第6話 推測

「止めろ」


 厳しい生存競争が繰り広げられるダンジョンの最奥の部屋で、端的で静かな命令が下された。それだけで、それまで死に物狂いで戦ったいたゴブリンたちは争いを止める。


「三体行け」


 簡素な命令ながらも、コアの意志を汲んだ『無傷なゴブリン』が三体、時間を置きながらそれぞれ最奥の部屋から出て行った。







 それは突然やって来た。このダンジョン初の侵入者、人間の男が四人。その瞬間、コアの意識がガラリと変わる。


 それはまるで、ワクワクした気分の子供のものから、冷徹なる熟練の狩人に変貌したかのように劇的だった。少しでも多くの情報を吸い取らんと、極限の集中状態に入る。


 今のダンジョンは、コアがいる部屋以外にモンスターがいない。それはあまりにも不自然なため、三体のゴブリンを冒険者たちに向かわせた。数を三体にしたのにも理由がある。


 冒険者たちの格好は戦士風の者、軽装な者、ローブ姿の者、身軽そうな者といった感じだが、それぞれが万全の装備ではないように思われた。戦士は頭を守る装備が何もないし、軽装の者はおそらく斥候だろうが、やはり頭装備を始め、どこか物足りなさを感じる。ローブ姿は魔法使いで、魔法使いといえばこの格好だろうという姿はしているのだが、手にしているのは飾り気のない簡素な杖のみ。特に最後尾を歩く、背の小さめな男に関していえば、腰にショートソードを佩いている以外は装備らしい装備はなく、あとは腰から小さめの袋を吊り下げ、手にはバインダーのような物を持っている始末だ。


(舐められている)


 内心怒りで歯軋りしているコアだが、このことから推測できることが多々あった。


(間違いなく出来立てのダンジョンだとバレてるな。そういうアイテムが存在するか、もしくは人目に付きやすく変化がわかりやすい場所にできたか。いや、その両方の可能性もある。とりあえず人目に付きやすい場所にあるのはほぼ確定だな)


 今回の冒険者たちには緊張していたり疲れている様子が丸っきり見当たらなかった。つまりそれは険しい道を分け隔てて辿り着いたということではなく、フラっと来れる場所にダンジョンがあるということだ。それに加えて、今まで動物の類が一匹もダンジョンに入って来ていないことも推測に拍車をかける。


(こっちの世界にきてからの時間はせいぜい数日といったところのはず。街中ならむしろ発見されるまでが遅い。ということは、街からあまり離れていない街道付近といったところか)


 これまでの情報からダンジョンのおおよその場所を割り出す。


(そしてダンジョン内のモンスターが弱いこと、もしかしたらゴブリンであることすら把握されているかもしれない)


 いくら出来立てのダンジョンといえども、スポーンモンスターによっては警戒する必要があるはずだ。それすらないということは、やはりモンスターが特定されていてもおかしくないのだ。


 コアの予想以上に、この世界の人間はダンジョンに関する情報を集めているかもしれないと警戒を新たにする。冒険者たちの格好を見るに、時代でいうなら中世のヨーロッパ風といったところだが、こと魔法が存在する分、コアが知らない分野が発達している可能性がある。


 コアには考えつかないような手段を持っているおそれがある。しかしながら、付け入る隙があることもまたコアは見抜いていた。


(バインダー。最後尾のあの男、十中八九冒険者じゃない。ポーターなどの役割があるように、ダンジョンを調べることを目的としているのか。もしかしたら冒険者じゃなくてギルドの職員とかかもしれないな)


 辺りをキョロキョロと見渡しながら、忙しなく何やら書き込んでいる男。コアならばその書面を幾らでも覗き放題だが、如何せん文字がわからない。方位磁石らしき物も見て取れるので、マッピングでもするつもりなのかもしれない。


 調べる必要があるということは、当然だがわからないことがあるということだ。それを上手く利用し立ち回る。ダンジョンを愛し、ダンジョンを任されている自分が、そこらの馬の骨に負けることなど許されない。


(ダンジョンを舐め腐った罪、高くつくぞ)


 静かなる怒りを湛えながら、コアが最初にとった行動がまず試合の中断。これは自分が集中するためでもあるが、試合の音が冒険者たちに届くかもしれないと警戒したからだ。通常ならば聞こえるはずがない距離ではあるが、この世界の人間がどの程度の身体機能を有しているかわからないので安全策をとった形だ。争いの気配を気取られて警戒されるよりは油断させておきたい。


 そしてゴブリン三体の派遣。これはコアからのジャブという側面も持つ。


 コアは実際にダンジョンを運営することによって、一日にどれぐらいのモンスターがスポーンするのかを知っている。つまり、この規模、この日数のダンジョンで、出会うゴブリンが三体しかいないということに対して、貴様らの反応・知識量を見せてみろというコアからの挑戦状だ。少ないと困惑するならば、例え言葉がわからずとも様子から見て取れる。何もアクションがないならば、その程度の知見ということだ。


 これは、ゴブリンでは相手の戦力把握には役立たないと判断し、相手の知識に的を絞ったコアからの攻勢的情報収集だ。貴重なゴブリンたちを無駄に何体も使う訳にはいかないコアとしては一石二鳥の作戦になっている。


「さて、とりあえず手は打った。次は奴らから流れ込んで来てるエネルギーに関してか」


 コアが前々から欲して止まなかったエネルギーだが、なんと冒険者たちがこのダンジョンに侵入した時から増え始めていた。


「原理は謎だがダンジョンにいるだけでエネルギーが得られるのは有難いな。生体エネルギーを吸い取ってる? 魔法、魔力が関係する何かか? まあとにかくダンジョンに死体が吸収される時だけ、というパターンじゃなくて助かったな。これ、ダンジョンにいる合計時間で考えれば結構な量になりそうだぞ」


 冒険者たちから流れ込んできているエネルギー量は決して多いわけではない。しかし、このダンジョンを、モンスターや罠に警戒しながら隈なく調べようとすれば間違いなく数時間は掛かる。この点で、コアのこの世界でのダンジョンビルドに大事な要点が追加された。


「侵入者の滞在時間を長くする工夫が必須だな。……現状策を練るのは難しいが覚えておこう」


 複雑に入り組んだ通路や、厄介な罠を何とか躱しながらうまみのある宝箱を探させるといった方法が頭に浮かぶが、出来ないことを考えるのは空しいので別のことを考える。


「一人ひとり吸収量が違う……。基準は何だ? バインダーの奴は他と比べて明らかに低い。戦闘職みたいな奴らは大体似通ってるが差異はある。……これだけで考えると、強さか?」


 もしかしたら侵入者からのエネルギー吸収量から、相手の大体の強さを測れるかもしれないなどとコアが考えていると、突然冒険者たちが会話をし始めた。


『ここが話にあった例のダンジョンかぁ。まぁ普通の洞窟って感じだな』


『出来立てなんだから当たり前だろ。それより油断し過ぎだぞベック。俺より前に出るな』


『そういうお前だっていつもより軽装じゃねーか。大体、出来立てでモンスターもゴブリンじゃ油断するなって方が難しいぜ』


『まだ宵の間のモンスターはわかっていません。出来立てダンジョンで傷を負ったなんて知られたらパーティーの評価が落ちますから自重してくださいベック』


『わーってるよ』


「ッ!?」


 冒険者たちが会話を始めたかと思ったら、その内容が理解できていることに驚くコア。この世界で使われている文字が全く知らないものであったため、当然言葉もわからないと思っていた。


 しかしコアはすぐに納得する。


「……成程な。そうか、そういうことか。ダンジョンコアとは、ダンジョンに巣食う数多のモンスターの統括者。それらの言葉がわからなければ指示も出せない。つまり、ダンジョンコアにはデフォルトで異言語理解が備わっていたのさ! それならばこの世界の人間の言葉程度、わからないはずがない! 素晴らしい!」


 今まで情報不足で悩むことが多かったコアとしては大きな発見だ。実際、これだけ少ない会話の中でさえ気になるキーワードが出てきている。それに、全ての言語が理解できるとなると、期待してしまうことがあった。


「これは、いずれモンスターたちと会話できるということじゃないか!? ゴブリンやプチワームは発音はするが、おそらくまだ会話というレベルではないのだろう。おおぉ、我が子らとの心弾む会話が待ち遠しいぞ!」


 数多のモンスターたちと和気あいあいとしたコミュニケーションを取っている自分を想像し、暫し幸せな気分に浸るのであった。


「さてさて、情報の精査に戻ろうか。馬の骨の名前なんかどうでも良いが、やはり出来立てであること、それとゴブリンは把握されていたな。問題は『宵の間』ってやつか。モンスターのこと指してんだからプチワームのことで確定だろうが、何でゴブリンはわかってプチワームはわからないんだ?」


 様々な可能性を考慮するコア。


「もしや、そう難しいことじゃないのか? もしかして、ダンジョンの出入口が白く光って見えるのは俺だけで、他の奴には普通に見える? 最初ゴブリンたちを自由に徘徊させていた時に、出入り口付近にいたゴブリンを外から偶々発見された、とすれば……一応筋は通るか?」


 周りをキョロキョロしながらダンジョンを進んで行く四人を見ていると、また興味深い発言が出てくる。


「ただの洞窟とこの栄誉あるダンジョンを同じ扱いにしたあの馬鹿戦士は後で必ず殺すとして、空間を越えた、ね。その場にあってその場に無い。独立した存在というわけだな。つまり、外から人為的に新しく出入口を作ったりはできない、もしくは難しいと考えていいだろう。守りやすくなったな」


 コアは元々、ダンジョンは次元が違う場所に存在している説を推していたので違和感なく受け入れられる。地下を進んでいたはずなのに、大空が広がるフィールドがあったりするのはそのせいだ。ミンクのセリフと水晶のマジックアイテムがその説を後押ししていた。


「それにしても面白いアイテムだ。周囲の魔素なるものによって色を変える水晶か。つまり、外とダンジョン内では明確に魔素が違うということ。この魔素の違いがモンスターたちの生態にも影響を与えているのだろう。食べ物を必要としない程だから、他にも何か変わっている点がないか気をつける必要があるな!」


 ダンジョンを侮っている冒険者たちに対する怒りと、新たなダンジョン情報の獲得と検証できる喜びに、コアの感情の起伏はジェットコースターのように乱高下するが、コアはまだまだ止まらない。


「それにしても、半分までしか来ないんだな」


 コアは部屋の中で息巻いているホブゴブリンをチラッと見やる。冒険者たちが攻略するつもりで来ていたら果たしてどうなっていたか。


 全滅は無理でも撃退する自信はあった。ミンクは戦力外だろうから基本は三人パーティーのはずだ。誰か一人でも欠ければ撤退する可能性は非常に高い。しかし、虎の子であるホブゴブリンを失っていたおそれもまた、非常に高かった。


 まだまだ成長過程であるホブゴブリンをここで失いたくなかったのが本音だ。


「それに、一番不味いのはもっと別の点にある。ここで奴らを『ダンジョンが退ける』のは、後々此方を不利にしただろう」


 銀の翼は明らかに初心者連中ではない。そんな奴らが出来立てダンジョンで死人でも出したらどうなるか。冒険者ギルドの存在が明らかな以上、警戒されるに決まっている。最悪、危険だと判断され高位冒険者による早期攻略に繋がってしまうかもしれない。それでは駄目なのだ。


 この世界が現実だからこそ、バランスにより注視していかなければならない。ゲームのように勝手にコンピューターが都合の良い相手を送り込んでくれるわけではないのだから。


 この時コアは、侵入者を倒してはいけないし、攻略されるわけにもいかないという理不尽な状況で抗う必要があったのだ。

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