魔女たちの征く道 (2)

 それから始まったのは、魔法の攻防だった。

 家が壊れるのもおかまいなしに、ローザンはアシュレイに向けて、数多の火の矢を放つ。家具に魔物の毛皮や羽根の標本に、魔法書。それら全てが、めらめらと燃え上がっていた。

 今の母は、自身に対峙する敵だ。それでも、幼少時代を過ごした場所が灰になってゆくことに、アシュレイの心はちくちくと痛んでいた。

 けれど、ダリルの魔力を取り戻すためにも、戦うしかない。

 アシュレイは魔法陣を描き、水の壁で降り注ぐ矢と燃え広がる家から身を守った。

「量が多すぎる……!」

 それでも、火が消える気配はない。次々と飛ぶ矢の一本がアシュレイの服にかすり、熱さがアシュレイを支配していた。さらに、燃える家財から、煙がもくもくと立ち上がっていた。

 これ以上この場所にいたら、命に関わる。ならばと、アシュレイは踵を返し、無我夢中で玄関の前へとたどり着いたものの、玄関は、固く閉ざされていた。

 ドアノブを回しても反応がない。魔法による施錠だろう。ならばと、アシュレイが後ろを振り向こうとした瞬間。

「へえ、逃げるのね、臆病なアシュレイちゃん」

 背後から、ローザンの声が聞こえた。

「私から逃げようとするなんて、百年早いのよ」

 思いかけずアシュレイが振り向くと、ローザンは短剣を手に、義娘の心臓を狙う。

 アシュレイは自身の短剣を手にして、ローザンに向けて振り払った。

 それからアシュレイが駆け出し、ローザンの追跡を振り払いながら脱出できる場所を探すなか、彼女はあることに気がついた。

 この家の壁は魔法がかけられている。それ故、家そのものは燃えていないし、壊すことも困難だろう。

 それなら、魔力が弱い場所は――アシュレイは、わずかに焦げ付きがみられる天井に狙いを定めると、勢いよく、燃える椅子を風に乗せて吹っ飛ばした。

 がらがらと。天井は煙をあげながら、崩れ去る。

 行き場を探していた部屋の煙は、天井に空いた穴から、もくもくと吹き出した。

 それから、アシュレイは燃えるテーブルの上の瓦礫を踏み台にして、息を止めて風に乗り、天井へと飛び出した。

 足の裏がひりひりして、感覚が鈍い。それでもしっかりと屋根に足をつけ、母に呼びかけた。

「お母様、ここであなたの野望に殉じるつもりですか? そうでなければ、こちらに来てください」

 一言残して、アシュレイは屋根から飛び降りた。

 実家は、屋根が壊れていて、煙が立ち上っている他は、何一つ変わっていない。煙だけが、中で火事が起きていると証明していた。

 ややあって、玄関の扉が開き、やけど一つないローザンが姿を現した。

「へえ、待ってたの。仕方のない子ね。なら、私も付き合ってあげるわ」

「望むところです。ダリル様の魔力は、返してもらいますよ!」

 アシュレイは、短剣を構えると、再びローザンに向かって振るい始めた。

 狙えども狙えども、彼女につけられるのはかすり傷だけ。

 一方で、ローザンの短剣には魔力が込められているのか、服の上からわずかに触れただけで、アシュレイの肌に傷をつけた。

 腕から流れる血が、じりじりと、アシュレイの体力を削ってゆく。ローザンに対抗すべく、彼女は短剣に魔力を込めて振るったが、このまま魔法を使い続けていれば、いつか魔力は切れる。近接戦を続ければ、どちらが先に力尽きるか、それは明白だった。

 そこで、アシュレイはローザンから間合いを取り、魔法陣を描こうとした。

 一方のローザンも、アシュレイと同じ形の魔法陣を描いていた。

 二人が魔法陣を描き終えると、二本の光線が、まっすぐにぶつかり合った。

 両者せめぎ合いながらも、勢いはわずかにローザンの光線が勝っていた。

 ここで魔法陣に送る魔力が途切れたら、全てが水の泡。アシュレイは、魔法陣に魔力を送り、光線の勢いを維持することに集中していた。

 じりじりと、アシュレイの光線は相反するローザンの光線を押し出してゆく。

「私は、もう一度あの方に会うのよ!」

「私だって、ダリル様を目覚めさせます!」

 二人が同時に、光線へと瞬間的に魔力を送り込むと、光線は勢い余って、四方に散乱した。アシュレイとローザンも、その衝撃でお互いに吹っ飛ぶ。

 アシュレイは壁にぶつかり、受け身をとる暇もなく、地に崩れ落ちた。

 この壁は、魔物小屋の壁だ。魔力を大量消費したことにより、意識が朦朧としながらも、アシュレイは郷愁を感じていた。

 子供の頃、魔物を怖がっていた時、この小屋でローザンがついていてくれたから、魔物に触れるようになったのだっけ。

 どうして今更、昔のことを思い出してしまうのだろう。アシュレイはどうにか現実に舞い戻ろうと意識を奮い立てたが。

「ねえ、アシュレイ」

 満身創痍のアシュレイに向けて、ローザンは一歩、一歩と近付いた。

「見ていなさい。あなたの愛する人の魔力を頂いて、私が為すことを」

「お止めください!」

 アシュレイは必死に手を伸ばすが、ローザンは彼女に目もくれず、右の人差し指を天に掲げる。その指にはめた指輪の宝石から、淡い光がぼうっと現れた。彼女が掲げるものは、ダリルの魔力そのものだった。

 すると、魔物小屋から光が現れ、ダリルの魔力のもとへ向かい、くるくると回り始めた。

 この光は、まさか、小屋の魔物たちの――。

 アシュレイは命からがら小屋の鉄格子をのぞき込むと、そこには、倒れている魔物たちの姿があった。

 ローザンを止めなければ。ダリルや魔物たちを犠牲にするわけにはいかない。アシュレイが立ち上がろうとした瞬間。

「邪竜様! お目覚めになってください!」

 ローザンは高らかに宣言すると、魔物小屋の前にある一つの岩に向けて、ダリルの魔力と魔物の光たちを解き放った。

 地響きが轟く。アシュレイは、ダリルの魔力を取り戻そうとよろめきながら走ったが、ダリルの魔力は再び、ローザンが首から下げている宝石に取り込まれた。

 大地が隆起した衝撃でアシュレイは飛ばされそうになったが、近くの木に必死にしがみつき、揺れが収まるのを待つほかなかった。

 必ず生きて、ローザンからダリルの魔力を取り戻す。その決意のみで、アシュレイは踏みとどまっていた。

 そして地中を割って現れたのは、守護者ガディフと同じほどの巨体を持つ竜だった。

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