第30話 束の間の休息 A Moment Of Reprieve

 アロンダは取り出したトランシーバーをそそくさと耳に当てて、メンターに暗殺阻止の顛末を早口の英語で説明した。

「タクは無事よ。でも危なかった!振り向く前に倒してって、あなたに言われてなかったら、わたし、あのガーディアンに姿を見られるところだった!」


「誘拐じゃなかった、暗殺よ!大きな組織が背後にいるはず。あなたの指示通りタクにコンタクトしたわ。待った方が良かった?わたし、今夜からタクの警護に回るべき?」

 意気込んで性急に尋ねたアロンダだったが、しばらく話を聞いているうちに、気が抜けたように仏頂面になって不平をもらした。


「計算通りって?本当にそうなの・・・?なぜ、大丈夫だってわかるの?」 

 相手の応答に耳を傾けながら、不服そうに口をへの字に曲げた。

「はいはい、また秘密なのね~・・・でも、安心したわ。あなたがそう言うなら大丈夫ね!」


 メンターの計り知れない能力と知恵のおかげで、ミレニアム計画は着々と進行して来た。アロンダ自身もギリギリの試練を与えられて成長できた、とよくわかっている。

「でも、あの徹底した秘密主義っていったい何なの?」

と、いつも思うのだった。


 シティへ移ったアロンダの最初の任務は、脳心理研究所への侵入だった。

「あの研究所に入りこんだのも、宅配ピザのメッセージで貴美を誘い出したのも、あなたのアイデア通りうまくいったもの」


 サンクチュアリが新人類の居場所と特定されたら、第二世代全員の身に危険が及ぶ。匠のサンクチュアリでの記憶データは、ナラニからのメッセージを装って、貴美を脳心理研究所に向かわせて消去させた。遅効性の催眠薬を宅配したピザに仕込んでおいたから、匠が研究所に入った時には、保安室の警備員は全員が正体もなく眠り込んでいた。匠と貴美を研究所に招き入れたのは他ならぬアロンダだ。

 貴美と検査技師のやりとりの一部始終も、警備員室からモニターしていた。あらかじめラボの監視カメラの稼働ランプを消しておいたから、貴美は監視カメラが動いていたとは気づいていない。

 

 第三世代は一度訪ねた場所ならテレポーテーションを使えるから、侵入は簡単だった。それでも、物事に動じない性格のアロンダでさえ、今日は間一髪だったと思わず身震いして言った。


「路地の入口から、あいつの後ろ姿が見えたからリープできた。辛うじて間に合ったけど、運任せじゃ失敗と同じよ。用心し過ぎて尾行の距離を取り過ぎてしまった」


 アロンダは自分のミスが腹立たしくてたまらなかった。


「それにあの大男ときたら、気配に感づいた時の反応が早くてびっくりよ!おまけに全身に衝撃波を食らわせたのに、十分もしないうちに目を覚ました。機動歩兵って恐ろしいわね!」


「ガーディアンは定期的に心理鑑定を受けるから、見られたからってあいつの記憶を消すわけにはいかないもの。大失敗するところだったわ」

 自分の想定の甘さに反省しきりだった。


「今頃、あのガーディアンの奴、タクを倒し損なってさぞ口惜しがってるでしょうね~。でも、私はタクを守ったんじゃない、あいつを守ったんだったって、いつか気づくかしら?」

 メンターと話しながら思わず笑みがこぼれて、アロンダはいつもの能天気な自分をあっさり取り戻していた。


「・・・ええ、あのガーディアンの奴、プロトコル通りタクの首の後ろに麻酔薬のニードルを射ち込んだ。だから、キャットが仕込んだ解毒薬がばっちり効いたわ!あなたの計画通りね」


 匠が汚染地帯の山麓まで分け入ったあの日、キャットはアランフェスの塔から空き地までテレポートしている。コンタクトで気を失った匠の首に、麻酔薬の解毒用デポ(液状カプセル)を仕込んだのである。特有の匂いを貴美に気づかれないよう、香料入りの口紅も使った。

 デポは無痛で毛穴から注入するタイプだったから、匠本人も注入に気づかなかった。ただし、狙撃されると被膜が薄いため針が突き抜けて、いったん血液中に毒が回る。


 大滝に狙撃され神経が麻痺した匠は気絶したが、数分後には解毒剤が効いて目を覚ました。大滝を倒したアロンダは、匠にコンタクトした後、記憶を消す暗示をかけ空き地から逃がしたのだった。


「そうそう、キャットがコンタクトしたから、脳を超えた次元で覚醒は始まってる、夢回路の遮断は覚醒を先延ばしにしただけって、あなた、言ってたわね?」


 メンターの言葉にうなずいたアロンダの顔に、いたずらっ子のような笑みが浮かぶ。


「間違いないのね?じゃあ、あのガーディアンが意識を取り戻しかけたタクに止めを刺そうとしたら、一生忘れられない体験をしたはずよ!タクは朦朧もうろうとしてたから、覚醒しかけている力を制御できっこないもの」


 アロンダはちょっぴり残念そうに続けた。


「第二世代の能力は火事場の馬鹿力じゃすまないから、面白い見ものになったのに・・・」


「そうね!正体不明のわたし相手ならともかく、世界最強の機動歩兵が平凡な大学生に返り討ちされた日には、米軍と北米連邦軍の上層部は上へ下への大騒動になるわね。最新鋭機の爆発事故どころじゃすまないわ!」


 アロンダはちらっと舌を出して小さく笑う。


「わかった。じゃあ、後はお願いね!今夜から三日間が山場なんでしょ?わたし、シーダ―ハウスでスタンバイする。必要ならいつでも駆けつけるわ」


 トランシーバーを切ると、アロンダは壁に背中をもたせかけたまま、大きく伸びをした。


「本当に不思議な子ね・・・」

 

 長い付き合いなのに、いまだにメンターには驚かされっぱなしのアロンダだった。


「最初から麻酔薬がまったく効かなければ匠は気絶しなかったから、無意識に能力を使うどころか、あの機動歩兵にあっさり殺されていた・・・そこまで見通して、遅効性デポを使わせたあの子の能力の方がよっぽど衝撃的かも」

と、アロンダは思った。ガーディアンが髪の生え際に照準を合わせ、狙撃跡を隠すのもお見通しだった。


「もう事態は十分深刻だけど、タクさえ覚醒すれば何とかなるわ!」


 すっかり天性の楽観的な自分に戻って、片手を口に当ててあくびをすると、上弦の丸い月がぽっかりと浮かんでいるのがドーム越しに目に入った。


「あれから二十六日?そっか、そろそろまた満月ね。今夜、タクがどうなるか気が気じゃないけど、後はあの子に任せて少し休んで一息つかなくちゃ。いろいろ疲れたわ・・・」


 アロンダは目を閉じるとほどなく深いトランス状態に入った。遥か遠い日の記憶が鮮明によみがえる。


 青く豊満な月の光、花々と木々が萌える鮮烈な匂い、吹き抜ける爽やかな夜風、絡み合う二人のかぐわしく熱い吐息。あなたはまだ何も気づいていないけれど、待ち望んだ再会ね。

 

 今度はわたしの片思いで始まるのね・・・


 思いがけず再会したもう一人のソウルメイトの存在もしばし忘れて、アロンダはいつしか遥か遠い日の温かい思い出の中へ、溶け込むように揺蕩たゆたっていた。



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