第5話 これって乙女ゲームの世界だったよねっ!?

「ふふふ。ほんに粘るのう」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ!」


 美しすぎる謎の美女に攻撃魔法を撃ち込まれながらの追いかけっこが始まって五分。たった五分で、村外れの原っぱは戦場跡のような有様になっていた。

 砲弾の雨でも降ったみたいに地面が耕され、いまだ冷めやらぬ爆熱でじゅうじゅうと焦げ臭い煙が立っている。

 私はと言うと、いまのところ怪我一つない。

 ないが、身体の方はもう限界が近い。魔力循環による肉体強化は、無制限な筋力や回復力の向上を意味しない。運動すればエネルギーを消費するのはごく自然だ。

 要するに、魔力による肉体強化はスタミナまでは強化してくれない。むしろ強化された分だけスタミナの消費も加速する。

 七歳のちっぽけな身体では、五分も強化が続けばたいしたものだ。


「じゃが、もう終わりかの? 流石に体力が限界じゃろう。もう身体能力で避けることは出来んぞ?」


 掌に生み出した真っ赤な火球を弄びながら、美女がにやにやと笑っている。嬲るようなサディスティックな笑みなのに、見惚れちゃいそうになるのが悔しい! どんな表情でも絵になる美貌だ。

 綺麗だが、綺麗すぎて本当に腹が立つ!

 どうも父さんと母さんの知り合いらしいが、初対面の子供にいきなり攻撃魔法を撃ち込んでくる良心回路プッツン女に笑われるのはメチャクチャ気に入らない。

 ああ、思い出す……こっちが派遣だからってやたらに強気で嘲笑ってきた正社員のクソババアを。

 前世では立場があって我慢したけど、いまの私は大人に歯向かうのが仕事の七歳のガキンチョだ。

 あの『自分を傷つけられる者などいない』とか思ってそうな余裕ぶっこいたお美しい顔を歪めてやらねば、こっちの気が収まらない。

 さっきまで美女に抱いていた恐れの気持ちは何処かへ行ってしまった。いま私の中で渦巻いているのは、理不尽に対する怒りだけだ。

 尽きかけた体力を怒りで補強し、魔力を両手に集めていく。


「ほう? 抗うか? よいぞ、とてもよい。泣いて這い蹲らせるなら、徹底的に心をへし折ってからの方が面白いからの。抵抗、大歓迎じゃ」


 美女がにたにたと笑みを深める。チェシャ猫みたいに口角が吊り上がった。

 こ、この美女……こんなに性格悪いのにこんなに美人とか、世の中理不尽すぎる!


「ほれ、行くぞ! 抗ってみせよ、小娘!」


 美女が掌で弄んでいた火球を放り投げてきた。ソフトボールみたいな気軽さだがその実、接触と同時に凝縮された炎が拡散する小型爆弾だ。

 全然本気じゃないようだが、子供に投げつけて良いもんじゃないぞ!?


「風の精霊よ!」


 魔力を開放し、風の精霊を呼ぶ。魔法そのものは使い手によって発動させるものだが、精霊が助力してくれるとより効果を高められる。この世界の精霊は、実体化した法則みたいなもの。魔法効果を加速してくれる触媒なのだ。

 私の呼びかけに応えてくれた風の精霊――緑色の毛玉たちがわらわらと群がってくる。


「力を貸して!《バキューム・フィールド》!!」


 右手を突き出し、真空を生み出す魔法を発動する。風の精霊たちによって増幅された効果領域が、火球を綺麗サッパリ消し去る。魔法の火球と言ったって、燃焼という法則そのものが無視されるわけじゃないのだ。


「そっ――らああぁっ!!」


 そして生み出した真空領域を、思いっきり前方へ押しやる。真空に晒されれば、人体なんて一溜まりもない。毛細血管を破裂させて血まみれになっちまえ!


「狙いは良かったがの――」


 鈴を鳴らすような声が、すぐ後ろから降ってくる。

 さっきまで前方に立っていた筈の美女が、一瞬で私の背後に移動してきた。


「別に、火球だけで手加減してやるともいっておらんしの?」


 美女が笑う。

 そりゃ、何らかの手段で対抗すると思ってたけど、まさか瞬間移動っ!? 

 この美女、デタラメ過ぎるっ!!?


「もう終わりか?」


 にやにやと嗤いながら、美女が手を伸ばしてくる。

 が、これくらいは想定済みだ。

 真空魔法を放った右手で、パチンと指を鳴らす。


 ヒュゴ――ッ!!


「ぬっ?」


 真空の領域が弾け、押しやられていた空気がものすごい勢いで流入する。

 局所的な空気の流れに引き寄せられ、私はゴロゴロと前方に転がって美女の手から逃れた。

 回転する視界でなんとか確認すると、美女は姿勢を崩しながらもなんとか踏ん張っていた。


「水の精霊よ!」


 そして、左手に集めていた魔力を開放し、精霊の力を借りてキメの魔法を発動する。


「《クリエイトウォーター》っ!!」


 魔法で捻り出された大量の水が、あたり一面に降り注ぐ。

 爆裂で耕された地面があっという間に泥濘に変わる。

 踏ん張っていた美女が、足元を滑らせ、べちゃっ、と無様にすっ転んだ。


「はぁっ……はっ、あっ……」


 もちろん、転げ回った私も泥だらけだ。

 だが、余裕ぶっこいて笑っていた美女の顔を、泥まみれにしてやることには成功した。

 白い肌を泥で真っ黒にした美女が、唖然とした表情で立ち上がる。


「……ひひっ。ふひひっ……あははははっ! ざまぁ見ろ! あははははははっ!!」

「…………」


 私が指差して大笑いすると、美女は仏頂面で黙り込んだ。

 直後、後頭部に衝撃を感じて意識が遠のく。

 勝ち誇った笑いのまま、私は泥の中にべちゃりと倒れて気絶した。

 

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