第5話

 翌日の昼になると、ラシェルは魔守作りの作業を中断し、工房に隣接してある魔守の店へと向かった。

 小部屋ほどの小さい店内に、所狭しと師匠が作った魔守が展示してある。そして初級魔法向けの魔守の中には、ラシェルが作ったものも売られていた。

「ラシェル、丁度よかった」

「アンジェさん、今日はよろしくお願いします」

 アンジェの母もまた店員なのだが、彼女は昼休憩をとっているために、店内にいるのは、アンジェとラシェルの二人だけだった。

 立ち止まり、ガラス越しに魔守を見る人はいるものの、店を訪ねる客はおらず、ラシェルとアンジェは通り過ぎる人たちを眺め、少し話をするのみだった。

 ややあって、扉に取り付けられたベルが鳴る。店に入ったのは、二人の中年女性。

「いらっしゃいませ!」

 すかさず、アンジェは元気良く挨拶をする。

「いらっしゃいませ」

 ラシェルも続いた。

「あらアンジェちゃん、今日も元気ね。そちらは新人の子?」

 女性の一人が尋ねる。

「いえ。私は普段職人見習いをやっています、ラシェルと申します」

 自分に注目が向いたことに、ラシェルは戸惑いながら、軽く会釈をする。普段慣れない仕事であるためか、彼女の動きは硬かった。

「マシューさんのお弟子さんなのね。あなたが作った魔守はどれかしら?」

 もう一人の女性は、ラシェルの魔守に興味があるようだ。

「こちらになります」

 ラシェルは心臓をばくばくさせながら、自作の魔守を指し示した。

「じゃあ、これを頂けるかしら」

 女性は、ラシェルの魔守を手に取る。

「いいんですか!?」

 彼女の好意に、ラシェルは目を丸くした。

「普段マシューさんのお守りにはお世話になっているもの。そのお弟子さんなら、応援しないわけにはいかないわ」

 常連の女性は微笑む。それから、ラシェルに貨幣を差し出した。

「ありがとうございました」

「こちらこそ」

 買い物を済ませた女性は、礼をした後、扉へ向かう。

「あの、今度お会いできましたら、使用感を伺ってもいいですか!?」

 ラシェルはふと思いつき、女性を呼び止めた。

「もちろんよ」

 振り返り、微笑んだ女性の表情を、ラシェルは目に焼き付けた。自分の作った魔守で人を笑顔に出来ることに、ささやかな喜びを感じながら。


 販売の経験をしてから、ラシェルが合わせの時に言葉を詰まらせる頻度は徐々に少なくなった。それが自信となっていくことを、ラシェルは感じていた。

 最後の練習が終わり、マシューが去ると、ラシェルとヒースは二人きりになった。

「いよいよ明日だね」

 ラシェルはヒースに向けて、軽く声をかける。

「そうだな」

「あのさ。私が魔守職人を目指したきっかけ、ヒースくんには話してなかったよね」

 ラシェルは思い切って、話を切り出した。練習を積み重ね、本番に使う魔守も不備はないことだろうと思っていたが、だからこそ、原点を彼に聞いて欲しかった。

「突然どうしたんだよ」

「私が話したいだけなんだけど……聞いてくれる?」

「ああ、構わない」

 ヒースが頷くと、ラシェルは過去を語り出した。魔法学校での大失敗の話、それから暗い気持ちでいたこと、マシューの工房に弟子入りを決めてから、気持ちが前向きになったこと。

「そういうことかよ……」

 ヒースは黙って話を聞いていたが、驚いているようにも見えた。

「そう。私も、元から魔守職人になろうって思った訳じゃないんだよ」

「だったら何故?」

「夢を失っても、終わりって訳じゃないもの。私も魔法学校で失敗したとき、もう二度と立ち直れないんじゃないかってくらい落ち込んだ。それでも、このままじゃいられないって思って、魔法が関わる職を色々と調べて……最終的に私を受け入れてくれたのがこの工房だった。だからこそ、ここで一人前の職人になるっていう新しい目標ができたんだよ」

「道理であんたは一生懸命なんだな」

「ありがとう。じゃあ、明日は頑張ろうね」

 ラシェルは明日へのプレッシャーを気にしないように、笑顔で手を振った。かりそめの自信が、本物の自信になるよう祈りながら。

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