アーマドスペーサーズ

第1話 静寂の果て

 遠くに望む蒼いものは何なのだろう? 像が酷く滲んでぼやけてしまっていてよくわからない。ただ……意識を強く揺り動かすものがある。それが消えて逝こうとする俺を押し留めている。嗚呼……あれは……あれは俺にとってかけがえのないものだ、そのはずだ……俺は……俺は……


 そこまでだった。そこで全てが消えた。その寸前、彼は強く思った。


 ――帰りたい!





 モノクロの大地を覆う暗黒の大空、太陽の輝きはあるが青空などを築くこともない。大地は静寂に満ちていて、何一つ響き渡ることなどない。ここは真空の世界、潤いをもたらす大気ある領域ではない。


 西暦2070年、月面・ティコクレーター近傍――――

 月面の南部に位置するクレーター。直径は85キロと非常に大きく、それ故に目立つので地上からも双眼鏡などでも見ることができる。命名者はデンマークの天文学者であるティコ・ブラーエ。

 アルミなどの斜長石の鉱物資源に富み、よって月面での宇宙開発の1つの拠点となった。地球の幾つかの国家や国際団体などがこのクレーターの開発に乗り出している。だがそれは決して平穏なものではなかった。月面開発は地球上の国家間の競争を反映したものだったのだ。やがて小規模な衝突が勃発するようになり――――

 西暦2062年中頃、地球上での大規模な国家間の紛争が勃発、それは20世紀中頃の第二次世界大戦以来の世界大戦へと発展した。当然ながら地球外の人類の拠点も影響を受ける。ここティコクレーターも例外ではなかった。幾つかの国家が地球外宇宙軍を派遣、ティコクレーター開発圏の実効支配を目指して衝突したのだ。




 闇の中に突如として瞬く蒼白の火球、6000℃に及ぶ極高温のそれは巻き込んだものを瞬時にして消滅させる。生物も無生物も関係ない、一切の全てを散らす絶対死の力は後に何物も残さない。いや、ガラス化した溶融物質だけは大量に残された。

 戦闘である――真空の世界で繰り広げられる、無音にして、しかし激しさに満ちた戦いだ――――


『ロット1より小隊各員へ、敵追尾式自爆ドローン群による照準が向けられた。総員、全面擾乱場ジャミングフィールドを形成、各員間のフィールドを連結させろ! 次いで指向性EMP波、放射!』


 人型の戦車のような外観の者たちが移動していた。その先頭に位置していた者が右手を上げると全員が動きを止める。まるで凍結したかのような有り様、一瞬にして全員が同時に動きを止めて固まってしまった。そのまま暫し時が流れるが――――

 彼ら――人型戦車様装甲兵たちの上空に多数のカナード翼機のようなものが姿を現した。それらは見る間に彼らに迫る。このままいくと確実に衝突するかと思われた。だが――――


 カナード翼機のようなものの一群は突如として体勢を乱した。一糸乱れぬ編隊飛行をしていたが、人型戦車様装甲兵に迫ると――凡そ300メートルほどか――軌道を外し始めたのだ。てんでバラバラに飛んで行ってしまったのだ。よって彼らの間に落ちて来たカナード翼機のようなものは1つもない。彼らの周囲には多数の火球が現れた。カナード翼機のようなものは爆発物を有していたのだろう、その炸裂の結果、月面に衝突して爆発したのだ。

 再び静寂の闇の世界が戻った。


『よしっ、指向性EMP波の効果はあったな。各員、現状報告』


 先頭の者が口を開き後方に振り向いた。彼の視界に同様の外観の人型戦車様装甲兵の一群が映る。その視界に併せるように各種表示が出現、同時に幾つもの音声が流れてきた。


『ロット2、問題なし』

『ロット3、同じく』

『ロット4――』


 次々と報告が上がる。総勢10名から報告が入った。先頭の者は装甲服の中で頷くと、一言――――


『よしっ、進むぞ。ここからは敵の前線拠点のかなり近くなる。総員フルステルスモード、起動!』


 すると全員の姿が奇妙に揺らぎ始めた。まるで陽炎のようにユラユラとし始め、影が薄くなった。終いには完全に姿を消してしまったのだ。後には灰色の大地が映るのみ、一瞬前まで装甲兵の一団がいたとは到底信じられない。




 クレーターの側面に蠢く者たちの姿が見られた。やはり人型戦車のような姿をしているが、先ほどの戦闘を行った者たちとは仔細がかなり違う。別の勢力の部隊なのだろう。


『米帝宇宙軍・第13宙兵隊スペーサーズと確認。やはりティコに進出していたか』


 クレーター側面より約3キロ離れた地点に彼らは居た。遮蔽物などは特に何もない平原の上であり、特別な望遠装置などにも頼らなくても容易に見つけられると思われる。だがクレーター側面では特に騒ぎなどは起きていない。とは言え、警戒態勢は取っているのは見て取れた。


『フム、フルステルスは十分に機能しているか? 取り敢えず連中は気付いていない……と思うが……』


 先頭の者が呟いた。すると直ぐ後ろにいた者がワイヤーを彼の装甲服アーマーに接続させた。


『三尉、このまま一気に攻めたらどうですか? 気づかれていないようですし』


 ワイヤーは接触有線通信のためのもの、ステルス状態の彼らは僅かな電磁反応の漏洩を恐れる。そのため一切の漏洩のない有線通信を行うのだ。いわゆる通信管制の一環だ。

 先頭の者――三尉と呼ばれた男は首を振る(光学情報をも隠蔽するフルステルス状態下にあるため至近距離にあってもその仕草を目に捉えることはできない。しかしワイヤーを通した通信回線により三尉の仕草は直ぐ後ろの者にも伝わった)。そしておもむろに口を開いた。


『特曹、小隊各員間をワイヤーネットで繋げ』


 言われる否や、直ぐ後ろの者――特曹と呼ばれた男は行動を起こした。彼の装甲服アーマーの背部よりワイヤーが1本射出、左後方に位置していた別の装甲兵アーマーズの右肩に接触した。そしてその装甲兵アーマーズに特曹は三尉の命令を伝える。そして時間が経過――――


『三尉、小隊間有線通信ネットワーク形成完了しました』


 特曹から三尉の命令を伝えられた者は別の者にワイヤーを射出、同じように命令を伝えた。そして別の者も――こうやって伝言ゲームのように話を伝え、ワイヤー網を繋いでいった。全てが完了し、特曹は三尉に報告したのである。三尉は状況を確認、頷いて口を開いた。彼の言葉は今では全員に同時に届いている。


『先ほどのドローン攻撃を見るように敵は我々の接近を探知している。現在の精密な位置はステルスによって捉えられていないだろうが、これ以上接近すると分からない』


 三尉は言葉を終えた。暫し沈黙が続くが、1人がそれを破った。


『三尉、ここまで接近できているのなら、後は容易かと思います。ここからなら一気にブーストランで突っ込んで蹴散らせるでしょう』


 三尉は黙ったままその者の言葉を聞くだけで何も応えない。訝しんだ特曹が問いかける。


『何か気になることでも?』


 三尉は前を――クレーター方向を見たまま応えた。


『ドローン群の攻撃を見るに、敵は我々の行動を監視下に置いていた。よってステルス状態に入ったことも認識しているはずだ』


 特曹が直ぐに言う。


『光学領域をも含めた熱電磁系ステルスです。完璧に機能させれば探知できないもの。その時点で敵は我々を見失っているはず』


 三尉は思案気な表情を見せた。それはワイヤーネットワークを通して全員に伝わっている。


『我が皇国のフルステルス技術は世界最先端であり、そのレベルは米帝も十分把握している』

『その通りです。あの時点で米帝は敵が皇国航空宇宙自衛軍・装甲宇宙兵アーマードスペーサーズの部隊だと認識したはず。ここまで接近された以上、抵抗は困難と理解したはずです』

『そうだな。だから米帝部隊は撤退するなり、防備を固めるなりの動きをするはずだ』


 だが――三尉は言葉を続けなかったが、言いたいことは明白だった。

 警戒態勢を取っているのは分かる。観測ドローンが多数飛び交っているし、装甲兵アーマーズの動きも慌ただしい。襲撃があると予測していると思われる。


『だが完全に見えないフルステルス兵相手にはいかにも分が悪い。少なくとも駐留位置は変えるべきなのにそうしていない。これは何か?』


 何か対抗策があるのか? そんな懸念が三尉の頭には浮かんでいた。


『或いは何も気づいていないのか? 状況を軽く見ているのか?』


 誰かが呟くが、それは直ぐに他の者たちに潰されてしまった。そんな甘い連中が相手なら俺たちは何年も続く戦争を強いられたりしない――と。


『そうだな……』


 三尉の脳裏にはこの戦争・・・・の記憶が蘇っていた。

 西太平洋で勃発したアメリカ合衆国連合艦隊と中華人民共和国海軍との全面衝突――西暦2062年、6月12日のことだった――この衝突を端緒に世界全体に広まった国家間の全面衝突の連鎖。実に117年ぶりに起きた大規模な国家間戦争は大戦と呼び得る規模に拡大、遂に第三次世界大戦が到来したと言われた。それは地球はおろか地球外の宇宙空間をも巻き込んだ凄惨なものとなった。核こそ使用されなかったが、AI制御された高度致死性無人兵器の大量投入は犠牲者の数を等価級数的に跳ね上げた。それは戦場の前線のみならず、背後の国家経済・政治社会体制をも直接攻撃するものだったからだ。大戦勃発後、1年と経たず以前と同じ体制を維持する国家は消滅してしまった。

 AIによる多重ハッキングを防ぎ切り、尚且つ反転攻勢に出る。そのために、生き残った国家群は例外なく極端な全体主義体制へと移行した。その1つがアメリカ帝国――共和党右派強硬派が合衆国から分離独立した勢力だ。そして日本皇国――崩壊した日本国の後を継いだもの。かつての大日本帝国にも似た軍国主義国家だ。彼らは2062年以降、世界各地で衝突を繰り返し、やがて宇宙――月面にも及んでいった。


『かつての大国は軒並み姿を消し、しかしかつての大国の如き紛争を世界に拡げていき、宇宙にまで及んでいる。俺たちはその中のコマの1つ、命令あれば撃滅せんと突き進むしかない――』


 そう呟く三尉の声はどこか乾いていて虚ろなものにも思えた。特曹は思わず訊く。


『いったいそれは――』


 だが問いかけは阻まれた。


『三尉、特曹、地下を何かが移動しています』


 サーモグラフィ、及び振動探知機による入手情報。それによると三方より彼らのいる地点に向けて地下を移動する存在が探知されていた。


『速度、時速72キロ! このままだと1分後に当ポイントで交差します!』


 移動するものの形状は筒状、ミサイル的なものに見える。


『ナムトム弾だ! 地下を掘削して突き進むタイプの奴。くそっ、時速72キロとは速すぎる!』


 小隊の間に動揺が拡がっている。


『地下弾? 何でそんなめんどくさいものを使うのだ?』

『迎撃を防ぐためだろう。空から降ってくるやつより遥かに防ぎにくいしな!』

『いやっ、それよりも奴ら、俺たちの現在位置を正確に把握してるっぽいぞ?』


 その通りだった。三方より迫る地下弾の交差ポイントは正確に彼ら小隊のど真ん中だったからだ。またクレーター側面の米帝部隊にも動きが見られた。明らかな戦闘態勢、無人戦車が数両前進を始めていて、後に装甲宇宙兵アーマードスペーサーズが続いているのが見られた。また上空には多数のドローン群が展開している。


『仔細は分からん! だが戦闘状況への突入を確認! 総員、るぞ!』


 灰色の平原に突如として幾つもの陽炎が出現、陽炎は見る間に姿を固定、漆黒の鎧に身を包んだ人型戦車様装甲兵の一団が出現した。


『総員、武装シールド解除! FCS(火器管制機構ファイヤコントロールシステム)、思考制御と連結! サイバネティックメカニクス機構、オールグリーン』


 視界を覆う数多の情報表示、その全てを追い、捉え、評価・判断を下す。三尉は命令を下した。


『皇国航空宇宙自衛軍・装甲宇宙兵アーマードスペーサーズ・第1宙挺団第4特殊作戦群、出撃!』


 突如彼らを粉塵が覆った。爆炎なのか? 地下から来たミサイルが炸裂したのか? だがそうではなかった。直後粉塵は吹き飛ばされ、その中より彼らが飛び出して来た。まるで砲弾のような勢い、猛然たるダッシュで平原を駆け出していた。その直ぐ後で彼らのいたところで爆発が起きた。これが地下弾の炸裂なのだろう。彼らは間一髪逃れたのだ。

 平原の上を10の装甲兵アーマーズたちが疾走する――と、言うよりも滑走と呼ぶべきか。背部のブースターが点火され、その反動推進力により飛ぶように走っているからだ。脚部からはホバリング用のバーニヤ噴射が成されており、わずかに浮遊して月面を滑走している。これが〈ブーストラン〉。

 

〈ブースターユニット、正常起動〉


 支援サポートAIによる報告が三尉の脳内に響いた。装甲服アーマーと思考接続状態に入っている彼の脳には常時装甲服アーマーのセンサー群や支援サポートAIからの情報が流れて来ている。神経加速状態にも入っているので彼の思考はシステムの高速情報処理にもついていけている。

 電子機械機構と人間との有機的連結とも呼び得る完全思考制御連結――これが〈サイバネティックメカニクス〉だ。

 三尉は感じていた。


 ――力が迸る。まるで自身の内から沸き立つかのようだ。


 完全思考制御連結は装甲服アーマーをまるで自身の肉体のように感じさせる。よって装甲服アーマーの動力が放つ力感が自分そのもののように感じられるのだ。それはこの上ない高揚感を与える。だが同時に底知れない虚無も感じる。


 ――センサーは真空を走る各種電磁波、放射線を捉える。それが自身の身を焼くようにも思える。これが真空の感覚か――平時ならばそれだけで終わるだろう。だが、ここは戦場――殺し合いの場だ。


 照準波が当たる、身を焼く感覚がうなぎ上りに上がる。敵無人戦車隊、及び戦闘ドローン群によるものだ。


『総員、散開! 敵照準波を無効化しつつ各個撃破に当たれ!』


 了――との応答の声。同時に人型戦車様装甲兵の一団は四方八方に散った。まるで蜘蛛の子を散らすかのようだった。その狭間に火球が出現した。敵が攻撃を開始したのだ。


 ――始まった、殺し合いだ。やはりお前たちとはり合うしかないのだな……


 メインカメラに映る敵装甲兵の姿、戦車やドローンとは違い中には人間がいるはず。三尉は思う。


 ――いったい何人殺すことになる? 或いは……俺が殺されるのか……?


 彼は気づいていたのだろうか? そう考える彼の口元が奇妙に歪んでいたことを――――

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