高校生(超能力)戦士〜Eyes Over The Sky

@tnozu

第1話 飛行夢


果てしない深みをもつ夜空が拡がっていた。

黒々とうねる雲海の端に、三日月がご挨拶程度に顔をのぞかせている。氷のやいばのような突風が遠慮なく襲いかかり、その度に視界が大きく揺さぶられる。この遥かなる空の高みという大自然の直中ただなかで、命を乗せている体は、小川の波にもてあそばれる笹舟ほどに非力だ。

何故、危険を冒してまで空を舞うのか・・鳥達に、そんな野暮な質問をぶつける人はいない。翼を持たない人間にとって、大空は永遠の憧れ。地上のしがらみを断ち切った先にある自由な空間だ。


それにしても見事だ。

頭上に降り注ぐ光は、長時間露出したカメラに写し込まれたかのよう。点々と輝く一等星、そして吹き上げた火の粉のような天の川。それらが遥か昔に放たれた光のメッセージであることを思うと、時の感覚をすっかり忘れてしまう。


ふと視線を下げると、黒い雲海が薄くたなびき、宝石をばらまいたような地上の光が透けて見えた。やがて、それはゆっくりと回り始めた。瞳にかかる霧に瞬きしながら、光の渦に降りていく。

大気が濃くなるのに伴い、風の唸りが低くなっていく。

やがて、車のエンジン、人の歩み・・聞き慣れた雑音が、アコーディオンのように伸縮しながら耳元を掠め始めた。


『ここは?』

降り立ったのは、静けさに満ちた暗がりだった。

木の葉が擦れ合う音に、木々の枝のきしみが混じっている。どこか都会の外れにある森の中だろうか、青白い街灯が遠くでちらついている。

・・ ・・ ・・

湿った草の茎がしなる音が、ゆっくりと近付いている。

『キケン』

突然、二つの青い光が跳ね上がり、視界が激しく揺さぶられた。

『やめてくれ、殺さないでくれ!』

叫ぼうにも唇が動かない。目の前に急に幕が降ろされた。続くのは、自分の存在も忘れてしまいそうな漆黒の闇。


『僕は、どこにいってしまったんだ!』


振り下ろした足が、ベッドのスプリングに当たり、高く跳ね上がった。重い暗がりの中、誠は額に浮かんだ脂汗を拭った。

『また、あの夢だ。今日は猫か何かに襲われてしまった』

枕元で、時計が冷たく秒針を刻んでいた。緑色に浮きあがった数字の上を、長針がカチリと進む。

時間は二時二〇分。とうに春が来ているというのに、部屋の空気は冷え込んでいた。いや、あの悪夢が寒さを呼んだのかも知れない。


『三井、どうした?』

頭の片隅に、いきなり声が響いた。たちばな教官だ。全く油断も隙もあったもんじゃない。教官の立場にあるとはいえ、他人の思考を勝手にモニターするなど。

『おいおい、僕は生徒の夢をのぞき見するほど、悪趣味じゃないぞ。ほれ、枕が変わると、変な夢を見やすいっていっていただろう。だからおまえの固有波動を見守っていたんだ。そしたら、トゲトゲの針坊主になって、おまえは飛び起きた。やはり夢、みたのか』

『まあ、そんなところ』

誠はぶっきらぼうに思考波を飛ばした。何だかんだ言って、やっぱり思考を読んでいる。

『ほうれ、まだ修行が足りない。僕は軽い屈辱に揺れている波動から解釈しているだけだ。それはそうと、寝ている間、波動におかしな動きはなかった。もちろん、感情の変化に伴って大きく揺れてはいたがな。空に向かって伸びていったりはしなかった。ということは、やはり夢だ。きっと新学期がプレッシャーになって見たに違いないさ。さあ、早く寝ろ。眠れないんだったら。子守歌を歌ってやってもいいぞ』

『結構です』

礼も言わずに、誠は毛布を首元まで引き寄せ、銀糸を織り込んだハンカチを枕に敷いた。去年の夏、横浜の中華街で見つけた土産物だが、思考波のカットに少なからず効果がある。これで下の階の宿直室にいる教官から、ずばずば話し掛けられることはないだろう。

一旦、天井の豆球を睨みつけてから目をつぶった。瞼の裏には、何の映像も現れなかった。


今の教官の話には、いささかがっかりした。

あまりにもはっきりした映像だったので、鳥の知覚にリンクしているのかと思っていたが、それなら波動が、その方向にアンテナのように伸びていたはずだ。それに、もし精神が、臨死体験の時のように肉体を離れていたなら、波動は、ごく薄くたなびいていたはず。やはり、空を飛ぶ映像は、ストレスがあるときの夢というわけか。


『でも、一、二年じゃあるまいし、新学期がプレッシャーなんて・・』

誠は小さく舌打ちしながらも、呼吸を整え、体を覆っている光の層に意識を集中した。

瞼を閉じていても、虹のように並んだ色彩が見えている。そのうちの一つ、もっともはっきりしている層、自分の固有波動である青色の光を深く吸い込み、ゆっくりと吐くイメージをつくった。

すぐにも、よい湯加減の風呂に浸かっている時のように、心がほんのり落ち着いてきた。青色の波が、あちこちに突き出していたとげを引っ込め、均等に体を包み始める。


『いずれにせよ、橘教官。今年度もお世話になります』

ちらちらと沸き立つ過去の様々な記憶映像を、視界の端に流しながら、誠は再び眠った。





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