第2話 この城の中にはきっとブラウニーがいる

 掃除をしようと言ったものの、あまりにも広大すぎる城に眩暈がしたので、その日は早々に眠りに就くことにした。

 いや、片付けられない女の典型例だと言わないでほしい。私はこれでもやれば出来る女だ。


 ――そして次の日の朝、私は睡魔に耐えつつも二度寝をせずにベットから身を起こした。


 何となく体に怠さを感じたものの、特に問題はない。一度大きな欠伸をし、ふと異変に気付いた。

 

「床に塵一つ残っていない、だとっ……!?」


 私は異常なほどに見違えた室内を見渡し、その異常さに戦慄した。

 そういえば何となく黴臭かった部屋の空気も、柑橘系のフローラルな香りになってい気がする。

 一晩寝ただけでこんなにも見事なビフォーアフターがあるとは何事だ。ていうか寝てる時にこんな大規模な事をされて気が付かないなんて……。一体何があった。


 驚きのあまり固まっていると、頭上から一枚の白い紙が降ってきた。

 訝しながらもその紙を掴む。どうやら文字が書いてあるようだ。


 おそうじ、きにいってくれた?

 たりなかったまりょくはおねーさんからもらったけど、べつにいいよね?たくさんあるし。

 ますたーとしておねーさんをとうろくしておくから、なにかしたいことがあったらいつでもいってね。たいていのことは、できるから。


【自律思考型移動城塞02式 登録名ベヒモス】


 と、幼い子供の様な拙い文字でそう書かれてあった。


 ……魔力で動かす城だとは理解していたが、この様子だとまさか城自体に意思があるのか?それかもしくは専用の精霊が住み着いているかのどちらかだ。


 それにしても、『ベヒモス』か。私の世界では大喰らいの悪魔の名前だったような気がする。……なんかそう考えると燃費悪そうだなぁ。


「えー、ベヒモスくん?それともベヒモスちゃんの方がいいかな? 水が欲しいんだけど貰えるかな?」


 例にそんな事を言ってみる。すると、ベット脇の机の上の空間が少しぶれたかと思うと、その場にお盆に載ったガラスのコップが出現した。

 ――転移の空間魔法。それも恐ろしく無駄のない術の構築だった。魔力頼りの力技の私とは大違いの練度だ。中身を解析してみたが危ないものは何も入っていなかった。ただの水だ。


 恐る恐るコップを口に運んでみる。


 ……冷たくておいしい。


 全て飲み干しコップをお盆の上に戻すと、最初の時と同じように転移してその場から綺麗に消えてなくなった。


 どうやらその為の発動魔力は、維持の為のプール分から賄われているようで、私に負担はまったく掛からなかった。


 並の魔術師が同じことすれば、一日は昏倒してもおかしくない難易度の魔術だというのに……。

 本当にこの城は異世界のテクノロジーの結晶なのだろう。幸いなことに私は魔力だけは自信がある。相性が良いみたいで安心した。


城の中を探索してみると、私でも扱えそうな設備が揃っていた。どうやらこの城のテクノロジーは私の居た世界に比較的近いようだ。


「いやー楽だなこれ。ちょっと内装の趣味は悪いけど、機能性は完璧。惜しむべきは食料の在庫が無い事かな」


 あったとしても魔族の食生活から考えて、人肉がベースだろうからいらないけど。……早々に処分しなくては。

 あ、でも倉庫に普通の食料を入れておけば、現在の城の主である私好みの料理がでてくるんだろうな。ならば目下の目標は食料の調達としよう。


 それにしても本当に良い拾い物をした。この城はここの世界には無い技術力の塊なので、とっくに何処かの国の手に落ちているかと思ったのに。

 でも私が足を踏み入れた時は、全てが手つかずのままに残っていた。調度品とか死体もそのままの姿で。


 その理由は旧魔王領に入った時、直ぐに分かった。


 ――魔力が吸われるのだ。それも凄まじい量を。


 私から見れば大した量ではないのだが、普通の人間には酷だったのだろう。魔力が枯渇すれば、その次は生命力を奪っていく。その結果は、もう目に見えている。


 恐らくベヒモスは、この旧魔王領を自身の支配領域テリトリーであると認識しているのだろう。だから魔力、もとい生命エネルギーを勝手に徴収出来るのだ。


 城から離れた所ですらこんな状況なのだ、本丸が手付かずでいた理由も頷ける。


 この城は外から見ると普通の大きさの城なのだが、中に入ると空間がねじ曲がっているらしく、注ぎこんだ魔力の量によって広さが変わるのだ。

 ただし、最低ラインが普通の城の大きさというのだから厄介だ。普通の魔力量では到底維持できそうもない。


 まぁ、私は別だけど。実感が無いとはいえ、自身の才能が役に立つのはありがたい。


 というよりもこの城塞が無差別に魔力を吸い上げるのは別にトラップでも何でもない。ただ維持魔力を集めているだけだ。


 あの城を管理していた魔王と魔族が居なくなったので、城は独自の判断で効果範囲内の魔族によく似た生き物から無差別に魔力を徴収した。つまりそう言う事だろう。


 私を管理者として登録したとの事なので、今後は私の意思で何時でも起動出来るし、範囲内から離れたとしても魔力を供給できるようになるそうだ。追加の手紙にそう書いてあった。これで旅行の時の結界の維持も安心だな。


 移動要塞なのだからこの城ごと移動すればいいと思うかもしれないが、それは得策ではない。

 もともと魔王と何千もの魔族が魔力を振り絞って、空間移動を行うレベルなのだ。

 

 それにこの城を使えば元の世界に帰れるかな、と思ってみたりもしたが、現実はそう甘くないらしい。

 ベヒモス曰く、『この星を全て犠牲にするくらいのエネルギーが無いと無理』との事らしい。

 流石に私も星ひとつ犠牲にしてまで帰ろうとは思えない。そこまでしてしまったら、もう私は自分を人間とは呼べなくなる。


「とりあえず倉庫から香辛料を拝借して、魔法で原材料を量産しよう」


 私の魔力の適性はほぼ万能型だったが、特に適性があったのは『増殖』と『破壊』だ。増殖は色々な事に応用できるし、破壊は言うまでもない。


 魔法ってホント便利。砕けた材料からでも種や苗木を再生できるなんて。


 復元と増殖と活性の魔術であら不思議、たった三分で立派な林檎の木が!!っていうのも強ち無理な話じゃない。


 言ってしまえば魔力は生命力と同じだし。応用が利くのも理解できる。


 水は魔術で作ってもいいし、湖から転移で引っ張ってきてもいい。塩は海から精製して調達すればいいかな。

 食べ物は土魔法で耕した農地に、種を蒔いて魔力をつぎ込んで急成長させればすぐにでも出来る。


 うーん、どう考えてもイージーモードだなこれ。張り合いがないかも。まぁ、食料の心配をしなくていいというのは、贅沢な話なんだけどね。


 とりあえず在庫ができたら今度はゆっくり育てよう。それまでは精々手を抜いて楽をしようか。


 でも土いじりなんて小学校以来だなぁ。なんかワクワクする。虫は嫌いだけど。


「この辺りの地形は……、あ。ありがとう」


 独り言に気を利かせてくれたのか、またしても頭上から紙が降ってきた。中身は予想通りこの辺りの地図である。


 鼻歌を歌いつつ、地図に印を付けていく。


 ――あぁ本当に、


「――楽しいなぁ」


 此処は良い所だし、十分にやって行けるだけの基盤がすでにある。出来る事ならここに長く留まりたい。でも、


「……邪魔、されないといいけど」


 吐き捨てるようにそう呟いた。


 どうやら平穏な生活までの道のりはまだ長そうだ。

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