第32話 追放魔女ケリー

 さっと空気の入れ替えをして窓を閉めると、さっき見かけたローエンというドラゴンと思しき男性と一緒に、分厚い黒ぶち眼鏡をかけた女性がやって来た。

 一瞬夫婦かと思ったが、魔力も色彩もオフィーリアに限りなく近い。魔女だと直感した。


 ディルクから禁術に詳しい魔女が集落にいるという話を聞かされたが……思ったより若い外見に少しモヤッとする。


「お邪魔するぞ。事情を聞くついでにケリーも連れて来た」

「どーも。お久、ディルク。そんでお初、そこの美人魔女」

「あ、どうも……初めまして。オフィーリアです」


 随分と軽い挨拶に面食らいつつも、ベッドから腰を上げて頭を下げる。

 ウォードにはいないタイプの魔女だし、トーレで見たあか抜けた魔女たちとも違う、なんというか風変わりな女性である。


「なるほど。ディルクの趣味はこういう清楚系かぁ……」

「この集落にはいないタイプだな。ふーむ、興味深い」

「おい、じろじろ見るな。オフィーリアが穢れる」


 ニヤニヤとした顔でオフィーリアを眺める二人の視線を遮るように、すっくと立ち塞がるディルク。

 それを生暖かい視線で見つめつつ、「まあ、若い二人をからかうのはこれくらいにして」と言って本題を切り出した。


「それで、一体何があったんだ? 同族殺しが絡んでるとは聞いたが」

「ざっと経緯を説明するとだな――」


 半年前……いや、もう八か月は前になるだろうジークフリードとの縄張り争いの話をし、紆余曲折あってオフィーリアの使い魔となったことを説明したあと、何の前触れもなく彼に襲われて命からがら逃げてきたことを告げると、ローエンは渋い顔になった。


「これまた面倒なことになってんな。俺らは混血でも数で群れてるから、同族殺しとはいえそうそう手を出してはこないが、お前みたいになまじ力があって独立してるハーフは格好の的ってわけか」


「だろうな。俺は死んだと思われてたみたいだし、てっきりもう別の土地に移動していると高をくくっていたが、それが仇になった」

「ホントにご愁傷様だな、まったく」

「こうなったら、里が守られてる間に、奴とけりをつけるしかないな」


 ぎゅっと眉間にしわを寄せながら、ディルクが決意を滲ませてつぶやく。

 さっきだって、オフィーリアというお荷物があったとはいえ終始防戦一方だったし、以前は完膚なきまでに傷を負わされた。そんな相手に向かっていこうとするなんて、無謀にもほどがある。


「ディルク、そんなことしたら……」

「いや。多分これが最善だよ、オフィーリア」


 不安の声を上げるオフィーリアを制したのはケリーだった。


「たとえ使い魔の契約を切って離れたとしても、ジークフリードが君を狙わないという保証はない。奴にとって、人間は羽虫のように些末な存在だ。攫って人質にするくらいならいいが、君をバラバラ死体にして、指一本とか爪一枚とか、ちまちまとディルクに送りつけるくらいのことは――……痛い」

「ケリー……グロすぎる」


 ローエンが軽く頭を小突いてケリーの弁舌を止めると、自身のバラバラ死体を想像して青い顔になったオフィーリアと、たとえ話でも不愉快なのかどす黒いオーラをまとって睨みつけるディルクに「すまない」と謝る。


「と、ともかく、お嬢さんの身の安全を考えるなら、現状のまま決着をつけるのが一番ってことだ。ディルクもそのつもりで言ったんだろ?」

「ああ。それに、俺は使い魔になる時に誓った。オフィーリアの命が尽きるまで傍にいると。どんなことがあっても守ると。男に二言は許されない」

「……愛が重いな」


 すっかり薄れていた記憶が呼び起され、青から一転して真っ赤になるオフィーリアを、微笑ましさ半分同情半分でローエンは見た。

 その横で小突かれた頭をさすっていたケリーが、不意に怪しげな笑みを刻んだ。


「ふむ。それだけの覚悟があるなら、アレを試してみるか。混血では散々試し尽くしたが、純血相手にどれだけ効果があるのか実証したかったところだ」

「……アレってなんですか?」

「おい、まさか……」


 首を傾げるオフィーリアとは対照的に、ディルクは露骨に顔を引きつらせた。ローエンに関しては力なくうなだれ、げっそりとした顔をしている。

 ケリーはこれみよがしに分厚い眼鏡の縁をクイッと上げ、薄っすらと渦を巻くレンズをキラリと輝かせると、不気味に「ふふふ」と笑いながら家を出て行ってしまった。


 子細はさっぱりだが、何故だか嫌な予感はひしひしとする。


「な、なんなんですか、あれ……」

「多分、あの最終兵器のことだ……」


 『あの』と言われてもオフィーリアにはよく分からないが、ガクガクと震えるローエンから察するに、ケリーが物騒な代物を研究していることだけは理解した。


 それから一旦仲間に事の次第を伝えるため中座した……というか、ケリーから逃げたローエンを見送り、別の住人が持ってきてくれた軽食をいただく。

 ドラゴンたちは食事の必要がないから、おそらくケリーの食料を使ったのだろうが――なんとも言えない微妙な味付けだった。


 決して不味いわけではないし、食べれないなんてこともないが、空腹というスパイスをもってしても美味しいと表現するには難しい。食に関心がないせいなのか、それともケリーが好む食事がこんなものだから真似しているだけなのか。


 しかし、こちらの都合で押しかけた手前、出されたものに対して文句は言えない。

 ディルクもものすごく微妙な顔をしていたが、黙々と口に運んでいた。


「あの、一つ訊いていい?」


 食事を終え、ケリーが戻ってくるまで手持無沙汰なので質問を投げかける。


「なんだ?」

「ジークフリードはどんなドラゴンなの? 同族殺しって言ってたけど」

「……奴は一言で言えば“純血至上主義”のドラゴンだ。俺たちのような混血を見下すだけでなく滅ぼすべき存在だと考え、殺して回っているらしい。年端のいかない子供も、希少なメスも、混血であれば容赦なく殺す。それが同族殺しの由来だ」

「そんな……」


 混血だから殺す。

 実に短絡的な考えではあるが、子を残すために他種族と交わることに対する疑問や嫌悪感は分からなくはないし、純血であることに誇りを持っているのだというのも想像ができるが、だからと言って命を奪っていいはずがない。


「混血として生まれたのは、その人の責任じゃないのに」

「そうだな。だが、奴の思想は『正しい血統を残せないなら、いっそすべて滅びてしまえ』という過激なものだ。高潔と言えば聞こえはいいが、そんなものただの自己満足だ。オフィーリアの言う通り、俺だって好きで混血で生まれたわけじゃ……」


 悔しさをにじませるように奥歯を噛みしめるディルクを気づかわしげに見つめ、膝の上で握られた拳を包むように優しく自分の手を重ねる。


「ディルク……」

「ああ、誤解しないでくれ。両親を恨んでいるわけじゃない。ただ、奴との圧倒的な力量差を見せつけられた時には、混血であることに絶望を感じたな。血の濃さがそのままドラゴンとしての力に繋がる――そんなの負け犬の遠吠えだって思ってたんだが、それが事実だって痛感して……どうにもやるせない気持ちになるんだ」


 努力では覆しようもない“素質”や“才能”を前に絶望する気持ちは、長らく落ちこぼれと言われてきたオフィーリアにはよく分かる。彼女の場合は禁術によりあるべきものが奪われていただけだが、この十六年間で味わった惨めさや虚しさは、決して忘れることはできない。

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