第31話 はまぐりを食べる2
ディープサハギンの襲来は、多少街の一部に被害をもたらしたものの、一般人の死傷者は出なかった。いつもより哨戒の兵を多くしていた事と、迅速な対応の結果だろう。
しかし、まだ脅威が去ったわけではなさそうだった。未だに沖の方にシーサーペントの姿が確認出来ているとの事だ。いつ陸に向かって接近してくるか分からない状態らしい。
そんな中、俺は厨房に来ていた。
今この状況で俺に何が出来るのか考えた結果、料理を作るしかない。そう思ったからだ。腹が減っては戦は出来ぬ。そんな諺がある通り、まずは腹ごしらえをするべきだろう。それに食事をすれば、消化のために血液が下がり、落ち着くことが出来るかも知れない。
「よし、少し多めに作るか」
ボンゴレビアンコの準備を進めていると、厨房の入り口にひょっこりとセラが顔を出した。
「もしかして、ボンゴレビアンコかしら?」
どうやらちゃんと覚えてくれたようだ。
「ああ。試しに自分用に作って食べてみたけど、とても美味しかったからね」
「それは楽しみね」
セラの顔に笑顔が浮かんだ。しかし、その表情とは裏腹に声のトーンは少し低い。
「なぁ、今回現れたシーサーペントの事、聞いてもいい?」
やはりどうしても気になる。先ほどの話ではリアの父親の仇であるという事だったが、トゥヌス王もなにやら事情がありそうだった。
「ええ。私が知っている限りの事であれば……」
「ありがとう。シーサーペントって、そもそもどんな姿をしているんだ?」
手を動かしながら聞く。
「そうね、私は直接見たことは無いけれど、ヘビの様な長い胴体をした魚らしいわ」
なるほど。俺の頭の中でウツボや太刀魚、リュウグウノツカイなどの姿が思い浮かぶ。
「自在に海を泳ぎ回り、時には船を襲うことも有るらしいの」
「もしかして、それでリアの父親は?」
「そうね。でも、その時犠牲になったのは、リアの父親だけでは無かったわ」
そう言うとセラは俯き、深くため息をついた。
俺は次の言葉を待つ。
「私のお母様も、犠牲になった……」
その一言に、俺は返す言葉が見つからなかった。セラの母親、つまりトゥヌス王の妻である王妃がその時に犠牲になっている。その言葉を発するのに、どれほどの勇気が言っただろうか。自分の母親が犠牲になったなんて、軽々しく言えるものではない。
セラが俺の服をギュッと掴み、体を寄せてきた。
「10年前、お父様とお母様は幼かった私を連れて、隣の大陸に出かけたの。お母様の護衛としてその時の近衛兵長、つまりリアの父親が同行していて、既に私の侍女となっていたリアも一緒の船に乗っていたわ」
セラはさらに続ける。
「大陸での用事が終わり、帰路の途中そのシーサーペントに遭遇したの。突然の襲来に船が揺れ、そのはずみでお母様が海へ転落、そしてシーサーペントに飲み込まれ、それを助けるためにリアの父親が海へ飛び込んだそうよ。辺り一面は血で真っ赤に染まり、暫くすると片目を負傷したシーサーペントだけが姿を現した」
セラの肩が少し震えている。一瞬躊躇したが、俺はその華奢な体を軽く抱きしめた。
「正直、私は幼かったから全然覚えていないの。それにその時は船室で寝ていたから、起きた時には全て終わった後だったわ。だから、リアやお父様の様に憎悪の気持ちがあふれ出る事はない。けど、街の人達の安全を考えるといつかは討伐しなければならない。そう思ってるわ」
今の話を聞いた限り、セラの母親もリアの父親も、遺体が無いという事だ。この世界には死者を蘇らせる呪文がある。しかし、体が無ければ復活させることは出来ないという事か。
いずれにしても、何か討伐する方法を考えなければならないだろう。
ボンゴレビアンコとワタリガニの味噌汁を完成させると、早速食卓へ運んだ。
近衛兵に頼み王を呼んでもらい、普段俺が座っている席にリアを座らせた。本来であれば許されぬことではあるが、状況が状況であること、俺からの頼みであることを強く訴え王を説得する事に成功した。
むしろ骨が折れたのは、リアの方だった。忠誠心が高いため、決まりを破るわけには行かないの一点張りだった。しかしセラ、そして最終的にはトゥヌス王が命令すると、恐る恐るといった感じで席に着いた。
「これはまた美味しそうなスパゲティでは無いか。貝が沢山入っている」
「はい。海岸で取れたはまぐりを使って作ったボンゴレビアンコというスパゲティです」
「ふむ、こっちのスープは?」
トゥヌス王がワタリガニの味噌汁をさす。
「そちらはワタリガニを使った味噌汁です。カニの出汁がすごく出ていて美味しいですよ」
王とセラのお椀には、半分に切ったワタリガニが入っている。リアには申し訳ないが、今回はカニ抜きで食べてもらう。
「お父様、待ちきれませんわ。早くいただきましょう」
「ああ、そうだな。ではいただくとしよう」
すると王は先ずお椀を手に取った。俺はスパゲティから食べると思っていたから少し意外だった。もしかしたら王は味噌が気に入っているのかも知れない。
「おおぅ、これがカニの旨味か。あら汁とはまた違った味わいだな」
ズズッと一口啜り、ゆっくりと味わった後のみ込むと吐息交じりに言葉を発した。
「ええ、カニの様な甲殻類は良い味がでるんです。他にもエビの頭などを使った味噌汁なども美味しいですよ」
「なんと。それはまた楽しみが増えたな」
セラの方を見ると、黙々とスパゲティを食べていた。キラキラと輝くその瞳を見るかぎり、とても満足していることが伺える。
だが、それとは対照的だったのがリアだ。
俯きがちに手をおろしたまま動かないでいる。王の前で食事する事にやはり抵抗があるのだろうか。
「リア、食べないのなら私がア~ンをしてあげましょうか?」
その様子に気がついたセラが、イタズラっぽい笑みを浮かべながら提案した。
するとリアはハッとした様に顔を上げると、首を横に振った。
「め、滅相もございません。姫様の手を煩わせるなど」
そう言うと勢いよくフォークを掴んだ。しかし、その手が止まる。
「そしたら俺が、ア~ンしてあげようか?」
そう口にした瞬間、ものすごい形相で睨まれた。
「だ、誰が貴様なんぞに!!」
すると、王に向かって一礼すると、背筋を伸ばし緊張した面持ちで食事を始めた。
その様子を見つめるトゥヌス王の瞳は、とても優しげだった。
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