第9話 私の葛藤

私はかなり厄介なヲタクだったと思う。

ハマったジャンルごとに夢女子になったり、腐女子になったりと立場を変える、つまり私は男女のCP(カップリンング)も男男のCPも女女のCPもとにかくなんでも美味しくいただいてしまういわゆる雑食系ヲタクだった。

ただ私の場合はそれだけではない。

雑食のくせに自分が沼落ちた推しCPだけはその形しか受け付ける事ができない固定厨で、散々他のCPやジャンルであれこれと手を出してきたくせにこれだけは譲れないという我ながら本当に面倒なヲタクだった。

自分がどれだけ厄介な存在であるかという事はもう痛いほどわかっていたので、そんな私を呆れながらも理解してくれている昔からのヲタク友達以外とは一切の関りを避け、TPOを守り周囲に不快な思いをさせないようにあらゆる場面で息を殺し、ひっそりと影の中でヲタク活動をしてきた。

そしてそんな私が前世で最もハマったCP、それは今私が生きる世界【青いバラを君に捧ぐ】で出会った[ズィ×アカ]というCP。

[ズィ×アカ]とは、【青いバラを君に捧ぐ】通称【青ぐ】においては人気ともマイナーとも違うまぁまぁ需要がある程度のCPで、ズィータ=ミツケというゲームの舞台で今後進学することになるであろう学院で出会う事になる2つ下の後輩攻略キャラと、私をずっと支えてくれているアカツキの先輩後輩CPだ。

もちろん【青ぐ】のヲタクとして全ルート攻略済みではあるけれど、ズィータとアカツキルート進行中それはそれは血反吐を吐くような苦行であった。

時間を見つけては最推しフウリたんの次に[ズィ×アカ]の二次創作やSNSに上げられた考察を読み漁り、私はフウリたんと彼等のために働いていると過言ではないほどのお金を彼らのグッズにつぎ込んだ。

2人の幸せは私の幸せ。もちろん乙ゲーなのだから彼らが正式にCPになる事なんてありえない。だけどただ彼らが言葉を交わし、横に並んでいるだけでそれだけで明日への活力になる。今でも思い出しただけで全身に嫌な汗をかき吐き気を催すほどのクソ野郎のせいでズタボロになった私にとって、彼らはまるで神様が与えてくれたプレゼントのようなものだった。まぁ私の最推しフウリたんはもう神そのものなのだけどその話は一旦置いておこう。

とにかく前世の私は[ズィ×アカ]に夢中になっていた。

それなのに、それなのに私は…私は、記憶が戻ってから初めてアカツキとこの世界で出会ったあの日、私はおかしくなってしまったのだ。

最推しのフウリたんに会えたことが嬉しくて鼻血を出し両鼻にちり紙をつったこんだ私へ、アカツキが「貴女の事は俺が守ります」それから「どんなルクス様も俺にとっては可愛い俺だけのお姫様ですよ?」と殺人級の王子様スマイルをお見舞いした日、私はアカツキに対してときめいてしまったのだ。

今までゲームやアニメ、ドラマCDでどれだけ彼から甘い言葉を浴びようが「いやいや、こっちに愛想振らなくてもいいから、君はズィータにだけ愛を囁ていればいいから。っていうかそもそもこれは私ではなくズィータに向けてだったよね、ごめんしゃしゃり出て」とかほざいていたくせに、実際美しすぎる彼を目の前したからといって何ときめいてんだ私!

まさかの予想外の出来後事に私は心底動揺したが、これはただのミーハー心で、[ズィ×アカ]を思いながら実物に慣れていけばきっと大丈夫になると何とか思い込み、とにかく冷静に彼に少し距離を保ちながら過ごしていこうと決めた。

しかし、距離をとろうとしている私の事など全て見透かしているかのように、アカツキは自然と私との距離を詰めていき毎日のように勘弁して欲しいと思うほど私へ愛の言葉を囁いた。ついにはそうこうしているうちにアカツキが私の傍にいてくれる事が日常となっていき、気が付けばすっかりアカツキを1人の男性として意識をしてしまっていた。

いつだってアカツキはどんな時でも常に傍で笑っていてくれて、きめ細かい心遣いはもちろん、間違った方向へ突っ走りやすい私が行き過ぎてしまわないようにさりげなくフォローしてくれた。何よりもとんでもない運命を背負った私へ「大丈夫ですよ、俺が貴女を守りますから」と毎日言ってくれた。

そんな彼の存在が日に日に大きくなっていく。抗おうとしても抗えない。

あれほどヒロインとアカツキのCPを嫌がっていたくせに、[ズィ×アカ]しか認めなかったくせに、いざ自分がヒロインとして生きていく事になったからと言ってこんな気持ちを抱くなんて…なんて現金で軽薄な女なんだろうか。

でもそれが現実で、私がアカツキに対して惹かれているのは事実。それでも私はそんな自分を認める事が出来なった。

私はとにもかくにもアカツキへの想いを封印し、ただの良い主従関係でいようと彼から向けられる恋情も受け流そうし、この気持ちを全て忘れられるように努力をし続けたのだ。



ところが、なんとか必死に自分をごまかし生きていた私に大きな事件が起きる。

「あの、私、…タソガレと、その…キ、キス…をしまいました…」

アカツキとタソガレが護衛騎士試験に合格した日の事、タソガレと会っていたはずのルトスが突然私の部屋へやって来た。ルトスはふらふらと部屋に入ってくるやいなやいつもの定位置であるベッドに座り込みそのまま黙ってしまった。

私はウィネに何か温かいものをとこっそり頼みつつ、とにかく彼女が話せる状態になるまで待った。しばらくたち、ウィネが持って来てくれたハーブティーをテーブルに用意していると沈黙を貫いていた彼女がポツリポツリと言葉をこぼした。そして彼女が発した言葉は私にとってあまりも衝撃的なものだったのだ。

「え…と、それはつまりいつもの挨拶的な奴でもなくて儀式的なものでもなくて…その…」

私の言葉にルトスは信じられないくらい顔を赤くする。

マジかよ。ついにやったのかタソガレ。

それだけでも中々だったというのに話を聞いていくと、どうやら1度軽くされたのではではなく何回も濃厚なキスをされたというのだ。

タソガレは一見いつも物静かで仏頂面で何事にも冷めているようにも見えるがルトスに対しては別で、今にも暴走しそうなほどの重たい愛を向けていた。

だからこそ、ここにきて爆発したっていうのも納得がいくしきっとこれからもっともっと重たい愛をルトスに向けていくんだろうなという事も予想がつく。

でも、それは喜ばしい事であった。だってルトスだってタソガレの事が好きだったから。

初めはクソ男の事もあったし戸惑いや自分へ想いを寄せられる事自体に懐疑的だったルトスだが、恐らく私と同じように自然とタソガレを慕うようになっていったのだろう。

また、私と違い変なしがらみもないルトスはヲタクとして若干抵抗があったもののタソガレの想いをきちんと自分で受け止める事が出来た。

私も彼女の口からちゃんとタソガレに対して好意を持った事を聞いていた。

つまり、このキスはお互いの気持ちを改めて確認し合う出来事で、2人の仲を一気に進める事になったとてもめでたいものなのだ。

顔を真っ赤にしながら特濃の甘酸っぱい話をぽつりぽつりと語るルトスは何よりも可愛く愛おしく、照れながらも嬉しそう話す大切な私の片割れを見ているとこちらまで嬉しくなってくる。

本当に良かった、これからはこの2人の幸せのためにもクソみたいな運命を変えなければいけないと

心底思った。

が、同時に私の心の奥で小さくチクチクする感情も生まれていた。

私も、アカツキとこんな風に想いを伝え合えたらいいのに。

本当は私だって今すぐにでもアカツキの元へ行って合格おめでとうとありがとうと伝えたい。でも私には出来ない。なんとか浮かんでくるアカツキへの想いを必死で捨てる。

何とかその場は恥ずかしかっているルトスがとにかく愛らしいおかげで、何とか気を紛らわす事が出来たが、本当の辛さはここからだった。

その日以来、恐らく私やフウリ、アカツキなど近しい人間にしか分からないレベルだが明らかにルトスとタソガレの関係は変わった。

より深く、お互いを想い合う気持ちが嫌というほど伝わってくる。

なんともほほえましいもので、顔がニヨニヨしてしまう場面も増える。

だがその分羨ましい、というく抱えていく事になってしまった。

何度も何度もこの気持ちを吐き出しそうになるが、どうしてもそれは出来ない。

苦しくて、泣きそうで、そんな自分が情けない。

とにかく私は耐えた。耐えて耐えて、他の事に目を向けた。だけどアカツキが常に私の傍で変わらず優しいままいてくれるから、私が突き放す事も出来ない狡い女だから、この苦しみは晴れないままただズルズルと続いていく。

そして私が気が付かないうちに悩んで苦しんで抗う事に自分の中で限界が来ていたのかもしれない。今日、私は認めてしまったのだ。自分の気持ちに、アカツキが好きだという気持ち、本当の想いに。




本来は双子である所以か、同じ運命を共有する同士だからなのか、私とルトスは根本部分においてよく似ていると思う。性格も、考え方も、ヲタクなところも。

でも、一緒に成長していくに連れて少しずつ違う部分も見えてくるようになる。

ルトスは頭がよく切れて私よりも1歩先に進んで物事を考えることが出来る、それでいて時々思いっきり抜ける事もあるが基本はしっかり者で私を引っ張ってくれることの方が多い。

それに比べて私は、本来前世において年齢がほぼ変わらないはずなのに彼女に比べると幼稚で感覚的に動いてしまう事が多いかった…しかもややこしい方向に。

確かに本来の【青ぐ】におけるルトスとルクスも、ルトスの方が姉として立ち振る舞い真面目でな性格で、一方のルクスは明るく少々お転婆ともいえる妹キャラで、そんな本来の2人にそれぞれ引っ張られているのかも知れない。でも、私の場合は記憶を辿る限りこれは元々の性格のようにも思えるしきっとルトスもそうなのだと感じる。

そして今私は恐らくルトスにとって守るべき妹として見られていることが多いのだろう。私達は初めは同じだったのに、何でも共有していたのに、いつの間にか関係性が少しだけ変わっていった。

その結果、不器用な性格も相まってルトスは私に弱みを見せる事が昔に比べると減ってしまった。

私に心配をかけないようにしてくれているのはわかる。でもそれを私はとても寂しく思っていた。

とはいえ私が「どうかした?」と聞いたところできっと彼女は困ったように「大丈夫だよ、ごめんね」と笑うだけだし、私に気を使わせてしまったと余計気に病んでしまう。

だから、最近元気ないな、また1人で抱え込んでいるな、と思ってもルトスが自分から吐き出してくるまで待つしかないのだ。

今日だってそう、ここ最近落ち込み気味だったルトスを見て歯がゆい思いをしていた。

でも今日は違った。タソガレがルトスを外へ引っ張り出してくれたのだ。

待つことしか出来ない私とタソガレは違う。

彼に任せておけばきっと少しはルトスも元気になるだろうと安堵した。

と同時に私の立場はもうすっかりタソガレにとられてしまったような気がしてまた少し落ち込んだ。

だが、そこで落ちていても仕方がない。

最近ではすっかり頼る事が多くなってしまった私が、少しでもしっかりすればルトスも私に色々打ち明けやすくなるかもしれない、そう切り替えルトス達が外出している間に少しでも何か掴めないかと考え情報を集める事にした。

ところがいつも護衛してくれているアカツキは今日は週に1度ある護衛騎士団の仕事に出向いており私はそとに出ることが出来ない。早速出鼻を挫かれたが、他に出来る事を探し、一ついい案を思いついた、それは屋敷の書斎にある書物を徹底的に調べなおす事。

この屋敷にある書物は何度も何度も調べ繰り返し読んだが、もしかしたら何か見落としがあるかもしれない。そうと決まれば行動あるのみ、私は気合を入れなおし書斎へ向かった。




私は書斎で、片っ端から様々な書物を読み進めた。何か少しでもこれからに役立つことはないかと時間を忘れて書物を読み漁った。

そして少し日が暮れた頃、一冊の本が目についた。

どこかのえらい哲学者が人生論を説いた一冊の本。これは御父様の愛読書としてゲームでも登場してた本でもある。

結局この本が作中何かに影響を及ぼす事はなく、わざわざこの本を本編に組み込むことが必要であったのか分からずじまいで、設定資料詩集でこの謎も明かされているのではないかと言われていた。

だけど現時点の私達にとっては何度読んでも目新しい情報もなく、今回もいつものように特に気になる事もないまま終わろうとしていた。だがそんな時、本に書かれていたとある一文が私へ妙に刺さったのだ。

―自分の過ちや本当の気持ちを偽るような人間は他人から必要とされる事もない―

初めて読んだ文ではないのに何故か心に響く。

なぜだろう、心が締め付けられる。まるで今の私の事を言っているかのように思える。

著者曰く、自分の過ちも認められず自分の気持ちを明かす事もないような人間がどうして他人から信用されると思うのだろうか、そもそもそんな人間が必要とされたいと思う事すら愚問であり、自分を受け入れられないような人間が他人を受け入れる訳がない。

「…痛いとこつくよね…」

思わず言葉が口から零れる。

言われなくたって、…私だって、わかってるそんな事。本当はもっともっと前から分かっている。

前世の自分とアカツキへの想いについて受け止める事すらできないダメな私がルトスの気持ちなんてわかってあげられるはずがない。

勝手に蓋をして苦しんで妬んで自分の事ばっかり考えてる私に。

あぁ、今まで私はアカツキの気持ちさえも踏みにじっていたのかもしれない。

あんなにずっと傍で支えてくれていたのに。

いや、何なんだ私は、どうしていつもこうなんだ。どうしていつも間違ってしまうんだ。

いつまでたっても私は情けないままなんだ。

自分に対しての苛立ちや情けなさが体中から溢れてくる。

「も~ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

私は思いっきり叫ぶと部屋を飛び出し慌てて追いかけてくるウィネに振りかえりもしないままルトスの部屋へ向かった。

やめよう、もうぐちぐち言い訳するのはやめにしなきゃ。

まずは言わなきゃ、認めなきゃいけない、私は、そこから始めなきゃいけない!

そして向き合おう、今まで蓋をした気持ちに、アカツキへの想いに。

1歩前へ進むためにも。

私はとにかくルトスの部屋へただひたすら走った。

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