第2話 ドラゴン対ドラゴン

 鋼より硬い鱗に覆われた巨体に圧倒的な怪力と魔力を持ち、必殺技ともいえる炎のブレスは海さえも干上がらせる、すべての生き物の頂点に立つ王の中の王。


 活火山の火口近くに居を構え、そこからあふれるマナを養分に暮らす彼らは、おとぎ話のように人間や家畜を食らったりしない。

 それゆえに人の目に触れることは滅多になく、あるとすれば、住処にしていた火山が死んでしまったか、あるいは住処を別のドラゴンに奪われたかのどちらかだという。


 この場合はきっと後者だろう。近隣の土地に火山はないが、ドラゴンの飛行能力があれば百キロ程度さしたる距離ではないはず。


 伝説級の生き物を目の当たりにし、興奮したのも束の間。ドラゴン同士の戦闘の余波か、さっきよりも激しい突風が縦横無尽に吹き荒れて、立っているどころか目も開けるのも困難な状況になった。


「うわっ……!」


 身を低くしてその場を離れようとしたオフィーリアだったが、自分が積んでいた麻袋に足を引っかけて躓いてしまった。立ち上がろうにも風圧が強すぎて、焦る気持ちとは裏腹に体は思うように動かない。


 どうにか四つん這いになり、ジリジリと小屋の方向へ向かうが、向かい風にあおられて尻もちをついてしまう。


 どうしよう。


 風が強すぎてこれ以上進むのも無理そうだし、かといって、このままでは紙切れのように飛ばされてしまいそうだし、まさに進退きわまった状態だ。

 里の魔女たちも異変には気づいているだろうが、危険を察知して家にこもっているに違いない。


 腕で顔を覆いながら、争うドラゴンたちを見上げる。


 優勢なのは金のドラゴン。全身から魔力がみなぎっているのが、魔女のオフィーリアには分かる。マナテリアルを生み出すことはできなくても、魔力の流れくらいなら感じられるのだ。

 眺めている間にも金のドラゴンはその優位を崩すことなく、鋭い鉤爪や牙で攻撃を繰り出し、羽ばたきによる風圧で相手を吹っ飛ばす。


 ブレスを吐かないのは、人里だと認識しているからか、それとも弱者をいたぶるのが趣味なのか……オフィーリアにとっては、どちらにしろ僥倖なことだ。この位置ではブレスが直撃して即死一択だし、威力如何では里も丸ごと焼け野原になってしまう。


 対する銀のドラゴンの魔力は枯渇寸前。鉄壁の鱗もはがれて傷だらけだし、まさに満身創痍だ。迫りくる攻撃をかわすのがやっとといった感じで、対空状態を保っているだけでも奇跡に近い。反撃する余力ももうないだろう。


 見るからに決着はついているのだし、これ以上争う必要はないと思うのだが、金のドラゴンは執拗に銀のドラゴンを攻撃する。


 やがて、大きく振りかぶった一撃が顔面を直撃し……劣勢だったついに銀のドラゴンが力尽きたようだ。

 ぐったりとした様子で墜ちてくる。


 それを悠然と見下ろす金のドラゴンは、まるで笑うように口を開け――そこに魔力が集まるのをオフィーリアは感じた。


 里どころか周辺の町さえきれいさっぱり消滅するような、魔女でも扱いきれない膨大な魔力を。


 ブレスだ。ブレスでとどめを刺す気だ。


 恐怖で全身が凍り付いて動かない。そもそも、逃げ場なんかない。

 ただただ金のドラゴンを見上げるしかないオフィーリアと、墜落する銀のドラゴンの目が合った。銀のドラゴンは驚きに目をみはると同時に、死力を振り絞って羽ばたいて空中にとどまり、金のドラゴンに向かって矢のように突撃した。


 金と銀が上空で激しくぶつかり合い、人間の耳では形容できない悲鳴が響き渡る。


 その衝撃で金のドラゴンの口は真上を向き、ブレスは空に向かって放たれた。超高温のブレスは雲を焼き、その余波の熱であたり一面真っ白な蒸気に包まれる。


 白に閉ざされた視界の向こう側で、何度かドラゴンたちが争う音が聞こえたのちに静まり返り、ゆっくりと飛び去る音がした。


 もうさっきのような魔力は感じない。危機は……あの金のドラゴンは去ったと考えていいだろう。


 蒸気と冷や汗でぐっしょりと濡れた体をゆっくりと起こし、震える足であたりを見回すうちに、ぼんやりと視界が開けてきた。

 薬草畑は嵐のあとのように荒れていたが、時間をかければ修復は可能な範囲内でほっとする。


 それより、銀のドラゴンはどうなったのだろう。

 あの体で飛んで行ったとも考えられないが、あの巨体が墜ちれば地震のような地鳴りがしそうだ。無事に逃げられたならいいけど……と考えていると、近くの草むらからポサッと音がした。


「え?」


 音がした方を探してみると、子供の枕元にいそうな大きなぬいぐるみのようなトカゲ……ではなくドラゴンが落ちていた。

 この傷だらけでボロボロの体は、さっきの銀のドラゴンに違いない。


 どうしてこんなに縮んだのか不明だが、今は悩んでいる場合ではない。目も開いてないしピクリとも動かないし、死んでいるかもしれないのだ。


 そっと持ち上げてみると、オフィーリアの腕力でも普通に持てるくらいの体重しかないようで、思ったより軽くて驚いたが、まだ腹が上下して呼吸をしているし、傷だらけの鱗も温かいから生きているのだろう。


 ドラゴンどころか動物の治療自体したことないが、助けてもらった恩があるのに放っておくことはできない。


 急いで小屋に連れ帰ると、汲んできた井戸水で傷口を丁寧に洗って薬を塗り、シーツを割いて作った包帯を巻いた。自分で作ったただの傷薬だから即効性はないが、炎症や痛み抑えて修復力を高める配合なのは己の身で実証済みだ……ドラゴンに効くかはさておき。


 応急処置をしたあとは、毛布で包んで火を熾した暖炉の前に置く。苦しそうにしているのは心配だが、素人にできるのはこれくらいだ。あとは様子を見るしかない。


 ドラゴンの容態は気がかりだが、今日は配達を十件も頼まれている。

 ドラゴンの件は多くの魔女が知るところだろうが、それを理由にすっぽかすことはできない。報酬の代わりにクレームと悪口をたんまりともらう羽目になる。ぼんやりしている暇はない。


 オフィーリアは素早く体を拭いて着替え、荷物を掴んで飛び出した。

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