第8話 恋するサキュバス。好き?/嫌い?

「やだやだやだやだ! アタシのこと嫌っちゃやだぁあ!」

「やぁああああああ! ごめんなさい! 謝りますから!」


「はぁああ……」


 まただ。そう、またなのである。俺は深いため息をつくしかなかった。

 こいつらが悪さというか嫌われることをして、俺が小言を言ってこいつらのメンタルが壊れる。そして泣いて謝られる。

 意識してほしいのだろうが、何回も何回もやられると対応するのすら面倒になってくる。早く自分の部屋に帰ってほしいもんだ。


「なんで帰ってきたらAV鑑賞会が開かれてんだよ……。ドア開けるなり、外まで嬌声が響いてきたぞ」


「だって、えっちの勉強したかったんだもん……」

「あの、これは、お兄様とのいざという時のためで……」


「帰ってくるなり、部屋からAVの喘ぎ声が響く。大学の後でゆっくりしたいのにお前らが騒ぐ。勝手に壁抜けて入ってくるからプライベートなんかあったもんじゃない。どうよ? ここまでされて嬉しい・気分がいいと思うか?」


 しゅんと落ち込むセチアとクロユリ。溜まりに溜まっていたか、一言注意すればいいだけだったのに、俺はいつもより口調を強くして説教モードに入っていた。


 少し言い過ぎただろうか。セチアは涙ぐみ、クロユリも尻尾がだらりと力なく床に垂れている。

 いつもならメンタル崩壊してもすぐに立ち直ってまた騒ぎだすものだが、今日は違った。

 黙り込む時間が長く、俺もそれ以上説教することができず、気まずい沈黙がその場に流れる。どうしようっていうんだこれ。


「ねぇ、陸翔……」

「お兄様……」


 その空気に耐え切れなかったのか、ついに恐る恐るといった感じで2人が口を開いた。


「陸翔はさ、アタシのこと……嫌い?」

「お兄様は、私がいると邪魔ですか?」


「っ、ん゛んっ。それはだなぁ……」


 何とも答え辛い質問が来たものである。俺は咳ばらいをし、どう返答したものかと困った。

 まぁ嫌いなのだが、いざそれを直接伝えたら彼女たちは傷つくだろう。壊れやすいメンタルが修復不可能な状態になるかもしれない。

 しかし、好きと答えたらさらにウザいことになる……。答えないというのも同様だと思う。


 俺は短い時間の中でだが、何回も自問自答した。

 嫌いと答えれば、こいつらはもう俺の部屋に入ってこないだろう。平穏を取り戻すいい機会である。


 ……でも? 本当は? 俺はこいつらがいる賑やかな日常を求めているんじゃないのか?

 追い出そうと思えば、以前から力づくでもできたんだ。でも俺はそれをしなかった。強気で行動すれば解決できてたのに、それをしなかった。

 元々仲が悪化していた彼女との関係にとどめを刺されたことだけが、喉の奥に刺さった小骨のように引っかかっているだけなのだ。


「俺はお前たちが……その、嫌いじゃ、ないぞ?」


 なるべく傷つけないような答えを出す。嫌いなのだが嫌いじゃない。難しい。


「それって、好きってこと?」

「はっきりしてほしいんです」


 答えが欲しいんだろう。セチアとクロユリは身を乗り出すようにして、俺のきちんとした答えを待つ。


「……えっと」


 ここではっきり言えない辺り、俺も恋愛クソ雑魚だ。


 元カノと別れた後の、あの孤独感を思い出す。

 世界で一人ぼっちになったような気がして、自分は男として駄目なんだと思えて、自分が悪かったんだと思い悩んだ時のこと。


 そんな心にこいつらは無理やり入ってきて、新しい日常へと導いてくれた。


 もうやめよう、意地を張るのは。俺は……こいつらと過ごすにぎわった日常が好きだ。だから、自分の思いを伝えることにしよう。


「好きだ。お前らといると、毎日退屈しないよ」


 正直に伝えた。心に刺さっていた小さな棘が取れ、一気に心が楽になる感じがした。

 2人は俺の答えにしばしぽかんと口を開け、やがて互いに顔を見合わせる。


 そして、もう一度俺の顔を見て――笑みを浮かべた。


「あはっ」

「くすくす」


 あっ、ヤベッ。なんか危険なスイッチ踏んだような気がする。

 その言葉を待っていた。そういわんばかりに、セチアとクロユリは怪しいオーラをまとうのだった。

 何なのそのオーラ? ゆらゆらと立ち上がり、ゆっくり近づいてくる2人に、俺は蛇に睨まれた蛙のごとく動けないでいた。

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