第10話 再会は突然に

フゥーシェ様が創られたお話の中に登場する主人公の親友の少女は、旅の中で運命の相手と出会い恋に落ちる。そして二人はお互いがお互いを必要し、旅が終わった後、一緒になろうと約束をする。

この少女はフゥーシェ様が投影されており、運命の相手は幼い頃から想いを寄せているエリットン=ロイ様を当てて書かれていた。

私と同じくフゥーシェ様に幼い頃から仕えていたエリットン様は、平和と人々の幸せのために自分がどれだけ傷ついたとしても戦い続け、強さと優しさをお持ちになった素晴らしい方だった。

そんなエリットン様とフゥーシェ様は共に過ごしていく日々の中でお互い自然と惹かれ合っていった。

でも、残酷な事に御二人は、お立場の違いという高い壁があった。そう、人々の為に祈る事を運命づけられた光の巫女と彼女を守る騎士では身分が違い過ぎる。

お互いがどれだけ想い合っていると分かったとしても許されるはずもない、決して叶う事がない恋。

だからこそフゥーシェ様は物語の仲だけでもエリットン様と結ばれたいと願った。

「気持ち悪いと思われても、せめて物語の中だけでも傍にいたいの」

私はそう言って悲しそうに笑ったフゥーシェ様のお姿を決して忘れないだろう。

しかし、必死に自分の気持ちを殺していたフゥーシェ様はある時大きな決断をする。

聖剣を巡り無数の魔王軍が迫りくる中、ご自分のお気持ちをエリットン様にお伝えしようとお決めになったのだ。

それは光の巫女として決して許される行為ではない。だけどこの戦いの中で命を落とし二度と逢う事が出来なくなるかもしれない。そんな事、到底耐えられない、だからせめて気持ちだけでも伝えたい。フゥーシェ様は光の巫女ではなく、一人の人間として行動を起こした。

そしてこれは私が知る限り、光の巫女としてただ運命を受け止め自分の気持ちを押し殺してきたフゥーシェ様唯一のわがまま。それはあまりにも切なく悲しいものだった。

「私は貴方をお慕いしております。嘘でもいいから私の気持ちを受け取ってくださいませんか?」

エリットン様もフゥーシェ様が絞り出したお言葉に長年の想いは溢れ、フゥーシェ様に改めてご自身も慕っている事を伝えた。こうして御二人は物語だけではなく現実でも結ばれたのだが。悲しい予感は的中し、エリットン様は戦いの中でその後すぐに起こった戦いにて命を落とす事となる。

「生まれ変わってもまた必ず愛する貴女をお守り致します」

そうフゥーシェ様へ最後の誓いを立てながら。

御二人がお互い気持ちを確かめ合い恋仲として過ごす事が出来たのはたった数時間だけ。

やっと想いが通じ合ったというのになんて悲しすぎる結末だろうか。

どれだけフゥーシェ様にとってエリットン様という存在が大きなものだったのか、いつも傍で見て来た私は苦しいほどわかっていた。

生死を前にしなければ結ばれる事が出来ないだなんて、そんな残酷な事はあるだろうか。

しかし、フゥーシェ様は立ち上がった。悲しみにくれながらも必死に折れてしまいそうな心を保ち、エリットン様が命を懸けて拓いてくれた活路を無駄にしないために光の巫女として前を向いた。

そんな高潔なお姿を見て私は心からの崇敬と忠誠を誓い、絶対に彼女をお守りしようと決めた。エリットン様の足元にも及ばないが少しでもお役に立ってみせると。

そして、そう決意し進んだ先で、私は彼女をお守りして命を落とした。

残念ながら私は見届ける事は出来なかったが、エリットン様のおかげで戦況は大いに変わった、だからこのままいけば大丈夫。きっとフゥーシェ様は勇者達と無事に聖剣をお創りになりこの世界を救ってくださる。

そして世界を救った英雄の一人として未来永劫エリットン=ロイという名は語り継がれていくだろう。

その為に、フゥーシェ様の為に死ねる事は本望だ。

ただ、ただ、本当は…本当は最後までお供したかった、もっとお傍で支えていたかった。

それにこれからのフゥーシェ様の事を想うと胸が苦しくなる。

フゥーシェ様はエリットン様のいない世界を生きていかなくてはいけないのだ。お傍で私がお支えしたくても、もうそれも出来ないのだ。

だから、誰でもいい、誰でもいいからフゥーシェ様のお力になって欲しい。

優しすぎるあの方が一人で泣くことがないように。笑っていられるように。

あぁ、どうか、どうか、フゥーシェ様に幸せが沢山訪れますように、そしていつの日かフゥーシェ様とエリットン様が立場や身分なんて存在しない世界に生れ落ち、また結ばれますように。私は心からそう願いながら目を閉じた。





「お疲れ様で~す、お邪魔しま~す」

「ちょっと璃緒さん、稽古中にずけずけ入っていくのは止めろっていつもいってんでしょうが」

「え~だからちゃんと邪魔しないようなタイミング見て入ってきたじゃん?」

「いや、それもそうですけど、そうじゃなくて」

「っていうかそういう和澄君、先輩方へご挨拶を忘れてないかい?挨拶出来ないなんてダメだよ」

「あっ…それもそうでだった…すみません、お疲れ様です!いつも突然すみません…」

「うんうん、まずはそこからだよね」

「あぁ~そのしたり顔ムカつく~」、

「あはは、今日もいいコンビだね、お二人さん、和澄も璃緒へのツッコミ様になってきたんじゃない?」

「いや、これは別にそういうつもりでやっているわけではなくて!」

突然訪れた二人は劇団の皆と親しい関係なのだろうか、自然と稽古場の輪の中へ入り談笑を始めが、私は輪の外で固まってしまっていた。

だって間違いない。間違えるはずがないがないのだから。

今、目の前に現れたのは、和澄さんと呼ばれているあの方は、エリットン様…エリットン=ロイ様だ。

どうして、こんなところで?しかも突然、こんな、こんな事になるなんて。

全身から汗が吹き出し動悸が激しく打っているのがわかるほど自分がひどく動揺していることがわかる。

待ってくれ、せめて心の準備くらいさせて欲しかった。こんなの不意打ち過ぎる!

傍からみてもあきらかに様子がおかしくなった私を見て「夕日ちゃん、どうかした?顔真っ青」と聖が心配そうに声をかけてくれるが、なんとか返事をしようにも上手く出てこない。

どうしよう、こんな明らかにおかしい所を見せてしまうなんて。

聖の言葉がきっかけとなり、皆の視線が私へ集まる。

なんとか少しでも落ち着いて、上手く切り抜けなきゃ。とにかく、落ちついて。何か、何か言わなきゃ。

だけど、そう思えば思うほど頭の中は混乱していく。

どうしたらいいの…?このままじゃ…怪しまれてしまう、いったいどうしたら…。

そして、それは必死に考え途方に暮れている時だった。

「落ち着け、夕日、推しで、因縁の相手でもある白尾璃緒に会ったからと言って慌て過ぎだ」

「え?」

怜吾君の突然の言葉に私はさらに頭が真っ白になるが、怜吾君は淡々と話を進める。

「俺、こいつに蹴ミュの円盤貸したんですよ。そしたら蹴ミュにすっかりハマったみたいで…それで特に好きになったのが璃緒さん演じる花実君だったらしくて」

「そういえば夕日ちゃん怜吾君に借りてたねぇ~!でもハマっちゃったとか知らなかった…っていうかまだ見てないって言ってなかったっけ…?」

「それは、アレだ、俺だってさっきこの話を聞いたからな。昨日寝る時間削って見たんだってさ」

「あ~そうなんだぁ~!でも見たら蹴ミュトークしようって、教えてっていってたのに…」

「だってお前、今日稽古始まる前はそれどころじゃなかっただろ?久しぶりに会う和…」

「うぁぁぁぁっ!!!うん、そうだそうだったね、ごめんなさい、話かけられなかったよね!」

ポンポンと出てくる怜吾君の嘘に唖然としていたが、途中で話を遮るために出した聖の大声にハッと我に返る。

一体、これはどういうことなんだろうか…。どうして、こんな嘘を…?

「そっかぁ~章ちゃん期待の新人さんは俺が好きかぁ~」

「いや、言い方」

「でもさ、俺が因縁の相手って何?」

「そりゃそうだろ、夕日は章さんと璃緒さんの過去知ってるんだから」

「あぁ…そういう事ね、理解」

「自分が大好きな章さんと色々あった相手が推しになってしまったってさっき複雑そうに話してたばっかりだから、そりゃ登場がタイミング良過ぎてビビるって」

「確かに、凄いタイミングだわね」

「っていうかそろそろ夕日にちゃんと紹介しなくていいんですか?じゃなきゃこいついつまでも難しい顔したまんまですけど」

「そうだな、夕日へまだちゃんと二人の事、紹介してなかったな。ごめん」

「あ、いえ…」

気が付けばパニック状態だった私の気持ちは落ち着き、最低限の受け答えは出来るようになっていた。これもすべて怜吾君が会話を逸らし時間を稼いでくれたおかげだ。

「じゃあほら、章、お前からちゃんと紹介しろ、そもそももっと早く夕日にこの二人の事を説明すべきだったんだよ、ややこしいからって先延ばしにしてたけど…」

「あぁほらほっとくとまた周多がぼやき始めちゃう、章ちゃん、進めて」

美早子さんに促されて章さんが苦笑いしながら私の前へ改めて二人を送り出す。

私は小さく息をのんだ。

「えっと、じゃあ改めまして。こちら白尾璃緒君と安藤和澄君」

「どうも、もう知ってると思うけど…俳優やってます。白尾璃緒です」

「同じく俳優の安藤和澄です」

「あのさ、前から話してたじゃない?この劇団立ち上げから今までずっと劇団を支援してくれた人がいるって」

「…いつか、話してくれるっていってた方の事ですか?」

度々話題に上がる劇団にとって大事な支援者。

劇団員ではないけれど、運営面や資金面などで大いに支援してくれて第二回公演が打てるのもこの方の力があってこそ。そして怜吾君をスカウトしたのもこの方で野木君に関わるのもこの方に頼まれたから。他にも上げたらきりがないが、とにかく劇団にとって必要不可欠な人。

お得意の訳アリらしく、いつか会った時にきちんと説明するからと野木君に聞く事さえも止められており、名前もどんな人物なのかも私は知らなかったのだ。

「そう。えっとね、…それがこの白尾璃緒君なの」

「まさか…」

「あ、あと和澄君も、色々とこの劇団をサポートしてくれてるの…つまりこの二人は、劇団員ではないけれど、もうこの劇団の一員といっても過言じゃないの」

どうしよう。さっきから色んな事が起こりすぎて頭パンク寸前だ。

「そういう事。これからよろしく、夕日ちゃん」

白尾さんはとびっきりの笑顔で手を出し握手を求めたが、私はただそれに無言のまま対応するしか出来なかった。

そんな私をも見てエリットン様…いや安藤さんが困ったように柔らかく微笑んだ。

「いきなり言われても戸惑いますよね、ごめんね、少しずつ話すから」

あぁ。その微笑みは、エリットン様だ。やはり、間違いない。

この方はエリットン様なのだ。この方にも逢えるだなんて…しかも今、フゥーシェ様のお隣に並んで立っていられるだなんて。まるで夢でも見ているじゃないかと思う。

私は思わず涙が溢れそうになったが必死に堪えた。

それにしてもだ、一体今何が起きているんだろうか。

エリットン様の事、白尾璃緒さんの事。そして怜吾君の嘘。頼むから少し整理させて欲しい。

ところが、そんな願いもむなしく既にギブアップ寸前の私にその日さらなる出来事が待ち望んでいたのだった。

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