連続殺人鬼『ブギー・マン』。

朧塚

上・銀色の弾丸はパンプキン男と対峙する。

 その怪人は雨の日の夜にのみ、出没する。

 …………。

 ……………………。


「なんだ? “ブギー・マン”の噂か?」

 崎原玄(さきはら げん)は、まだ十八歳の少年の顔を見ながら答えた。

「俺は凶悪犯罪者を殺したい。それが、連続殺人犯となれば、尚更だ。今のご時世、十代後半ばかりのガキを狙う殺人犯がいるんだろ? 俺にそいつを撃たせてくれっ!」

 少年はオフィスの机に拳を叩き付ける。

「おいおい、ウチの処の備品に無暗に傷を付けるんじゃねぇよ」

 崎原は苦言を呈する。


「俺がぶっ殺してやるよ」

 牙口令谷は狩猟銃……所謂、ライフルを細長いバッグの中に仕舞って、標的を追う事にした。


 標的にされている少年には、幾つかの特徴がある。

 耳にピアスを入れていて、髪の毛を染めている少年だ。

 染めている被害者の中には、金髪が多い。

 令谷は、ちょうど自分と被害者の容姿が似ている為に、ブギー・マンの囮になる事を考えていた。彼は水色に染めた髪の上に、金髪のウィッグをかぶる。

 星空のように、金や青い斑点をあしらったケープを纏う。

 場所は繁華街から、住宅街など点在していた。


「勢いで飛び出して来ちまったが、そうそう都合よく現れないよな」

 令谷は煙草をくわえる。

 被害者八名の特徴を見ていくと、みな、不良少年ばかりだ。警察の見解では、半グレ組織の一員だという見解が強いのだが。


 空は半月だった。

 星屑が散っている。

 令谷は歩き煙草をしながら、背後から何者かが自分を尾行している者がいる事に気付く。令谷は八人目の被害者が殺されていた場所を散策するように歩いていた。

 天気予報によれば、今日の夜は雨になると聞いているが、月も星も出ている。しかし、少し空は曇っている。


 ……俺って、いつも無謀だよな。確かに崎原さんの言うように考えて、行動しないとな……。

 上の見解では、プロファイリングは既に作成されている。

 後は、上が犯人と思わしき人間を見つけ出してきて、それが“異能者”だった場合、『特殊犯罪捜査課』が動く。それが本来の段取りだ。

 だが、令谷は衝動的に動く事を止められない。

 それは、彼が“臭い”を嗅ぎ取れるから、という事もある。

“異能者”あるいは“サイコキラー”から漂う独特の臭いと言うべきか。……それは、精度は高くない。直感に近いものでしかない。

 令谷は先日の事件現場を散策した後、缶コーヒーを買って帰る事にした。

 

 ぽつり、ぽつり、と、雨が降ってきた。

 晴れているので、通り雨だろう。

 

 ふと。

 気配を嗅ぎ取った。


「オマエ、年齢ハアアァ?」

「十八だ。お前は、なんだ?」

 令谷は振り返る。

 そこには、ハロウィンのカボチャのパンプキンのマスクを付けた男が立っていた。

 右手には鋭利な刃物が握り締められている。

 上着はワイシャツにズボンといったいで立ちだ。猫背だ。


「ナンデ、俺が此処に来る事を知った?」

「なんとなくだが。俺はお前ら化け物や殺人犯を嗅ぎ取る事が出来る嗅覚があるんだ。所謂、特殊能力って奴だな」


 目撃者の証言と完全に一致している。

 眼の前にいるのは、八人の少年を惨殺した男、ブギー・マンだ。男は無言で令谷の腹に刃物を突き立てた。令谷は横に裂け、左拳でパンプキン頭を殴り付ける。首元が少し見えた。


 ……アザ……?

 令谷は身体をひねって、パンプキン男の左側頭部に回し蹴りを決める。


 どちゃどちゃ、どちゃどちゃ。

 ブギー・マンは大量の涎を垂れ流していた。

 令谷はバッグの中から、狩猟銃を取り出していた。

 パンプキン男は距離を詰めてきた、手には刃物が握られている。令谷はそれをかわす。狩猟銃に引き金を引く。


「コロス殺す殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロスっ!」

 ブギー・マンは、首をガクガクと動かしていた。

 正確に令谷の心臓を狙って、一突きにしようとしてくる。

 体格を見ると、中肉中背の青年と言った処か。

 異能者特有の身体能力を有している…………。

 令谷は狩猟銃の引き金を引いていた。

 ブギー・マンの仮面の一部を弾き飛ばす。

 ……弾丸を眼で追えるのか?

 令谷は露出している眼の辺りを狙う事にした。

 弾丸が二つ程、仮面に命中する。

 仮面の一部が次々と弾き飛ばされていく。

 ブギー・マンの顔は露出していた。

 憎悪に歪む顔立ちをしている青年だった。顔にはアザのようなものがある。

 令谷は間合いを詰められ、胸の辺りを切り裂かれる。……浅い。

 令谷が銃の引き金を引こうとした瞬間、逃走に移られた。

 令谷は淡々と引き金を引いていく。ブギー・マンの肩に銃弾が辺り、殺人鬼は出血したまま逃走していた。

 令谷は追い掛けるが、見当たらない。血は地面を点々としている。

 令谷は崎原に電話を入れた。



「よくやった」

 崎原はオフィス内で煙草をふかしながら、ファイルを眺めていた。

 令谷と交戦した為に、ブギー・マンは仮面の破片を道路に落とし、破片から指紋が採取された。また、地面に流れた出血からDNAを採取する事が出来た。

 そして、ブギー・マンの正体の特定までそれ程、時間は掛からなかった。


 殺人鬼ブギー・マン。

 犯人の正体は、32歳の男性。真壁淳太(まかべ じゅんた)。フリーターを転々とした後、社会的ひきこもりに陥っている青年。高卒。高校は単位ギリギリで卒業。酷くいじめられていた過去の持ち主であり、その出来事から不良少年を憎むようになった。


 おそらく、真壁をイジメていた不良は髪の毛を金髪に染めていたのではないか?

 顔のアザはイジメにより出来たのものか…………。

 真相は、本人を捕えれば聞けるだろうが。


「俺達の課には、レクター博士が欲しい処だな」

 崎原は冗談交じりに言う。

「止めてくれ。『羊たちの沈黙』のサイコパス探偵だろ? 俺はフィクションの人物でも、サイコ野郎は嫌いなんだっ!」

「なんでもいいさ。ホームズでも、明智小五郎でもいい。一流のプロファイラー。小説や漫画のような名探偵。俺達の課には、それが欠けている。だから、二手、三手も遅れる。捕まえられていないサイコキラーは数多い」

「名探偵は欲しいけどさ。でも、探偵によっては連中と向かい合った時に殺されちまうんじゃないか? 俺達が対峙している連中の何割かは、本当に人間を止めた化け物なんだぞ」


『特殊犯罪捜査課』は、人外の力を発揮している連続殺人犯達がどのような経路で人外の力を手に入れたのかを解明していない。警察も科学者も誰もがだ。異常な身体能力、あるいは超能力の類。ある日、突然、目覚めて、この社会に牙を剥き始める。


「俺達にはラスボスがいるな。『腐敗の王』と俺達が呼んでいる連続殺人犯だ」

「ああ。そして、俺個人にとってのラスボスは『ワー・ウルフ』」


 腐敗の王。

 別名『魔王』。

 殺害人数は判明しているだけで、三十数名余り、国内国外で人を殺し、現在、日本国内に潜伏している事だけが推測されている。男性。外見を真っ黒なフードと真っ黒なコートで覆っており、その素顔を見た者はいない。フードの下の顔がまるで見えないのは、彼が仮面を被っているからだろう。殺害方法は文字通り、触れた標的の全身を腐らせて殺している。一体、どのような事をすれば、このように人間が死ぬのか、本当に分かりやすい“異能者”だった。警官も何名も殺されている。会った事のある警察官や刑事いわく、他のどんな異能者よりも“化け物”のように感じた、と。


 ワー・ウルフ。

 満月の夜のみに人を殺害する連続殺人犯。

 満月の夜の度に人の頭蓋を開いて、異物を埋め込む連続殺人犯。

 事件は数年間続いていたが、一年前から事件は止んでいる。

 令谷の両親と、令谷の親友の両親はワー・ウルフによって殺害され、親友も脳を弄られて廃人同然として生きている…………。


「どっちも、始末しなけりゃならないな」

 他の課の者達が“逮捕”するが、自分達の課は“始末”あるいは直接的な言葉で“殺害”、他“倒す”と呼んでいる。

 

「ブギー・マン、刑事課の連中が果たして“無傷”で捕まえられるかどうか……」

 崎原は思考を巡らせていた。


「事件は必ず雨の日に起こっている。俺が帰ろうとした時にも、ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。だから、奴が姿を現した。雨の夜にこだわりがあると思うか? 崎原さん。何なら、半グレとか、その類の連中が集まってそうな場所とか知らないか?」


「ブギー・マンは都内の特定の場所を転々としている。捜査網は作られているらしいが……。出来れば、俺が倒しに行きたい」

「そうだな。おそらく雨の日に何かトラウマがあるんだろ。……やはり、プロファイラーが欲しいな。雨の日にイジメられていたとか?」

「変だろ。イジメってのは、雨の日限定に行う不良っているのか? 変な趣味の不良だな」

「雨の日に何かされたとかか?」

「分からねぇよ。会って、直接、聞くしかないだろ」


 天気予報では、今日の夜はどしゃぶりなのだと言う。

 令谷は銃器を弄っていた。

 狩猟銃は軌道能力が落ちる。

 やはり、ハンドガンがいい。

 一撃で頭蓋に叩き込みたい。


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