぁい?」
「つまりお前、俺が言ったことは間違いでもねぇし、お前が受けたことも偶然じゃねぇ。咲を神聖化すんじゃねぇぞ?アイツは男だし欲情もすっし、お前もガキじゃねぇ」
「……」
「お前、黒曜の下の部屋で少女漫画読んでんだろ?自分の恋愛はどうなんだよ?考えたことあんのか?」
「自分の、恋愛……?」
琥珀が、レンアイを……?
ぽーっとして考えてみるけれど、想像も出来ない。
琥珀は恋愛のことなんて全然考えたことなかったってことを、それが示していた。
「琥珀は……恋愛は見ていて楽しそうだなって、思ってて」
「あ?クソキツいぞ」
「キツいの?」
「ミツハ見てみろよ、簡単に落ちるようなタイプでもねぇだろ?」
確かに、みっちょんはそうだ。
簡単に人に靡いたりしないし、自己主張がハッキリしているし……あれ、いおくんこれみっちょんと結ばれるの難しいのでは?大丈夫?
「でも、好きなんだよ、ミツハのこと。ずーっとな、忘れたことなんてねぇ」
「……え」
「アイツが俺の事、マブだと思ってても、俺はそう思ってねぇし、アイツは俺ん中じゃずっと女だ。あんなこともこんなこともしてぇし、あいつを俺に惚れさせてぇし、そう見られるようにやれることはやる」
聞いている琥珀の方が、顔が熱くなってくることをサラッと言う……。
え、まって、そ、そっか、そうなんだ……なんかとてもすごい。
でもそれくらい、みっちょんへの愛が深いってことで……。
「お前もここまで思ってなくとも、咲のことは好きだろ?じゃねぇとそんな悩まねぇだろうし、信頼してる事なんて見てりゃわかる」
「……うん」
咲くんのことは、信頼しているし、とても好きだ。
でも気持ちが追いついてこなくて、パニックになっちゃうんだ。
「緊張したり、上手く話せなくなったり、胸が痛くなったり」
「!うん」
「そういうのは、相手が特別だから、自分の体が勝手に反応することだろ?」
……咲くんが、特別だから……?
その気持ちはストンと琥珀の心の中に落ちてきた。
納得、できたんだと思う。
恋愛って意味ではわからない。
けれど、特別って意味では、咲くんは確かに、特別だってわかる。
琥珀が居やすいように黒曜でみんなに話してくれていたこと、いつも黒曜と家へ送ってくれること、ピンチになったらいつも駆けつけてくれるところ、優しく触れてくれるところ、琥珀に合わせてはなしてくれるところ、一緒にいて居心地のいいところ……ちょっぴり怖い時があるけど、それも琥珀の為だったところ……。
琥珀は、そんな咲くんだから、信頼している。
廊下から足音が響いてくるのを感じると、ガラリと保健室の扉が開かれる。
「琥珀っ」
そこには、エプロン姿の咲くんがいて…………?
え……なんでエプロン……?
と思ったけれど、答えはすぐに導き出せた。
「家庭科……?」
「おー咲。やっと来たか」
「あ、エプロン取り忘れてた」
そうやっていそいそとエプロンを脱ぐ咲くんも、かっこ可愛いと思った。
あれ、お料理男子いいかもしれない……かっこいい……?
ちょっとなんだかずきゅんと来てしまった……。
ていうか咲くん、ちゃんと授業受けてるんだなぁ……あれ、でも今授業中では?
「……咲くん、なんで」
「俺が呼んだ」
「呼んだ!?」
あ!さっきスマホいじってた時に!?
でもこんなに早く来ちゃうなんて、咲くん授業中にスマホ!?
「まだ始まってすぐだったから。そんなことよりどういうこと?『琥珀が喧嘩した』って」
「え!?」
「俺のせいって……どういうこと?」
そんなメッセージ送ったの!?なんていおくんを見上げれば、ニヤニヤニタニタした顔を向けていた。
「テメェが順番すっ飛ばしてキスなんてしてっからコイツがキャパオーバーしてんだろ」
「はわわわわ!!??」
「まぁ人の事言えねぇけど」
なんてサラッと爆弾を投げてくれちゃったいおくんは、そのまま保健室から出ていこうとする。
「え、ちょっ、まって!!?」
こんな気まずい中で咲くんと二人にしないでほしい!!!
「俺にとっちゃクソどーーーでもいいけどなぁ、ミツハ安心させてぇから、お前らとっとと拗れたもん直してこい」
ひらひらっと片手を振って出ていくいおくんを、私たち二人は呆然と見ていた。
扉が閉まれば、静寂が訪れる。
とっっっても気まずい。
咲くんはそれを見届けてから、ソファーに座っている琥珀の元へと向かってくる。
わわわっどうすればいいのっ……!!!
「琥珀ちゃん……これどうしたの」
そう言って琥珀の前に跪いた咲くんが、琥珀の膝をじっと見る。
そこにはいおくんにしてもらった手当ての跡があって。
「……あ、来る時に転んで」
「痛くない?」
「もう、そんなに痛くない……」
琥珀の肘や、他にも怪我が無いか確認していく咲くん。
心配、させちゃったのかな……。
それから一息ついてから琥珀の隣に座り、じっと顔を見詰められるけれど、視線を合わせられない琥珀。
うぅ……今その顔を見る勇気がないよ……。
「それじゃあ、話をしようか」
そうやって二人の時間は、静かに幕を開けた。
「話を聞いた限り、俺が琥珀ちゃんを混乱させちゃって、ミツハちゃんとの喧嘩の原因になったって、そういうこと?」
「け、喧嘩っていうか……琥珀が悪いの、琥珀がみっちょんのお話、受け入れきれなくて逃げちゃったから……」
あれもこれもそれも、逃げてばかりだと。
そういう自分に嫌気がさす。
「いっぱいいっぱいだったの」
そうして再び涙がポロリと落ちていく。
さっきさんざん泣いたのに、まだ足りないかというように。
「ひとつ聞いていい?」
「……うん?」
「琥珀の頭の中、俺でいっぱいになってた?」
緩やかに、その手が琥珀の頬に触れる。
それも、嫌だとは思わない。
不思議だ、咲くんのちぅにすごくすごく頭が混乱させられるのに、こうしてただ触れられているだけだと安心すらさせられる。
「いっぱい……だった」
「うん」
「咲くんのことばっかり……」
女の子に囲まれて、その中にいる咲くんは避けもしないで、そんな咲くんはいつも琥珀にこうして触れてきて、ちぅしてきて。
どっちも咲くんだけれど、囲まれている咲くんを見てモヤモヤする自分がいて。
何で混乱するのか?
どうしてわけがわからなくなるのか?
それは──。
「咲くんの気持ちが、わからない、から」
「うん」
「……琥珀の気持ちも、わからないけど」
「ふふ……うん、そっか」
そうだ、気持ちがわからないからぐちゃぐちゃする。
でもそれはさっき少しだけいおくんに解いてもらって、それからそれ以上に混乱させられることを言われた。
欲なんて……咲くんにあるんだろうか?
なんでもさらりとこなしてしまうようなこの人に。
「咲くんは、オオカミさんでもくまさんでもない……」
「うん?」
「…………さ、咲くんがちぅ、してきた、のは……」
けれど、神格化するなと言われた。
咲くんも男の子なんだって。
琥珀から見た咲くんはいつも綺麗で、麗しくて、美しい。
冷静沈着で、不良さんたちのボスで、漫画の原作なんて書いちゃってる、すごい人。
それが神格化というなら、これを押し付ける琥珀もなんか、違うとも思う……。
「琥珀が俺の事を知りたいと思ってくれてるなら、俺は嬉しいよ」
「……知りたい、けど、ちょっと怖い」
「怖い?」
「…………なんか、壊れちゃいそうで」
そうやって琥珀はいつもいつも、自分を守ってばかり。
わかってる、琥珀は弱いこと。
みっちょんだってそういう所……言ってたんだと思う。
「壊れちゃうかぁ」
「わ、わかんないけど」
「琥珀が俺の事どう見てるか、なんか少しわかるよ。でもね、俺そんなに凄くないし、自信だってないんだ」
その手が、琥珀の手を優しく包み込む。
胸がきゅっと、締め付けられて。
怖さと、安心の狭間で、琥珀の気持ちは行ったり来たりする。
「咲くんが、自信ない……?」
「自信があったら、あんな奪い取るようなキスしないよ」
「……っ!!!」
キス……咲くんからキスって、言った。
それはやっぱり、事故みたいなものではなかったということで……。
「一回は我慢したんだけど、その後はもう自分の欲望に負けちゃって」
「は、はわわわわわ」
「逃げられてた間はどうしたもんかと思ってたけど。それでも拒否はしないでくれてたから、ついこのまま流しちゃおうかと思って……でもダメだね、やっぱり順を踏まないと」
もういっぱいいっぱいで目をぎゅっと瞑っちゃっている琥珀の手が、柔らかくさすられる。
キスという二文字の単語だけで頭がいっぱいいっぱいになっちゃっているのは、ようやく自覚したからだ。
琥珀、咲くんとキスしたんだって。
「琥珀?」
「……」
「なにもしないから、落ち着いて?」
胸が、いっぱいいっぱいだ。
乱れてくる呼吸を整えようと、ゆっくり吐いて、吸ってを繰り返す。
熱くなっていた顔から、熱が少し引いてくると、ようやく手元で包まれている手を視認した。
このあたたかい手の先に、咲くんがいる。
すぐ隣にいるのに、上手く視線も合わせられない。
「……琥珀は、」
恐る恐る、私は言葉を呟く。
咲くんは聞いてくれる、大丈夫。
すこしずつ、すこしずつでいい。
向き合わなければ。
「琥珀は、咲くんの気持ちが分からなくて、ぐちゃぐちゃしてたの」
もう、わかってる。
琥珀、咲くんのこと、意識しすぎちゃってるんだってこと。
こんなに掻き乱されて、何も思ってないなんてことはない。
けれど、この気持ちを受け入れる準備もまだ、出来ていない。
それでも……ズルいかな?
言葉が欲しい。
咲くんからの言葉が、ほしいの。
「なんで……キス、したの?」
あなたの事が知りたい。
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