第5話 登校前。サキュバスは魅了する/羞恥する


 朝、静かで穏やかな朝。新たな一日の始まりを告げる緩やかな始まりというのは、世の中の誰しもに等しく訪れるのだろう。


「ねぇ陸翔りくとっ、この化粧のノリで大丈夫かなぁ?」

「お兄様、どこも変なところはありませんよね?」


 そんな穏やかとか静かな~とか、俺にはもう訪れなくなっちまいましたがね。

 なんで人の部屋で登校前のチェックをしてるんですかねこいつら? 自分の部屋でやれよ自分の部屋で。もう既に家族面かお前ら。


「ねぇ陸翔ぉ。これくらいなら何も言われないかな~」


「……ん、問題ないと思うぞ。教師も薄い化粧ならとやかく言わんだろ。派手じゃなければそんなにジロジロ見ないって」


 しょうがなしに化粧の感じや身だしなみをチェックしてやる。してやる俺も俺である。慣れてきた感じがするな、外堀埋められてる?


「おいクロユリ。頭の右後ろ、寝ぐせついてる」


「ほんとですか!? ドライヤー借りますねっ」


 ぱたぱたと洗面所に駆け込むクロユリ。続いて響いてくる、ドライヤーの稼働音。

 俺なら寝ぐせくらいの場合、お湯つけて直すくらいだ。


「よしっ! これで化粧OK!」

「これで大丈夫ですよね」


 2人とも身支度を終え、忘れ物が無いかチェック。俺はまず忘れ物が無いかのチェックから入るので、価値観の違いというのが見て取れる。


「女の子の支度したくや可愛いって大変なんだなー」


「カワイくなりたいのは、陸翔のためだったりするんだけどなー……」

「お兄様、じっと見てくれないのかな……」


 『え? なんか言った?』みたいな反応とか狙ってる? バッチリ聞こえてますけど? 割とはっきり言ってんじゃん。

 好意を向けられてもメンタルが不協和音鳴らすんだよ。嫌な奴らに好かれても、心は正直微妙な気持ちなんです。悪いけど、俺はお前たちの気持ちには応えられません。


 ……応えられるようになったとしても、少々時間がかかるかな。俺も好きになってやらないという意地を張っているのかも。


 いやいや、何考えてんだ。俺はこいつらの事が苦手だ。


 うんと背伸びをするセチア。その腰辺りに生えたピンク色の羽が同時にピコピコ揺れる。

 その羽、制服のスリットというか切れ目から外に出しているんだよな……。席に座った時、隣の人はうっとうしく思わないんだろうか。


「しかしお前ら、羽とか尻尾あるのに制服似合うよなぁ。だけどいちいち羽とか出す調整するのめんどくさくないのか?」


「えっ!? 制服似合うぅ? でしょでしょ! 陸翔もやっとアタシの魅力をわかってくれたんだねっ!」

「えへへ……お兄様が私の事を褒めてくれたっ、褒めてくれたっ」


「話を一部分しか聞いてないようで?」


 嬉しそうに笑うセチアと、赤くなった頬に手を添えるクロユリ。俺の発言の後半50%が耳に入っていないようなんですが? 都合のいいことだけをバッチリと聴くマシーンと化しているのか?


「そんなに褒めちゃうならぁ。お礼にえちえちギャルサキュバスがパンツ見せてあげるよ~? ほれほれ~」


 そう言ってセチアはスカートのすそを指でつまみ、ばっと上げた。黒色のスカートがめくり上げられて現れる、レース装飾が付いたピンク色のパンツと健康的な色合いのもも

 いや、でもやり方。下校時の夕暮れ時に局部を見せてくる変態ジジイかお前は。その勢いの上げ方だと、酔っぱらいの末にやっちまう行動じゃねーか。


「えへ~。夢中になって顔近づけてもいいんだよっ、陸翔っ」


「ええっ……大胆すぎる見せパンとかむしろ萎えるわ……」


「ぐっ、うぅ!」


 セチア、お前が魅力的な一人の女の子というのは認める。出ているところは出てるし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。正直、正式にお付き合いしていたら楽しい毎日を送れるだろう。

 しかしなんか間違っているんだよアピールの仕方が。色々と。きちんとしたやり方だったら、男はイチコロだぞ。


「お、お兄様はこういうのが好きなん、ですか……?」


 恥ずかしながらスカートつまんでゆっくり上げてパンツを見せるクロユリ。これはこれで……犯罪感があるな。ほのかに顔を染めながらのロリっ子の見せパン。犯罪ですね。

 しかも細いデザインの黒。ませてんな。


「お前らそれ他の男にやるなよ、サキュバスなんだからヤるのOKと思われるぞ」


 冗談じゃなく襲われると思う。相手が誰でもいいならいいのだが、いたずらでやって襲われたのなら彼女たちにとって心外なことだろう。いや、サキュバスだから誰でもいいのか?


「やだぁああああ! 初めての人は陸翔がいいの!」

「やぁあああああ! 運命の人はお兄様なんです!」


「泣くな泣くな、化粧崩れるぞ。そんなに嫌なら外ではやらないこと。ほら時間なんだから行った行った」


 そうして今にもすがり付いてきそうな2人を玄関まで押す。涙をぬぐってえぐえぐという声を出しながら玄関を出ていくサキュバス達に、俺は『襲われずに無事に帰って来いよと』手を振るのだった。


 あれ? 俺オカンか? オカンだよな? アイツら一人暮らしだし、完全に俺がオカンの役割してるよな? しつけしてるよな?


 そして何気にさっきの俺、『俺以外の男にするなよ』って感じで言った? うっわ、お前たちは俺のもの宣言してんじゃん恥ずかしいわ……。

 俺は羞恥心によって頬が熱くなるのを感じた。こんな顔をあいつらに見せたら、からかわれるというかぐいぐい迫られること間違いなしだ。

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