2章 6.ブリッジ教の魔女狩り
今俺とゼファーがいる場所は、城からだいぶ下った城下町のあまり人気がない場所だった。
あの時、正気を失いかけていた俺を「リキト君までここで騒いだら、君まで掴まってしまう。ミクちゃんを助けられる可能性も低くなる」と言われ、少し冷静さを取り戻した。ゼファーから「とりあえず今はここを離れよう」と提案され、後ろ髪を引かれながらもここまで下って来たが、悔やんでも悔やみきれない。
「……どうすりゃいいんだよ、くそっ!!」
隣の石壁を激しく拳で突く。
……こんなことしたって実久は帰ってこない。完全に俺のミスだ。俺があの部屋からさっさと出ていれば……、俺があの女達から意識をしっかり保っておけば……。もっとしっかり……。
「僕の目がしっかり行き届いてなかったせいだね、申し訳ない……」
ゼファーがまるで己のせいだと言うように頭を深く下げてきた。
「……俺が、あれだけ実久の性格も知ってたのに……。ゼファーのせいじゃない。……くそっ、どうやって実久をあの城から助けりゃいいんだよ。なぁ、あれだけで酷い目にはあったりしないだろ!? たかが女を一人押しただけだろ……?」
「リキト君、君が今までどんな国で暮らしていたのか僕には分からない。だけど、この世界と君の国では何もかも状況が違うんだ。僕の両親も死んだように、今じゃ疫病も流行り、平和の象徴そのものでもあったブリッジ教の法王も、その娘も孫も行方不明、次期王だったも婿も生死は不明だ。それに現在の王自体が魔女狩りを公認しているんだ。なぜだか分かるか?」
「そんなの分かんねぇよ……」
「そうすることで王家にお金がたくさん入ってくるからだ」
ゼファーは冷静に言ってはいるが、その表情は深い怒りを抱えているように感じた。
「だいたい魔女狩りってなんだよ!? なんで魔法使う奴が有罪になるんだ!?」
「この世界に魔法なんてない。言っただろ?」
「じゃあ、なんで!?」
「あいつは怪しい。それだけで十分だからだ」
「それだけで……?」
そうなったら実久も……。何度も何度も頭がおかしくなるんじゃないかってぐらいに、後悔の念が押し寄せてくる。
「前にも言ったよね。ブリッジ教の熱狂的な信者が最初は始めたんだよ。『こんな世界になったのは悪魔と契約した魔女のせいだ! 魔女をこの世界から抹消すれば世界は良くなるはずだ』とね。魔女がいなくなれば幸せな日々がまたやってくると信じる信者達は、躍起になって少しでも怪しそうな人々を探しているんだ。それが次第に酷くなり、今じゃ魔女発見業者がある程になってしまった。これで稼げるようになってしまったんだ、民達も……」
「ブリッジ教の奴らは何も言わないのか!?」
「ブリッジ教の今のマーヴィス法王はこの内部抗争の元凶だよ。どんなに善人な人が魔女呼ばわりされたって、何も言わない。この世界の為にという名目で死刑、もしくはお金を巻き上げられて、終わりだ。それで贅沢な生活をしているんだよ。法王も王も……。民はそんな酷い日々の中で、毎日震えながら暮らしている……」
ゼファーは少し下を向き、この現実を受け止めきれないという表情で、言葉にしたくなさそうに教えてくれた。
実久をどうにか救おうと、答えをいくら探しても、全く見つからない。何も思いもつかない。こんな酷い世界で、これほどまでに俺は無知で、何も力がない。心底情けなくて、不甲斐なくて、どんどんさげすむように自分が嫌いになっていく。
「ミクちゃんは、恐らく今後魔女裁判に掛けられて、有罪にされる可能性が強い……。もしくは大金を払えば助けられる可能性はある……、が」
「金があれば実久を助けられるんだろ!? さっきも言ってたじゃないか!! 金さえあれば無罪に出来るって……!!」
「ああ、でもその大金を持ち合わせていない……。すまない……」
「金を、どうにかかき集めて……、誰か当てとかないのか!? どうにかならないのか!? どうにか……!!」
「すまない……」
いつの間にかゼファーの両腕を掴み揺さぶり、必死に何度も訴えていた。ゼファーはただ下を向き「すまない、本当にすまない……」と何度も呟いている。その時、実久のことや自分のことしか考えていないことに気が付いた。ゼファーのその辛そうな表情を見て、苦しいのは俺だけじゃないんだって。
ゼファーだって今回のことにかなり責任を感じているんだ。俺はそれを分かっていなかった。
「ゼファー、すまない……」
これ以上ゼファーを困らせることも頼ることも出来ない。この世界には知っている人も友人もじーちゃんも誰もいない。ゼファーにしか今は頼りがないのが事実だ。だがここまで頼っている自分にも嫌気が刺す。俺は無力だ。本当に無力だ。
「なぁ、ゼファー、なんで誰も声を上げないんだ……? 誰かいるはずだろ? みんな困ってるんじゃないのか……?」
事実無力だ。だから他力本願でも何でもいい。誰か、誰かが、きっとこの世界を、実久を救ってくれる誰かがいるはず、そう願わずにはいられなかった。
「今のこの世界に、皆を引っ張っていけるような力を持った人はいない。以前はいたが……。多くの民に慕われ、尊敬される素晴らしい人だった。次の王となるお方だった。だけど生死さえも分からない」
「さっき馬車の中で言ってたローブの持ち主か……?」
「そうだよ。僕の生まれ育った村から生まれた王族しか着られないあのザクロ模様のローブ……。なぜか君が持っていたローブのことだ」
ゼファーがこちらをその真っすぐな青い瞳で見つめてくる。その目はまるで俺に何か疑いをかけるような、見透かして来るような目だった。
ゼファーには俺がまだ何か隠してることがきっとお見通しなんだ。これ以上、もう隠せないかもしれない。俺と実久が別の世界からやってきたってことが。
だけど言ったって信じてもらえるのか?
言って何か解決するのか?
ゼファーは俺に対して敵視はしていないはずだ。こんなに親切にしてくれてるし、真実を言っても怪しい者だと俺を牢獄へ突き出すこともきっとないだろう。
これを伝えることで、もしかすると何か新しい情報が得られるかもしれない。実久を助けられる手掛かりが見つかるかもしれない。
……賭けてみるしかない。
口を開こうとしたその時だった。
「君達に話がある」
背後の声に振り向くと、灰色のローブに身を包んだ背の高い女性が立っていた。
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