14.人のこと言えませんからね?



「先日はお騒がせしました」




保健室のソファーに座る私に、そう深々と頭を下げるのは青髪の彼。


琥珀ちゃんはようやく鼻血が止まってきて、顔の血を拭き取れた所である。


まったく、こんなに短期間で乙女休止宣言を二度も発令することになるとはっ!!             




青髪くんと一緒にいた人には今、着替えやお弁当を持ってきてもらっているところだ。


体育の後にスマホなんて持っているはずもなく、青髪くんと一緒に駆け付けてくれたもう一人の人をパシらせてしまっている。




「いや、確かに急に倒れたのはびっくりはしたけど!そんな、頭下げることじゃないよっ!!……もう大丈夫なの?」


「はい!ただの二日……ん"ん"ッッ!睡眠不足と頭痛と目眩と吐き気で気絶しただけなんで!!」


「あら本当に大丈夫?あなたそんなに週末酷かったなら休んでいく?病院行ったの?」


「あぁ!いや!もう全快なんで大丈夫っす!!!!」




保健室の先生に思わぬ心配をされてしまったけれど、彼は二日酔い。


紛れもなく二日酔いからの体調不良。


大人に話せばもれなく怒られる案件である。




いおりさんはというと、ベッドでゴロゴロとしているけれど……先生怒らないのね???




「コウハク……?だっけ。鼻止まったのかよ?」


「私、歌合戦には出ていませんからね!?琥珀ちゃんです!!わざとなの!!?」


「くはっ」




楽しそうにゴロゴロなさっている。


まるで大きな猫だ、猫。




「とまと……間違えた。止まりました」


「どうやって間違えんだよそれ」


「人のこと言えませんからね????」




自分の言い間違えで頭の中でトマトが踊る。


完熟トマトがつるりんボディーを自慢げにアピールしてくるのだ。


ケチャップに加工してやろうか。


今琥珀ちゃんは妄想でも赤色は見たくありませんっ!!

(自爆してるけど)




その時、突然ガラリと保健室の扉が開かれると、そこには見覚えのある顔が。


というかノック!ノックしよう!!?




「ア、ン、タ、ねぇ~~~!!」


「みっちょん!!?」




ご自慢の巻き巻きロングヘアーを靡かせて顔を真っ赤に染めてドタドタと保健室に入って来たのは、私のご友人である満巴みつはちゃんである。


今朝から真顔で私に問い詰めて来る、存在感の強くて凛々しいお友達である。

(なので昼まで誰にも絡まれなかった)




「体育館出ようとして振り向いたらアンタはいなくなってるわ、先に教室に戻ってるかと思いきやいつまで経っても戻って来ないし更衣室に制服置きっぱなしだし挙句の果てに何?鼻血垂らして保健室に運ばれたですって???」


「ひぃ……ごめんあそばせ……!!!」


「昼飯持ってきてやったんだからこれまでの経緯吐きな」




とか言っているけれど、私のカバンも制服も持ってくれているのは後ろから付いてきた男の子だからね!!?


ナチュラルにパシらせてるよね!?




まさかみっちょんまで来るとは思っていなかったので巻き込んでしまった男の子にとても申し訳ない!!


でもよくよく考えたら女子更衣室には入れないだろうから、そりゃ私の友達が召喚されるよね!!!




「み、みっちょんおちついて!ひっひっふーだよ!!」


「なんも産まねぇよ」


「ごめんなさいぃぃぃ」




みっちょん怒ってるぅぅぅぅ!!!


半泣きな琥珀ちゃんは青髪くんに助けを求めるも、そのみっちょんの存在感に壁に背を付けてドン引きしていらっしゃるし。(失礼)


オレンジ頭でピアスまみれのガチガチヤンキーいおりさんに顔を向けると、寝転んでいるおじさんのポーズで、肘をついて欠伸をしてこちらを眺めている。


そんないおりさんに気付いたみっちょんはそちらを見ると「……ん?は?」と目を細める。




更に、制服を持ってきてくれて、おどおどとどうしようか彷徨っている男の子の後ろからは、「琥珀!」と珍しく慌てた様子の未夜くんが入ってきて、その後ろからは咲くんまで。




「……は?」




私を呼ぶ声に振り向いたみっちょんは未夜くん、咲くんと視線を移し、保健室をぐるりと見回す。




「……アンタ、この短期間でなんで逆ハー築いてんの?」


「…………ははっ!!」


「某有名なネズミの真似しても誤魔化されないからな?」




今日のみっちょんはいつになく冷めた声で私の背筋を凍らせた。















咲くんの瞳が珍しくうろたえている。




「別にとって喰いやしないわよ。そこのオレンジ頭と違って」




先生が職員室へと戻っていなくなった保健室。


はむはむ、お弁当を食べている隣で、みっちょんもパンをかじる。


私が来るまで食べるのを待っていてくれてたらしい。はぅ、惚れるぜ。




「そっか、みっちょん美術部だもんね」


「んー、あの日は珍しくテンション上がったわぁ。石膏と違って生身で日本人の少年で、その辺には簡単に転がってないようなイケメンの全身を360°好きな位置から描ける機会なんかそうそうないんだから」


「あぁ、あの時話してたの咲くんのことだったのか……」


「被写体としては最っ高」




ゆらり、視線を咲くんへと向けるみっちょんに、ニコニコしながらもビクッと体を硬直させる咲くんは、どうやらだいぶトラウマになっている様子。


例の、アシスタント出来そうな人を探して美術部に行ったけど怖い思いして帰って来た時のことだろう。


その美術部の一員がこの満巴ちゃんである。




黒曜をまとめ上げている咲くんにも怖いものはあるんだなぁ。




「ていうかみっちょん、いおりさんのこと怖くないの?」




さっきオレンジ頭とか言ってたし、不良すらもガタガタ震わすいおりさんが目の前にいようとも、普通にパンをもぐもぐしている。




「小学校一緒なの。えーっと、腐れ縁?空気のようなもんでしょ」


「空気って……」




つまりは存在自体に慣れているということだろうか?


あーんと口を開けてスタンバイする未夜くんに卵焼きをホイと入れると、一口でもぐもぐいってしまう。


かわいい。一家に一未夜くんほしい。




「しかもあのオレンジ、美術部に突然押しかけておいて私の顔見た途端逃げてったの!信じられる!?少しくらい描かれてから逃げろっての」


「それが嫌だから逃げたんだろうが」


「被写体くらい慣れてんでしょうが!」


「あんな地獄みてぇな空間で黙々と固まってらんねぇだろ」


「地獄……」


「待って二人とも、咲くんに思わぬ大ダメージが飛び火してるからちょっと黙って」




咲くんは既に明後日の方向を見つめているけれど、みっちょん怖かったら先に逃げてもいいからね!?


青髪くんと荷物持ってきてくれた男の子は居た堪れなそうだったから先に帰らせたからね!?




「……で、そうよ。いつの間にこんなダメンズと知り合ってたのよ琥珀?」


「ダメンズ!?」


「主にコイツ」




と言いながら容赦なくネイルの美しい指先を向ける先はいおりさん。


あたり強いなぁ……。




「あー……お手伝いさん要員といいますか……」


「手伝い?」


「…………これ話していいモノ?」




咲くんヘルプ!!と顔を向けると、咲くんはいおりさんの方へと顔を向ける。


起き上がったベッドの上にいるままポリポリと後頭部をかく姿はほんと休日のおっさんである。


むしろベッドに寝転んでいたのに眠らなかっただけ偉いのかもしれない。




「まァ……隠してるってほど隠してはねぇんだけど。バレるとそれはそれでめんどくせぇんだよなぁ」


「…………あぁなんだ、手伝いって漫画のこと?」




そう言い当てたみっちょんに、私も咲くんも目をまん丸くしてみっちょんを見る。


首を傾げるみっちょんもかわいい。天使や。


口を開くとキツめの口調だけれど。




「なんでそれでわかるの」


「そんなもの、子供の頃から描いてたし。すぐエロ描きたがるのを『それ女の子に見せたらキモがられるからね?』って指摘したの私だし」


「…………もうキモくねぇし」


「いやドン引きだったわ」




読んだのかみっちょん……!?


大丈夫?そこ繊細な所じゃなぁい??


そんなところつついてやぶ蛇じゃなぁい……!?




「絵柄変えたし……」


「あんだけ散々修正させて被写体にもさせてあげたんだからマトモになってなきゃ私が損だわ」


「クソめんどくせぇ女だな!」


「物語のジャンル破綻させるレベルでぶっ込んで来て脱ぎ散らかす話を集中して読めるわけないでしょうが!骨格肉付き直ってんでしょうね!?」


「女体なんてもう隅から隅まで把握してんぜ」


「キモ」




あ、トドメ刺された。


パタリとベッドに寝転んで頭を枕に埋めるいおりさんは、ピクリとも動かなくなった。


案外この二人って仲が良かったりしたんだろうか?




「どうなの、いおの絵?見てられる?しんどくない?」


「……どれだけ酷いのを想定してるのか知らないけど、お話は咲くんが作ってるから急におかしくなってたりはない……と思う、たぶん、今のところは」


「そうなの?」




そんなみっちょんはどうやら彼らが描いている漫画自体のことは知らないようで。


……そうだよね、知ってたらクラスの男子が話してた漫画の話題に反応くらいするはずだもんね!!!




咲くんは「そういうのは今封印させてるから……」と困ったような笑みで返してくれるけれど……やっぱりまだみっちょんに苦手意識があるんだろうか?


というか、咲くんにも心当たりがあったのか、封印て。




「で?そのお手伝いが琥珀の逆ハー状態と朝と昼の件に関係あると?」




むんっと顔を寄せて説明を求めるみっちょんの圧に、私と咲くんでここ四日間の出来事を説明した。











~かくかくしかじか、ヘラジカダマジカ~




「なに?つまりあの日美術部に来てたのもアシ探してたってわけ?」


「そう、だったはずなんだけど、ね」


「ごめん、ウチの連中ったら王子が来た途端に目の色変えて、来た理由なんかもわからないままポーズ指示出しちゃってて」




咲くんたら、ニコリとした顔のまま固まってしまった。


そんなに恐怖を抱いたなんて、恐るべし欲目にくらんだ美術部員たち。




「で、アシになって、忠犬(未夜)に懐かれて、女子に目の敵にされて体育倉庫に連れ込まれて鼻血出して手首捻ったと?」


「ハイ」


「利き手かばった?」


「ハイ」


「おばか」




「顔守るでしょ普通」なんて怒りながらも、頭を撫でてくれるみっちょんはやっぱり琥珀ちゃんの大大大好きなみっちょんだ。


ううぅ……みっちょんんんん!!!


ずびびびぃっ!!!




「鼻水拭きなさいよ。あ、でもちゃんと血止まったわね」


「いおりさんがぁ……止血させてくれたからぁ……」


「アンタの体操服で拭いて?」


「そう」


「雑な所がいおらしいわぁ」




私に保健室のティッシュを押し付けたみっちょんは、いおりさんの方へと足を向けると、まだ拗ねているのか寝ているのかわからない枕元に立つ。




「琥珀が世話になったわね」


「……」


「琥珀に手ぇ出したらアンタらの原稿破りに行くから」


「は?」


「怖い怖い怖い怖い」




みっちょおおおおおん!!!


心的ダメージ削りに行くのほんと上手いなみっちょん!!!


自動的に連帯責任取らせるようなもんだよそれは!!


なんなら琥珀ちゃんにも皺寄せが来るよ!!!




「……ミツハ、なんか過保護になってねぇ?」


「琥珀と連んでたらみんなこうなるわ」




それは琥珀ちゃんと関わるとみんなママ化していくということでしょうか……!!?


咲くんも……!!?






その時、授業の前のチャイムが鳴り響く。


もうお昼休みもおしまいの時間だ。


私の隣では、やはりゲーム画面を開いている未夜くんが遊んでいる……って、今日は将棋なさっているのね。




「ということで。大体の事情は把握したし、授業行くわ……琥珀いけそう?」


「手当はしてもらったし、利き手も無事だからいけるよっ……!!」


「痛かったら後で病院行きなさいよね?じゃ、私たち教室行くから」




そう言ってサラリと私のスクールバッグを持ってくれる紳士なみっちょん……!!!!


かっこいい!!惚れる!!!惚れた!!!




「ありがとうみっちょん!!」


「足は平気なんでしょうね?」


「膝ちょっと擦りむいただけだよ!!」


「じゃあ走るわよ」


「え」




保健室を出る時にみんなにバイバイと手を振っていると、琥珀ちゃんを置いて先に走り出してしまったみっちょん。


たしかに!五分で教室まで行くのは!時間が足りないけれど!!!


廊下は!!走っちゃ!!いけません!!!




「みっちょん待ってぇぇぇ」




急いで教室に戻って授業の準備をすると同時に、先生が教室に入ってくる。


クラスの人からの視線は相変わらずあって。


けれど、さっき私を体育倉庫に引っ張り込んだ三人は、決して私と目を合わそうとはしなかった。


いおりさん怖かったもんなぁ……。







そういえば、あれ?


『ミツハ』


さっき、いおりさん。


みっちょんの名前は間違わなかったな。



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