3章 4.レスミーとリニア

 私は幼い頃母を亡くし、父であるリュウシンによく引っ付き、育ててもらったの。父も針仕事が大好きだったし、私も自然に大好きになった。父の両親もね、私が生まれる前に亡くなったらしいのだけれど、縫製に関わっていた人達だったみたいで、きっと血筋から縫製一族なのね。16歳になった私はもっと技術を学びたくて、王女ではあったけど、無理を言って村娘として父が昔お世話になっていたという工房へ2年間働いていたことがあるの。そこが今、ゼファーが営んでいる『シスルト工房』よ。


 あの頃は、どのギルドもすごく盛んに動いていて、職種の違うギルド同士が協力しあったり、時には競い合ったりしながら、この『キーブルド王国』の世界を構築していってたの。


 3国を統一した私の父であるリュウシンはこう言った。


――敵がいないと己は滅んでしまう。


 敵対する国が無くなった事はもちろん素晴らしく、戦争という場で命が消えることはなくなったけど、競い合いがなければ経済的には衰退していく、とよく父は言っていたわ。


 だから父は、それまでなかった『ギルド』という組織を作り、伝統を引き継ぐ術をギルドの中で作り上げたり、お互いの技術などを競い合わせたりしながら、民の底力を商工業や芸術、学術などから活発にさせようとしたの。


 風土のお陰で繊維産業、縫製産業が盛んな『クード王国』、鉄がよく採掘され武器防具生成を得意とする『キーペント帝国』、そしてその両国から挟まれた森に囲まれ、大自然の恵みを受けている建築業を主な産業とするキーペント帝国の領地でもあった『イメーブル公国』。


 父はこの3国をまとめ上げ、各国の名を取り『キーブルド王国』とし、新しい言語も生み出し、世界共通語として民に学ばせた。


 そして各ギルドを作り、それぞれを競い合わせ、最後に宗教の力でまとめ上げることにしたの。それが月を神とする『ブリッジ教』よ。一つのものを皆が信じる世界は団結力が生み出されやすいと言っていたわ。

 

 父の言う通り、あの頃のブリッジ教は皆が月の力を信じ、皆が月へ祈り、まだ不安定だったキーブルド王国を月の光で文字通り皆の行く末を照らしてくれた。


 私はそんな中、『シスルト工房』で暮らしていて、ゼファーはまだ12歳だったわね。ゼファーの両親もあの頃はまだ元気で、たくさん仕事もあったから、よくみんなで笑いながら、時には夜中まで泣きそうになりながら必死に仕事したりなんかして、毎日服を仕立ていたわ。大変ではあったけど、とても楽しかった。私が王女だと言う事は村ではこの家族だけが知ってたの。もちろん誰にも言ってないわ。でもやっぱり父は心配なのね。女性剣士であるルディをこの村に配属してくれて、彼女と一緒に住み、さり気なく護衛をしてもらってたわ。村娘に扮してもらってね。


 ゼファーの家族は私を特別扱いもせず、真っすぐに誠意を持って縫製技術を教えてくれて、とても多くの技術をあの家族から学んだわ。


 私が17歳になったばかりのある日、私は隣の村の繊維ギルドの工房からゼファーと一緒に反物をいくつか馬車で運んでいたの。ルディに従者をしてもらってね。前日の雨で道がとてもぬかるんでいて、車輪がはまり込んで進まなくなってしまったの。手でみんなで押してもびくともしないし、荷物も下ろせないし、困りが果てていた時だったわ。


 その時に初めて出会ったの。あなたの父レスミーに。


――大丈夫ですか? 手伝いますよ。


 たまたま通りかかったの。少し癖のある緩やかな金髪に、優しそうな目元の深い緑の透き通った瞳。年齢も私と一緒ぐらいだったわ。喋り方からして、物腰の柔らかそうな男性で、優しそうな人だなって思ったのが第一印象。彼の服装は使い古された深緑のズボンに、使い込まれた白の上着の袖をまくりあげ、靴は擦り切れ、土に汚れていたし、きっと畑仕事をしてる方だと思ったわ。

 彼ともう一人、同じような服装をした人がいてその二人が馬車を一緒に押してくれて、無事にそのぬかるみから抜け出せたの。


――ありがとうございます。とても助かりました!

――いえ、この世は持ちつ持たれつですから。もしかすると仕立て屋をされているのですか?


 反物を見たレスミーは、すごくふんわりとした笑顔で私に話しかけてくれて、その金髪でもっと輝いているように見えた。


――はい。まだ修行の身ですが、とても針仕事が好きで……!

――もしよかったら、今度工房を見学させてほしいのですが。実は僕……

――急になんですか。


 ゼファーが私と彼の間に割り込んで、遮ってね。私を守ってくれる可愛い王子様だったわね。あら、ゼファーったら、そんなに照れなくてもいいのよ。


――あ、急にこんなこと言ったら怪しまれちゃいますよね。僕はこの国の各ギルドに所属した工房調査をしているレスミーと言います。国から市場調査依頼を受けていて、各所を回って、ギルドの運営の様子を城へ報告をしているんです。この国の発展にもぜひご協力をお願い出来ないでしょうか。


 彼はペコっと頭を下げ、真剣に頼んでくれているようだった。人を見た目で判断はしちゃいけないけど、身なりからは想像できないような優雅な振舞だったの。まるで王子様みたいで。


――ゼファー、悪い人じゃないと思うわ。この国の役に立てるなら私も嬉しいわ!

――分かりました……。


 ルディも少し心配はしていたけど、市場調査は行われているのは知っていたし、承諾してくれたわ。そしてその日は訪れた。


――今日はお邪魔します。


 先日の男性と一緒に二人で『シスルト工房』へ来てくれて、ゼファーの両親に色々と質問をしていたわ。

 どこからの仕事が多いかとか、何か困る事はないかとか、国に改善してほしいことや今後の暮らしをどうしていきたいかとか。それにこの仕事道具はどう使うのかとか、ミシンの扱い方なんかも事細かに聞いていて、記録も一生懸命していて。すごく真面目な人だなと思っていたら次は、服が一つの反物から出来上がるには、一体どういう工程を踏んでいくのかとか、縫い方、立体裁断の方法なんかもすごく丁寧に聞いていて。国の調査と言えども、こんなに服作りに興味を持ってくれるギルド外の人もいるんだなと思ってすごく嬉しくなったの。こんな人が国や民のために働いてくれているのならこの国はまだまだ発展していける、そう思ったわ。


 後から噂好きの村の女の子に教えてもらったのだけれど、彼はすごく人望が厚かったみたいで。


 元キーペント帝国、元イメーブル公国、そして元クード王国、それぞれのギルドを渡り歩き、長い時間を掛け、地道に調査をしているみたいで、働く人々の悩みを聞き、時には勇気付け、時には手伝ったりなんかしたりして、みんなにとても喜びを与えているんだと。


 その話を聞いた時、彼のその土に汚れ擦り切れた靴の意味が初めて分かって、なんてすごい人なんだろうと思った。


 そんなに忙しい中なのに、彼は一度だけではなく、何度も工房へにこっと笑って顔を見せてくれたわ。私にいつも話しかけてくれるの。「今日は何を作られているのですか?」とか「昨日はよく眠れましたか?」とか「僕もあなたの仕事を手伝えたらいいのですが」とか。技術仕事だからなかなか手伝ってもらえる機会は少なかったけど、大きな反物を馬車から運んでもらったり、私達の仕事の合間に薪を割ってもらったり、私の背中の糸くずをとってもらったりしたわ。


 彼に会える度にどんどん嬉しくなって、いつの間にか「今日、彼は来てくれるかしら?」なんて思いながら彼に会える日を待ち望んでいる私に気が付いたの。馬鹿みたいでしょ? ちょっと優しくしてもらって私なんだかおかしくなっちゃったみたい。

それでもいいの。普通の村の女の子なら。でも私は王女。この元3国をきっちりと今後収めていくには、一人娘である私が元王族達と婚姻関係を結ばないといけないのは知ってたわ。だから気持ちを押さえつけて、過ごす日々だった。けれども、思えば思うほど苦しくなる一方で。ルディにも相談したわ。でもやっぱり「彼は王族関係者ではないのです。私も心苦しくはありますが、その気持ちをお鎮に」ってね。


 ……私、こうなったら開き直っちゃおうっと思ってね。おかしいでしょ? でも、いつか城へ戻る日が来るのならそれまでたくさん楽しんじゃお! と思ったの。こんなことしても何も意味なんかないのかもと思ったわ。けれど、いいじゃない、私の初恋は淡い思い出、そして切ない思い出にしてやる! そんな気持ちで。だから思いっきり彼との時間はたくさん笑ったし、たくさんお話もしたわ。いつ会えなくなるかも分からない。だからこの時をたくさん楽しもうって。


 そんなある日、事件は起こった。

 

 この村の村長の娘が誘拐されるという事件があってね。この統一国家『キーブルト王国』を揺るがす犯罪もやっぱりまだ多くて。その後やはり身代金の要求があって、それがとてつもない大金だったの。払えないと娘の命はないと言われていたわ。


 すぐに村長の家に皆が集まり、村人大勢で話し合いが設けられたわ。家に入りきれず外から参加するほどの大きな集会になった事をよく覚えているわ。


 でも村長夫婦はおろおろするばかりだし、他の民も何も出来る事がなくて。その大金を村のみんなから少しずつ集めようという話も出たけれど、とてつもなく足りないと分かって。どうしようもないこの事実に皆、落胆するしかなかったの。私がお父様へ掛け合って、大金を用意してもらおうかと思ったわ。でもそうなるときっと私の正体がバレる。でも人の命には代えられないと思って、口を開こうとしたその時だった。


 レスミーが現れたの。


――僕がそのお金を用意します。

――レスミー、何を言うとる!? こんな大金がお前のような若者に用意できるはずがないじゃろう!? 仕事は頑張っておるし、皆お前が大好きじゃ。だが、お前は一ギルド調査人にすぎん。お前のその暖かな気持ちだけで十分じゃ。有難く思うておる……。こんな金額用意出来るとすれば王族の者ぐらいしかおらんわい……。一人の娘のために国家が動くわけなかろうて……。

――僕が動かして見せます。

――何を言うとる……?


 その後、レスミーがいつも一緒にいる男性に「城へ報告を。そして素早く用意させ、夕刻までには運ぶんだ。夜には解決したい」と言ったの。すぐ様その男性は「かしこまりました」と言って、馬に乗り飛んで行った。


 びっくりしたわ。レスミーはいつものような優しい笑顔ではない、きりっとしたその顔で命令をしているような素振りを見せたの。

 

 その様子は村のみんなが見てたわ。


――ご安心ください、村長。明日の朝にはお嬢様をここに必ず連れ戻します。

――レスミー、お前は一体…… 

――この世は持ちつ持たれつなんですよ。


 そう言って、また微笑んだ彼が私の目の中に刻み込まれてしまった。


 夕刻の内にその大金が積まれた馬車が到着した事もびっくりしたけど、他に50名以上の騎馬兵士も一緒に来ていたの。それもその身に着けた甲冑は元キーペント帝国のものだった。キーペント帝国と言えば、最後までクード王国と争っていた強欲な国。統一国家前のマーヴィス王は独裁者と言われ、皆に恐れらている存在だったわ。


 そんな国の甲冑の集団がぞろぞろとこの村へ来たの。何事かと思ったわ。本来なら統一国家になったその時から甲冑も一から新しいものを用意すべきなところを、甲冑1つ作るには民の平均年収程のお金がかかるからと言って、元々ある甲冑はそのまま使ってもいいと父はお触れを出していたの。父は巷じゃケチ臭いなんて言われていたけど、良く言えば倹約家だったわね。


 そしてね、私はその時やっと彼の正体に気が付いたの。


 その夜、無事に村長の娘は傷一つなく帰ってきて、森に潜んでいたその兵士達のお陰で、誘拐犯罪者達もすぐに捕まえられた。村の人達もとても驚いていたわ。こんな小さな村の為にあれだけの人選とお金をすぐに用意してくれたって。


 その後、また村長の家へ集まった村人達は、レスミーへ「何者だ?」と次々に質問を繰り出した。


 そして彼は夜空の下で、みんなの前で膝を付いて最後にこう言ったの。


――今まで黙っていて申し訳ありません。僕は元キーペント帝国の王族、レスミー・キーペントです。今後この世界の政治に携わる身として、多くを学ぶ必要があると判断し、そのためには皆様の暮らしをこの目で見て、この耳で聞き、この足で動き、直接触れ合う必要があると思い、皆様と一緒に仕事をさせていただいていました。皆様の思いや暮らしを本当に知るには書籍や口頭だけでは、不十分だと判断したからです。おかげで僕は、皆様の生活や仕事の事、苦しんでいる事や困っている事、これらを多く知ることが出来ました。外を見たことのない僕に対して皆様はとても親切にしていただき、心から感謝しております。皆様の一人一人の働きや暮らしによってこの国は繁栄への道を進み、今も進歩し続けている。今回のことは、僕に出来ることでその御恩を皆様へ戻させて頂いただけのこと。皆様から学ばせ頂いた事は、これからの政治へ反映させていただきます。皆様がこれからも笑って暮らせるよう励むことが自身の出来る事であり、僕の幸せでもあるのです。皆様と過ごしたこの素晴らしい時間は一生忘れません。どうぞお元気で。


 その時のレスミーは、月光に当たり、まるで月に導かれるように輝いていたの。古めかしい汚れた服装で村の人々に膝を付いて頭を垂れる姿は、まるで神が降りてきたように、とてつもない高貴さが滲み出ていたわ。


 王族から語られる民への熱き思いと、その神々しさと神秘的な姿に、村長夫婦はもちろん、他の村人達も言葉さえも出ぬまま、ただそこにはすすり泣く音が聞こえていた。

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