第5話 伏魔殿


 地図を開いたシームレスは都市型学園からの脱出経路を示す。そこにはこのダストゾーンから、研究学区と名付けられた区画を抜け、『壁』を越えるというルートだった。


「案外近いな」


 とはリーチの談。シームレスは溜め息をつく。


「風紀委員がうじゃうじゃしてるこの状況で何言ってやがる」

「そうなのか」

「わたしが奪われたからね」


 淡々と語るのはアカリだ。

 この少女も謎が多い。リーチはいぶかしむ。どこか見覚えのある少女、名前を憶えていた事実、記憶喪失の手掛かりになるかもしれない。

 しかし。


「おい! そこに居るのは誰だ!」

「やべーぞ風紀委員だ!」

「俺が取り押さえる……!」

「いいから逃げよう!」


 アカリに手を引かれリーチは路地裏へと引きずり込まれる。

 そのまま、逃げる逃げる逃げる。

 ダストゾーンの路地といったらゴミ山の中だ。

 包囲網は狭まる。


「マズいな……囲まれてる」

「おいおいどうすんだ」

「万事休す、かな」


 サーチライトで照らされる三人。


「見つけたぞシームレス。世界掌握ワールドハックと呼んだ方がいいかな?」

「好きに呼べよ、

「風紀委員長!?」

「アカリ?」


 怯えている。リーチがなんとかしなければいけないのだろうが、どうしたらいいか分からない。

 すると辺りに炎が散らばる。青い炎だった。


「我が煉獄包囲バーガトリからは逃れられない」

「マジで万事休すだな」


 物理的お手上げ状態のシームレス。アカリは顔を伏せている。

 リーチは立ち尽くしていた。


「連行しろ」


 風紀委員の隊員が、三人を捕縛する。青い炎に守られた隊員に手を出す事が出来なかった。熱さで意識が奪われる。そして――


 目が覚めたのは独房だった。


「よぉ、生きてるか相棒」


 シームレスの声、リーチは反応する。


「アカリはどこだ!?」

「俺の心配は無しかよ……まぁいいけどよ、このままだと、また機動エレベーターの動力源コースだぞ」

「そんなのだめだ!」

「分かってるよ、ちょっと待ってろ」


 暗闇、目を凝らすと目の前の牢屋にシームレスはいた。

 緑色の光が辺りを照らす。それは空中に現れたキーボードとモニター。

 ホログラムのように浮かび上がっている。

 すごい、速度のタイピング。

 カタカタカタ、ッターン! エンターキーを叩く音が木霊する。


「ビンゴ!」


 ガシャン、と何かの金属音が響く。


「鍵が開いたぞ、さあ脱出だ」

「演出の割に地味だ……」

「うっせー、世界をデータとして観測して改変する、二つ名ネームド能力なんだぞ!」

二つ名ネームド……受胎告知みたいな?」

「ありゃ別格だ。と、与太話はここまで、俺がこの施設を乗っ取るまで時間稼ぎ頼む!」

「おい! そこのお前達何してる! どうして牢屋が開いて――」


 リーチは駆け出していた。目撃者の意識を刈り取るために。

 どうしてだろう。この身体は戦いに慣れている。おかしい。そんな記憶残っていない。

 銃を構える風紀委員より速く、懐に潜り込み、首に手刀を叩きこむ。


「やっぱ戦い慣れしてんなお前」

「どうしてだろう」

「良い拾い物だったよ。今はそれでいい」

「……アカリを救いに行こう」

「おう」


 二人は、世界掌握でシームレスが空間を把握し、アカリの位置を割り出す。

 司令室と書かれた場所に殴り込む。

 そこに居たのは銀髪の少年。その顔に、リーチは見覚えがあった。


「ヨシュア……!」

「誰だお前は」


 モニターだらけ、銀灰色の部屋の真ん中に鎮座する少年は、こちらを一瞥する。

 

「アカリを返してもらうぞ!」

「元々、アレはこちらのモノだ」

「女の子をモノ扱いとかモテないぜ、お前」


 世界掌握を展開するシームレスをカバーしつつ、ヨシュアに突撃するリーチ。

 

「素手で最高位のサイコキネシストの私に勝てるとでも?」


 不可視の壁に阻まれる。そのまま、腕を掴まれ、


「ガッアアア!?」

「りいち!?」


 血が噴き出す、そこに、部屋の奥から拘束されたアカリが顔を出す。そして、その少女が青白く発光する。


「受胎告知の光……? いや、これが……? いや違う、これは――」


 世界が暗転する。出血が止まる。身体がおかしな浮遊感に包まれる。ガシャン! に落とされるリーチ。そこはダストゾーンだった。


「……俺は」

「おっ? いいもんあんじゃーん」


 そこに居たのはシームレスだった。


「軍部科じゃねーか。よう、暇なら協力しろよ。このガブリエルをひっくり返そぜ?」

「……アカリ」

「あん? 俺はシームレスだけど? つうか、それ女の名前だろ、俺が女に見えたのか? てか目見えてるか? 大丈夫か?」


 違和感、何か大切な事を忘れている。いつからか始まったこの感覚、記憶が無いのに、何かを掴んでいるこの感覚。

 

「シームレス……機動エレベーターに向かうのか?」

「お? なんで知ってる?」

「わからない」

「へぇ、面白いね」


 シームレスは不敵に笑う。


「機動エレベーターの動力源を奪いに行く。協力しろ。あんた名前は?」

「リーチ、そう呼ばれてた」

「よし、リーチ、お前、信条とかあるか?」

「……必勝不殺」

「いいね、矛盾してて面白い! ちなみに、俺は『どんなサーバーもシームレスにハッキング』だ。よろしくな」

「ああ」


 リーチはシームレスの手を取った。

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