人はこうしてカルトにハマる

 新チームの始動を告げる伝統儀式が終わり、ビキニ姿の僕ら一年生部員が校庭の隅っこにある木陰で練習着に素早く着替えると、練習開始メニューである十分走じゅっぷんそう、通称「声出し」が始まった。


「声出すぞぉう!」


 二列に並んだ部員たちに向かってキャプテンがときの声を上げ、サッカー部員全員が「ウォォォイ!」と野太い声で応える。それから全員で一周約六百メートルの土のグラウンドを走りだすと、先頭のキャプテンが「ソーレィッ!」と叫び、部員たちは「ソーレッ!」と重低音で返す。あとはアイドルのライブ会場よろしく、走りながらの熱烈コールアンドレスポンスである。


「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレイッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」


 五回繰り返したら一区切り。今度はキャプテンに並走する副キャプテンが「声出すぞぉ!」と声を張る。それからはそのリピートで、部員間でぐるぐる回しながら十分間ひたすら走り続けていく。


 FH高サッカー部に限らず、部活にはいろんな「掛け声」が存在する。その種類は千差万別だが、いずれにせよ、発声と筋肉の動きに関連性があることは、科学的検証により認められている。「シャウト効果」と呼ばれるものだ。


 シャウト効果とは、大声を上げることで身体が本能的に備える運動制御の抑制レベルを取っ払い、筋肉が限界値まで力を発揮できるようになるというシロモノである。要するに、「適切なタイミングで声を発すると、運動能力が高まる」のである。ハンマー投げなどの選手が絶叫してるのもそういうことだ。


 もちろんFH高サッカー部の声出しにそんなご大層な効果はない。「声出すぞ」と宣言した後、「ソーレイ」と音頭を取っていくだけの掛け声は、もはや「声を出すこと」そのものが目的化しており、シャウト効果どころか「気合い入れるぞ」「ファイト」といった前時代的掛け声すらをも超越したナンセンスの金字塔といって相違ない。


 かつて合同練習をした地域クラブの若いコーチが、この掛け声を目の当たりにして「居酒屋チェーン店の掛け声よりも意味がない」と呆れ慄いたというのも実に頷ける。僕だって入学してから三か月間ずっと心底呆れ続けているのだ。何だよ声出しって。


「ア・ソーレ、ア・ソーレ、よいよいよいよい」


 僕らの「雨降れ」を見物した後も、グラウンドの一角にある鉄棒近辺に残っていた野次馬男子生徒の一人が、校内で「ア・ソーレ音頭」と揶揄される僕らの声出しをイジって、盆踊り風のへんてこなダンスを披露していた。そいつのツレである一人の男子生徒と二人の女子は、そのチョケた踊りを見てクスクス笑う。


 底抜けに明るい真夏の放課後の校庭で、学校指定の夏服に身を包み、真っ白なポロシャツやワイシャツをキラキラと輝かせている二組の男女は、お互いを親しげに見つめながら、満面の笑みを浮かべ、いかにも「青春の一ページ」みたいな仲睦まじさをキャッキャと爆発させている。


 愉快な高校生活を満喫する彼らにとって、いつぶっ倒れてもおかしくない炎天下の中、汗だくになってわけわからない掛け声を延々と発している今の僕は、彼らのステキな青春の思い出を彩る、滑稽なピエロに過ぎないのだろう。


「声出すぞぉうっ!」


 サッカー部の一団が鉄棒近くに差し掛かるタイミングで、ちょうど声出しの順番が回ってきた僕は、「てめえらにオレの気持ちがわかってたまるか!」というやけくそ的なやる気がみなぎり、今日イチとなるでかく野太い声で咆哮した。


 他のサッカー部員も同じ想いだったのか、僕の憤怒に皆が呼応すると、「うおおおおおい!」と怨念一〇〇%の暑苦しい重低音ボイスを四人組に向けて轟かせる。サッカー部全員の気持ちが一つになった瞬間だ。


「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレイッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」

「ソーレィッ!」

「ソーレッ!」


 その声出しが明らかに自分たちに向けられていると気づいた四人組は、両目を真っ黒にしながらやばいヴァイブス滾らせるサッカー部の威圧感に怯み、シュンと黙ってしまった。


 ざまあみろ! 俺たちの勝ちだ! 


 なんだかよくわからない高揚感に包まれた僕は、心の中で会心のガッツポーズを決めた。


 ただ、自分がどんどんドツボにはまっていくように感じるのは気のせいだろうか。僕たちが遠ざかると、後方で四人が「怖かったねぇ」などとクスクス言い合っているのが聞こえた。


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