第46話

さすがにギルドに毎日顔を出しすぎた。

顔も特徴も覚えられてしまった。

素行の悪さで知られていたカペラとアルデバ…2人はいつの間にか『優秀な冒険者』という謳われていた。

ギルド嬢は今日もニコニコしながら彼女たちの功績を称える。


「本日もご苦労様でした。最近のお二人の活躍は素晴らしいですね!もう少し腕が上がりましたら、ランクアップも夢じゃないですよ」


「別にうちらは上に行くことを目指してるわけじゃねーし。余計なお世話」


「言えてるー。放っとけっつーの」


この功績は自分たちのものではない。

勝手にランクを上げられてしまっては、いつか離れるあいつがいなくなった時、首を絞めるのは自分たちだ。

だからお世辞の言葉は一度も受け入れたことはなかった。

何を言われようとも全て突っぱねた。

2人はそこまで愚かではない。


しかし、彼女たちがどんなに望まなくても世間は放置してくれない。

2人の背後から荒い鼻息が聞こえてきた。


「凄まじい死闘を繰り広げたか?ん?さすがだな。その力、ぜひ俺のために使ってもらいたい。なーに、心配するな。お前らみたいな素行の悪さでも目を瞑ってやるよ。だから、俺らの討伐隊に入れ」


「またそれかよ…。人間狩りは趣味じゃねー」


「しつけーんだよ、おっさん。こちとら対人戦するために冒険者やってねーんだよ」


「何度も言わせるな!あいつは人間じゃない!魔物…いや、魔王だよ!俺はこの目で見たんだ。恐ろしい目つき、今にも人を殺しそうな殺気。あれは間違いねえ、魔王だ!な、ギルドの嬢ちゃん!」


こいつは蛇使いの少年討伐体の自称・隊長ケイド。ランクはA。

自慢の腕力で木も握れば粉々になる、と噂されている。

ケイドはカペラとアルデバの最近の活躍を見て、是が非でも少年の討伐隊に加えたいらしい。

連日、彼女たちを口説いてくるのだ。


「まだ確証がありませんので…こちらからはなんとも…」


「なんだと!このランクAの俺様が見たと言っているんだ!さっさとやつを捕らえろ!」


「勝手にやってろよ」


ヒートアップするケイドに苦笑いを浮かべるギルド嬢。

一番下がどうにか出来る問題でもない。

カペラはアルデバに「行こうぜ」と言って、ギルドを後にした。


「…それにしても、武装した連中が増えたな」


「あのケイドとか言うやつ…手当たり次第、声をかけてんだなーって感じ。やっぱ皆、あいつのランクを信頼してんのかな?」


「見てもねー事実を信じちゃって、まじ愚かすぎ」


「蛇使いっぽいこと言ってんじゃねーよ。毒されてんじゃねーか」


「ねーわ」


2人は頼まれているおつかいの場所へと向かう。

移動手段の購入だ。

先日、良い感じの荷車と馬をお手頃な価格で売ってくれると約束してくれた商人に出会った。

変な訛りと胡散臭さが気になる男だ。

北から南に商売しに来たとか、聞いてもいないことをペラペラと話していた。


「いらっしゃーい。待ってたで」


「うぃーっす。約束通り買いに来たわー」


「馬と荷台、な。これでえぇか?屈強で体力もあり、や。どこぞの馬なんかより役に立つで!」


商人が連れてきたのはがっしりとした体格の馬だった。

筋肉も十分。適度な脂肪もあり、毛並みも上質。

今回の長旅に速さは求めていない。重そうな見た目でも全然構わなかった。むしろウェルカム。


「足が折れたりしねーよな。長旅になんだわ」


「労ってくれれば平気や。人間かて疲れたら休ますやろ?重たい荷物を運ばすっちゅーなら、尚更休みは必要やで。ブラック企業になるさかい」


「了解。心得たー」


アルデバは袋の中から金貨1枚を男に渡す。


「毎度ありー。で、この馬でどこに行く予定なんや?」


「出歯亀かよ」


「えぇやん、えぇやん。これも何かの縁とおもてー…」


「ちっ…」


随分と詮索してくる男だな、とカペラは苛立ちを隠せずにいた。


「しつけーな。北に行くだけだよ」


「へぇー!わざわざ戻るんか!!」


「あ?…てめえ…うちらのこと知ってんのか?」


「え!あ!い、いや知らへんでー!さっきのは『わいもそろそろ北に戻らんとなー』って言う意味の方言や。方言」


「聞いたことねーよ」


信用ならない男だな、とカペラは思った。


「商売させてもらった手前、あれやけど…女2人くらいならわての荷台に乗せても問題ないで。それに北程度やったら、こんな頑丈そうな馬も必要ないし」


「良いんだよ。色々寄り道してから帰るから、強い馬がいないといけねーんだよ。それに2人だけじゃねーし…」


「余計なお世話やったかー。失礼、失礼〜」


話のペースがいつの間にか男の手に渡っていた。

気づけばカペラは与える必要のない情報まで男に話してしまっていた。

アルデバに少し小突かれ、我に返ったカペラは舌打ちをして口を閉ざす。


「気分を害した。帰らせてもらうっつーか、もう二度とてめえと商売しねーわ」


「残念やなー。けど、北に行くんやったら、また会えるかもしれへんし!その時はよろしゅうなー」


「うるせえ!」


「怖いわ〜」


何が「怖いわ〜」だ。ふざけやがって。

カペラは鼻をふんと不満気に鳴らした。

彼女だけじゃなくアルデバも気に食わなかったらしく、親指の爪を歯でかじっていた。

イライラした時に出る彼女の癖だ。


「気ぃつけて帰ってなー。今日はこれから天気が悪ぅなるらしいからのぉ…」


「はっ!関係ねーよ」


「ほなな。また何かご縁があったら商売しよや」


カペラとアルデバは男を無視して、馬を引っ張る。

ぶるる…と少し反抗的な態度をする馬を気に入ったのか、2人は馬の背中を軽く叩いた。


「良い馬じゃねーか。度胸もある」


「最高にイカしてるぜ。お前」


賢い馬は人間の識別ができると言われている。

あ、こいつチョロいな、なんて思われたら、言うことを聞かない馬なんているそうだ。

優しい言葉と労いは信用するべき主人なのかを見極める基準となる。


「もう1人お前に会わせたいやつがいるんだ。今日は会えないけど、明日になったら連れてくさ」


「これからよろしくな!えーっと…名前、何にする?」


「名前かー…こっちで勝手につけちゃまずいか?」


「平気っしょ。あいつは自分の名前にさえ無頓着なんだから、うちらが考えたって文句言わねーよ」


「じゃあ、ポルックス…な」


「お前、それって…」


「いーじゃん。新しい仲間に旧友の名前つけたって…よ」


「………そうだな………」


「っつーわけで、よろしくな。ポルックス!」


2人は聞き馴染みのある名前を馬に与え、満足そうに微笑んだ。

と…思うと、先程の商人が言っていた通り、雲行きが段々と怪しくなる。


「こりゃ、降るな」


急激に冷えた風が肌を掠める。


「早く帰るぞ、ポルックス」


カペラは馬の手綱を引っ張り、雨が降る前に現在の下宿先に急いだ。

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