終 話 ココロに秘めた本当の想い

2004年11月10日、水曜日


 喫茶店トマトの知美マネージェーから二日連続で休みの許可を貰っていた。

 今両親から聞きだした雪菜の眠る場所へと独りで向かっていたんだ。

 親父もお袋も一緒についてくるって言っていたけど、それを頑固に断ってそれを拒否したんだ。どうしても独りで行きたかったから。

 バイクに跨り約一時間も掛けて、その目的地へと到着した。

 その場所とは龍鳳寺という場所だった。

 墓前に添える花を持って、そこの住職に雪菜の墓のある場所を尋ねていた。するとその住職は丁寧にその場所へと案内してくれる。

 来る途中、柄杓を突っ込んだ桶にたっぷりの水を入れ持って行くのを忘れないようにしたんだ。

 雪菜の墓前に到着すると俺は驚いてしまった。

 今までこの場所には一度も来ていない。

 両親だって海外に五年間も居たはずなのに、妹の墓周りはとても綺麗に掃除されていた。

 いつ活けたのだろうか知らないけど、まだ生きの良い花が添えられていたんだ。

 不思議そうな表情を作っているとその疑問に住職が答えてくれた。

 その住職の話によると淑やかそうな二十代半ばくらいの女の人とかなりの陽気そうな御老人の二人が良くここへ足を運んでいると教えてくれた・・・。

 俺の知っている人だろうか?

 それと、昨日も男が一人ここへ来ていたそうだ。

 どんな男か尋ねてみたら寡黙だったけどがたいの大きいやつだったそうだ。・・・、該当者はおおよそ見当がついてしまった。

「そっか・・・、あいつもここへ来てたんだ」

 そう独り呟くと住職に挨拶をして寺の方に戻ってもらった。

 独りになってから桶に汲んできた水を妹の墓に少し掛け、持って来た雑巾で墓石を丹念に拭いていた。

 なんたって俺にとっては今回が初めてで、十年以上も忘れちまっていたんだから丁寧にやってやらないとな。

 それが終わるとたっぷりと柄杓に水を入れ、墓石の頭にそれを掛けてやった。

 昨日生けたばかりの花、しかもアイツのであろう物だから、それを取っ払って俺がもってきた物を挿してしまうのは雪菜に可哀相だと思い強引に自分のを突っ込んでいた。

 線香もあげ終わり、手を合わせ、拝んでから妹の墓前で独り言。

「雪菜、ずっと忘れちまっていてごめんよ。・・・、それと有難う・・・・・・、雪菜が貴斗を助けてくれたんだろう?14年前も・・・・・・・・・、多分、今回も」

「色々悩んで、そして色々な事思い出したよ。そして、どうして俺が春香を好きになったのか。春香、お前に似てるんだ・・・、あいつのアルバムにあった小さい頃の写真、頭ン中で描き、雪菜、オマエと重ねてみると・・・・・・、やっぱり似てるんだ。だから、雪菜を忘れちまっていた頃、春香を始めてみたとき護ってやりたいと思ったんだと思うぜ。・・・、それと多分、お前の心臓を宿している貴斗はその事を無意識に感じていたんだろう記憶喪失の時も?だから、俺や春香の事に真剣だったんだと思うんだ。俺が駄目になっちまったとき香澄って女の子に助けてもらった。彼女にはとても感謝している。だけど・・・、だけと、やっぱり・・・・・・、俺は春香を・・・。雪菜、俺って駄目な兄貴だけど・・・、見守ってくれ。それと、雪菜。貴斗のことは俺に任せろ。もう二度とヤツを死なせたりなんかしないぜ。俺が生きている間は絶対に死なせるもんかよ。今度は俺が助けてやる番だ。ハァ~~~、なに言ってんだろ俺は・・・。フッ、そうだな、ちゃんといろんな事にけじめつけたら、今度は恋人と一緒にお前の墓参りに来るよ。ソントキ俺が今言った二人のうちどっちを連れてくるか楽しみにしてろよ・・・、それとソントキは貴斗も一緒に連れてくるからな」

 独り馬鹿みたいに雪菜の墓前でそんな独り言をしていると、薄ら笑いをしながら一人の男と心配そうな顔をした女が現れた。

「きぃ~~~、ちゃったぁ、きぃ~~~ちゃったぁ。お父さんは全部聞いちゃったぞぉ」

「司さん、馬鹿みたいな口調で宏之にその様な事を口にしないでください」

「おっ、おい、何で親父と美奈母さんがここにいるんだよっ!ぜってぇ~~~ついてくんなっていっただろうがっ!」

「私は頷いた積りはないぞ、息子・・・、そっか、そっか息子ヨ女の子とで悩んでいたのか父さん嬉しいぞォ~~~。でぇっ、この前の女の子と別の子がいるのか?うぅうん?」

「司さんっ!嬉しそうな顔でそんな事を宏之に聞かないでくださいっ!私たちは雪菜のお墓参りに来たのですよ」

「あぁ~~~ん、ごめんよぉ、美奈」

 馬鹿を言っている親父にお袋はとても怖い顔で叱っていた。

 そんな俺と確実に血の繋がった親父を心の中で大きな溜息をついて、あれのようにはなるまいと自分と墓の下に眠る妹の雪菜に誓っていた。


2004年11月11日、木曜日


 雪菜の墓参りをした次の日、それは貴斗から貰った小さな紙切れにある場所へ来いと記されていた日だった。そして、現在、ヤツにもらったメモに書いてある場所に向かっていたんだ。

 貴斗から貰ったそのメモには簡単に、

『11月11日、木曜日』

『聖陵高校の高台の丘に6時PMに来い』と書かれていた。

 何の為に呼び出したのかは簡単に想像がつく。

 多分、そこで俺と春香に逢わせ様って魂胆だろう。

 貴斗と会ったあの日、俺の気持ちは完全に決着がつき俺が一番誰を必要とし、愛しているか結論を出していた。

 妹の墓前でもすべての決心を打ち明けても居た。

 ゆっくりと目的地に向かいながら、もう一度心の中ですべてを整理し、自分がどうしたいのかちゃんと考えた。それを終えると時計を見て時間を確認した。

 午後5時55分。その場所についてしまうには数分早かった。

 ちょうど高台の丘と旧校舎を結ぶ中間地点の芝生に差し掛かった時、その場に妙な格好で倒れこんでいる女の子を発見した。

 笑っちまうくらい間抜けな姿だった。だけど笑わずにその女の子に優しく声をかける。

「ナンデ、こんな何にもない所で転げてんだ、春香?」

「アハッ、どじしちゃった」

「ほら手貸してやるよ、つかまれ」

「有難う」

「よいっと」

 春香の細い腕と華奢な身体に負担がかからない様に抱き起こしてやった。

「フゥ~~~、有難う」

「大丈夫だったか?」

「うん、平気、平気だよ」

 春香はそう言いながら体についていた芝生を払い笑顔を見せてきた。

 そんな彼女が月明かりの所為か余計に可愛く見えていた。

「どうして、宏之君がここに?」

 春香は不思議そうな顔をしてそんな事を聞いてきた。

 彼女がなぜここに来ているのか知っていたけどからかうように口にしてやる。

「春香こそどうしてここにいる?」

「貴斗(君)に俺は(私)はよばれた(の)」

「ウフフフフッ」

「ククッ、ハハッ、アハハハハッ」

 一瞬沈黙したけど、俺達が同じ事を同時に言ったのが可笑しくてたまらず春香も俺も笑い出していた。

「でもどうして?」

「春香こそどうしてヤツに呼ばれたんだ?」

「宏之君から先に教えてよぉ」

「アイツに呼ばれたけどまだ会っていないどんな事なのかも知らされていないんだよ」

 春香が懇願するような瞳で訴えてくる。だけど、シラをきる様にそんな答えを返していた。

「そうなんだぁ、私は今さっき会って来たばかりだよ」

「でっ?」

「どうしてたのかはヒ・ミ・ツ」

「チッ、何だよ、それ?」

「教えて上げないもん。でも今は貴斗君、詩織ちゃんと一緒にいるのは確かよ」

 春香がそんな事を言葉にしていた。

 何があったんだか知らないけど、彼女の顔はうれしそうだった。

「ふぅ~~~ん、そっか」

〈ははぁ~~~ん、貴斗のヤツ、アイツも藤宮との関係にケリを着けてんだろうな〉

「何よその含みのある相槌は?」

「べつにぃ」

〈ハハッ、春香お前はいつも妙な所で鋭いな〉

「あっ」

『トゥトゥトゥ~~~トゥットゥットゥ~~~トゥ~~~♪』

 春香が何か言いかけたとき俺の携帯電話が鳴りだした。

「ワリィ、携帯が鳴っている様だ。ちょっと待ってくれ」

「はい、もしもし柏木です」

「藤原貴斗だ、用件だけ言う」

「あいよっ」


「高台の木の下まで移動してこい。それとそこに着いたら木の下を見ろ」

 貴斗はそれだけ連絡をよこすとこちらの返答も聞かず電話を切ってきた。

 電話が終了したのが分かった春香は声をかけてくる。

「エェ、もうお話終わり?」

「用件だけ言うと直ぐ電話を切る相手だったからな」

「だれなの?」

「ハハハッ、オマエもオレもよく知っているヤツさ」

「エェ~~~、誰よ」

「少しは考えろ!それより場所を移動しようぜ」

「アッ、そっちは駄目!!」

 春香は今移動しようとしている場所で貴斗と藤宮がイチャ付いているとでも思ってんのか慌てる様な仕草を見せてきたぜ。だけど、その場所にはすでに貴斗と藤宮はいないはずなんだ。だから、春香のそれを無視して移動していた。


*   *   *


 その場所に着くとやっぱり二人は居なかった。

 貴斗の指示通り、木の下周辺を確認してみた。

 ライトの明かりがそこにあったからそれは直ぐに見つかった。何かが書かれている紙切れが置いてあった。

 それは英語で書かれた。それを理解できず頭を傾げていると春香はそれを俺に聞えるような声の大きさで朗読してくれる。

『Remember your original intention! & carry out your original intention!』

「???春香、どういう意味だ?」

「初心を忘れず、初心を貫き通せそのままの訳だけど、多分、これの本当の意味は」

「それ以上言わなくても言い、それだけ言ってくれれば俺だって分かるよ。ッタク、アイツは一体何を考えてるんだ」

 春香がその意味の先を俺に聞かせようとした。

 だけど俺自身でそれを考えたくて、彼女の言葉を静止させたんだ。

〈初めて春香の事を好きになった時の気持ちを忘れるなって事だろ?〉

〈そしてその気持ちを貫けって言うんだろ、貴斗!〉

 心の中を確かめるようにもう一度その英語で書かれた文章を眺めていた。

 すると、他に何か置いて有るのに気付いたんだ。

 それと同じくらいの時に春香もそれに気付き手を伸ばそうとしていた。だけど、それを取られるのは不味いと思った俺は彼女よりも速く手を伸ばしそれを取っていた。

「宏之君、何を今手に取ったの?」

「はははっ、何の事かな?」

「宏之君の意地悪」

「・・・・・・・・・」

 春香にそんな事を言われたけどこればっかりは見せられない。

 このシルバーリングは三年前、春香の事故直前に香澄にプレゼントしたものだ。

 貴斗のヤツが香澄と俺の繋がりの一つであるこれを俺に返す事でその関係の終わりを告げてくれたんだろうぜ。

 それにこれは春香にとって余り縁起の良いものじゃなかったから見せる訳には行かなかった。

 そのリングを春香に見られないように眺めながら俺は色々な事を考えてしまった。そして俺はしばらく沈黙してしまう。

 そんな俺を心配したのか春香の方から話しかけてきた。

「宏之君、聞いても良い?」

「何をだ?」

「宏之君は香澄じゃなくて私を選んでくれたんだよね?」

「ナッ!?ナンデそれを・・・」

「良いから答えて」

「そうじゃ無かったら俺はここに来てねぇ~~~よ」

「信じて良いんだね?宏之君の事、信じても良いんだね?」

「モチロンだ、春香、俺の事を信じろよ」

 これ以上春香を心配させたくなかった。だから俺は〝信じろ〟って言う言葉を強くして彼女の答えてやった。

「宏之君の事を好きでいて良いんだよね?」

「当然の事を聞くなよ。だからオレの本真言ってやるよ。三年か待たしちまったけど何度でも言ってやるよ。俺は春香の事が大好きだァ~~~。そして誰よりもお前を愛してるぞ!」

 春香以外誰にも聞かれることなんってないと思って大声で恥ずかしがることをしないで気持ちを伝えてやった。

「有難う宏之君、男の人から、そう言葉に出して言ってくれると、とても凄く嬉しいよぉ」

「泣くなよ、春香!」

「そんな事言わないでよ、女の子は嬉しいときでも涙を流すんだからぁ」

「しゃねぇ~~~なぁ」

 春香は俺の気持ちを直に受け嬉し泣きをしている。

 そんな彼女を見ていた俺はたまらなく幸せな気分になっていた。だから、彼女に皮肉めいた口調で言葉を返していたけど、満面な笑みを見せてやった。

「ねぇ、宏之君キスして」

 そんな面を拝ませてやると春香は急に俺に口付けを要求してくる。でも、もう俺に春香の何かを拒む理由何って無かったんだ。

 だから素直にそれをしてやった。

 それが終わると再び、俺にいつも以上に春香は懇願する瞳で俺にお呪いを要求してきた。

 それに答えるように先に両手を出し彼女をリードしようとした。

 春香の手と指が俺に絡み付く。

 それが分かると俺の方からその言葉を出してやった。

 そのお呪いをしながら春香の事を一生懸命想ってやった。

 それが終わると彼女はまた嬉し泣きをしていたようだった。

 だから其れをやめてもらいたくて春香に言葉を出したんだ。

「オレとお前がここでこうやって告白するのは二度目だな。そしてここはなんと告白にとって伝説の場所って聞いているぞ。更に、今春香と俺は三度目の永遠の約束を交わしたんだ。三度目の正直ってやつか?これで俺達が上手く行かなかったら。空で踏ん反り返っている神様の所まで行ってぶん殴ってきてやる」

「モウそんな罰当たりなこと言わないでよぉ~~~」

「フンッ、そんなもんオレが跳ね除けてやるよ!」

「勇ましいのねぇ」

「オウよ!春香のためなら幾らでも猛々しく勇ましくなれるぞ」

 本当に今はそんな気分だった。だからさらに彼女が喜ぶであろう言葉を出していた。

「勇ましいついでにもう一言言っておくぞ。オレお前と一緒に大学行く事にした」

〈春香!それと既に俺は何を専攻するかも決めたぞ〉

 それを言葉にすると本当に嬉しそうな表情を俺に向けてくれる。

「だって宏之君がとっても嬉しい事言ってくれるんだもん」

「頑張ろうな春香」

「うん」

 春香のその言葉を確認するとまた彼女を強く抱きしめていた。

 彼女を抱きしめながら俺をここまで導いてくれた大切な奴等を思い出し心の中で感謝していた。そして・・・、

〈香澄ごめん〉と心の中で彼女に謝ってもいた。

 それから暫く経ってから俺は春香にどうして彼女を好きになったのか正直なココロを聞かせていたんだ。

「俺、春香に妹の面影を見ちまっていたんだ。ごめんな、春香」

「そんなこと、どうでもいいの。宏之君が私のコト好きでいてくれたなら、これからも愛してもらえるんなら・・・、そんなこと気にしないの」

「ありがとう」

「ネェ、ずっと前約束したよね?海に連れて行って、って」

「ああ、おぼえてるよっ」

「その時一緒に宏之くんの妹、雪菜ちゃんだっけ?その子のお墓参りも連れてって欲しいの」

「なんで?」

「だって、もし雪菜ちゃんって言う宏之くんの妹がいなかったら私と宏之君は出逢えなかったかも知れないでしょ?だから、感謝のためのお参り」

「フッ、そうか・・・、俺も昨日、妹の墓前で次ぎ来る時は恋人連れて行くって約束しってから一緒に行こうな春香」

「うんっ」

 春香はとても嬉しそうに頷いてくれた。

 春香に妹の面影を見ちまっていることも許してもらえたし、これであらかたの苦悩はなくなった。それから、翌日、俺はどうしても、謝らなくてはいけない女の子とある場所で待ち合わせをしていた。

 それは俺達の運命が大きく変わってしまう切っ掛けの一つの原因が生み出されたあの場所だ。俺は左手の中に納めたシルバーのリングを強く握り締め、

「香澄・・・、結局、お前を裏切っちまう事になって・・・」

「宏之、謝らないで。ただ、あたしたちはお互いに抱いた負い目を取り繕うように付き合っていただけ・・・」

「だけどよぉ」と言葉にしてから、俺は握っていた左の掌を香澄に見せ、

「このリング貴斗に渡されたものなんだ・・・、って事はアイツがお前に無理を言ってお前を諦めさせたんじゃないのか?それがすげぇ辛いんだ」

「其れは違うの宏之。たしかにね、貴斗には頭を下げられてまで、アンタと別れてくれって頼まれたけど、あたし自身の意思で宏之、アンタと分かれる事にしたのよ」

「そんなんじゃ、納得できねえよ。こんなんじゃ、また、俺は香澄に負い目をかんじちまうじゃねぇか・・・。明確な理由があるんなら、聞かせてくれ。本当にお前の事をもう心配する必要が無いって理解出来るような訳を聞かせてくれよ・・・」

 香澄は軽く握った拳を胸元に当てると、軽い溜息を吐いていた。

「ハァ~ッ、納得してくれるか分からないけど・・・、しょうがない話すわ・・・。アタシが一人っ子なのはあんたも知ってのことでしょ?」

「ああ、」

「そんな、アタシにとって、歳なんて全然、離れてないけどさぁ、しおりン・・・、藤宮詩織は血が繋がっていなくとも本当の妹に、アタシにとって、アタシよりも大事なそんな、存在だったの・・・。それは今でもそう・・・。だけどね。」

「今回の事で、もし、アタシとアンタがこのまま一緒に居続けたら、しおりンが・・・、しおりンが嫌な思いをするから・・・、どんな辛い事があってもずっと貴斗のことを想い続けた彼女には幸せになって欲しい。だから、もうそんな思いをさせたくないから、だから、わたしはアンタと別れる決心がついたの」

「なんで、俺とお前が付き合ったままだと、藤宮さんが嫌な思いをするんだ?訳分からないぜ」

「貴斗の記憶が全部元通りになったのは宏之も知ってるでしょ?もし、アタシがアンタの彼女のままだったら、アイツはあたし達の仲にけちをつけないで普通に接してくれるだろうけど、あいつは変に頑固なところが有って、春香のあの事故をアイツの所為だと思ったまま、罪の償いとか言って、しおりンよりも春香の方へ・・・ってな訳」

「・・・、わかったよ。理解できた。だけど、それでも香澄、お前は」

「うぅん、アタシは大丈夫よ。春香としおりンが幸せでいてくれたら、あたしも彼女達と同じくらい・・・、うんにゃぁ、それ以上に嬉しくてしょうがないから」

「香澄・・・」

 俺は香澄の口にした言葉に深い感銘を受けちまっていた。さらに、彼女の口は動き、

「それに、アンタの一緒に過ごした三年間はアタシにとっていい思い出だったから・・・、仮初めでも宏之の恋人になれたんだから、それで満足よ。有り難う、宏之。それとね」

 彼女は両腕を裏に回し、更に俺に背中を向けると、

「宏之、アンタも、貴斗、アイツも・・・、春香と詩織を・・・、不幸にしたら」

 突然、俺の方に向きなおすと、真っ直ぐに伸ばした腕と人差し指を俺に向け、

「アタシ、あんた達を一生、地獄の果てでも、天国にいても、ゆるさなんだから」

 造った様な憤怒の形相で豪語すると最後はけらけらと笑っていた。

 仮令、今俺に見せた怒りの表情が作り物だったとしても、俺の深層心理に深く刻み込まれたのは間違いない・・・。

「りょっ、りょうかいでありまする・・・、でっ、でもよぉ、これから、香澄、おまえ、どうすんだよ?」

「うぅん、あたし?問題ないわ、当分、気が晴れるまでは貴斗に無理難題吹っかけて、しおりンをからかって遊ぶから」

 彼女はおどけながらそんな事を言葉として漏らしていた。

 心底、身震いする俺だった。

 まったく、あの貴斗と藤宮にそんなこと出来んのは香澄くらいなもんだぜ・・・。

「よく、そんな、末恐ろしい事を口に出来たもんだな。本当に大丈夫なんかよ」

「フフッ、問題ないわ。それが、アタシの幼馴染としてのあの二人に出来る特権だもの、クククッ」

 香澄は又嬉しそうに笑っていた。

 彼女のこれからが心配じゃない訳じゃないけど、香澄のその笑顔を見たら大丈夫な気がしたから俺は心の整理をそこでつけたんだ。そして、願い叶うなら・・・、先の未来に彼女も幸せになって欲しいと思うのは俺の我侭なんだろう・・・。

 そうそう、香澄と完全に決着がついてから春香にいつ海に行こうかって話して、その日取りが決まると同じ日に再び、妹の墓前を訪れる事になった。

 その墓前の前に春香と俺二人以外、別のカップルも呼んでおいたんだ。

 ご察しの通り貴斗と藤宮。

 やつももとより、藤宮を連れて雪菜の墓参りに来る予定だったらしく、丁度いい機会だった。

 雪菜の墓前のその二人の遣り取りはとても笑えるものがあった。

 以前、慎治が言っていた様に藤宮と貴斗の遣り取りは面白い。

 そんな二人を見ていた俺も春香も何だかとても暖かい気持ちになっていた。


 それから十二年の歳月が流れ紅葉の訪れた木漏れ日が清々しい10月月の終わり。

 盛大な結婚式の後に二人の男が病院へと駆け込んでいた。

 一人は白衣に着替え待機していた医療スタッフに指示を送り、もう一人は手術台に寝かされ、忙しく行動しているその白衣の男を眺めていた。

「貴斗、お前は何の気にすることもないぜ。俺を信じて安心して寝て待ってろ」

「無論、宏之お前を信頼している。だが失敗しても俺はお前を怨んだりしないから気楽にやってくれ」

「馬鹿を言ってんじゃねぇよ。ぜってぇ成功させてやる。なんたってお前は俺の大事な雪菜の心臓を持ってんだからな、死なせる筈が無いだろ。それにお前を死なそうものなら・・・、藤宮が黙っていないだろうから。手術を失敗するよりも、そっちの方がよっぽど恐ろしそうだからぜってぇーーー、成功させてやるよ」

「フッ、そうだったな」

 貴斗はそう答えると静かに瞼を閉じた。

「香澄、判ってるな?」

「誰に、物言ってんのよ?あんた以上にアタシは貴斗を失いたくないんの。詩織の為にも」

 第一助手の香澄はそう口にして、麻酔で意識のない貴斗へ優しい笑みを向けていた。

「手術の間、いい夢を見ていてね、貴斗」

 それから完全に麻酔がかかったのを確認すると間脳補整手術を開始したんだ。

 俺の両親がやっていた遺伝子工学の研究から貴斗の脳の欠陥を治療する糸口を掴んでいた。大学の研究室を使えるようになるとそれを必死になって解析し何度も実験を繰り返していた。

 その研究の成果を完成させた時は俺も香澄も春香、彼女がお世話になっていた国立から医療法人へ組織名を変えた済世総合病院へ三人して医者になっていた。

 手術開始から・・・、約六時間三〇分にも及ぶオペの末、貴斗の病んでいたそれを取り払ってやることができた。


 それから、更に六年の歳月が経った夏、とある大きな公園で・・・。

「ねぇ、ハルちゃんまってよぉ~~~~」

「しぃ~~~ちゃん!まぁ~~~ちゃぁ~~~ん、こっちこっち!」

「ゆうっ!それボクのボールだぞ」

「へへぇ~~~ん、ヒロ!くやしかったらとってみろ」

「ほら受け取れ、セイジ」

「まかせておけユウ!」

「くっそぉ~~~、セイジくんまでぇ」

 俺と妻、春香。それと俺にとってもっとも大切な友達、慎治&香澄、貴斗&詩織さん。そして、その子供たちの遊びを木陰の芝生に座りながら眺めていたんだ。

 俺と春香には年子で5歳の春菜、それと4歳になる夏弘。

 慎治と香澄には俺の所の長女と同い年の誠治君、その一つ年下の真純ちゃん、それと今年産まれたばかりの真琴ちゃん。

 最後に貴斗と詩織さんの子、優貴君と詩珠華ちゃん。

 二人は二卵性双生児で春菜と同年齢。

 みなそれぞれ子宝に恵まれ幸せな日々を過ごしていた。

 隣に座っている春香と他の連中は昔の思い出に浸っていた。

 それの所為か、ふっと俺も昔の事を思い返してしまう。

 ある事を切掛けにして隣に居る春香とよりを戻してから自分の将来と春香、そして貴斗のために大学で医学を勉強する事に決めた。だが、俺には重大な欠点があった。

 それは雪菜の事故死を起因にした炎や、血に対するトラウマ。

 その根は深く、克服は困難とさえ思われた。しかれど、俺はどうしても、貴斗を救いたかった。見えない所で何時も、アイツに助けられていたんだ。だから、今度は俺の方が貴斗を助ける番だって強い志で外科医になる道へ足を踏み入れた。

 まあ、その意思だけじゃ、簡単にその心的外傷を癒せるはずも無く、何度も、挫折を繰り返したけど春香や香澄、親友達の心のサポートが今、俺がこうして医者を遣っていられる大きな要素なのは明白だね。

 医者になる理由を知っていた慎治も、振っちまった香澄も、俺が道を踏み外さない様に手を貸してくれた。

 当然の事ながら藤宮さんにも世話になったけど、彼女だけには手術の直前まで貴斗の事は黙っていた・・・、しかし、教えておいた方が、よかったのかも・・・。

 春香もなんと同じ医学の道を目指すことにしたらしかった。そして今は俺と彼女、同じ職場で働いている。

 俺は脳外科、春香は精神科を担当していた。どうして俺がその道に進んだのか?

 答えは簡単、さっきも言った様に貴斗の病を治してやりたかったそれに尽きる。だが、今は多くの患者の為に医者としての力を揮っているよ。

 他の連中はと言うと、その理由は俺にはうかがい知れないが香澄と慎治がくっ付いた事だった。

 世の中、不思議な事もあるもんだ。香澄は慎治の奴と付き合い始めた頃、俺達が俺や春香が医者の道に進むっていったらなんと彼女もそうするって言い始めたんだ。

 俺達なんかよりもずっと前から医者に成る事を考えていたのに、俺の所為でそれを潰してしまっていたと思うと・・・、でも今ではその夢も叶えて、貴斗も救えて言うことなしだ。

 慎治、奴は貴斗の経営する企業の元で骨肉粉砕くらいの勢いで貴斗の仕事の成功に貢献している。

 奴と香澄に子供が出来るまでの間、仕事の都合上かなり多く海外出張をしていた。香澄は慎治と一緒に着いて行き各地の医療を学び、良い処は今勤めている済世会へも反映させている。それからは地に足が着き慎治は海外人事局長と言う職に就いている。

 出張が無くなった事もその現在の地位も貴斗が慎治に感謝して与えた異例の人事らしい事を慎治から聞いたが、貴斗本人はもっと高いポストを与えたかったらしい。しかし周りの重役が認めず、そこまでしか出来なかったみたいだ。でも確か人事局長だってかなり高い位置にあるような気がするのは俺の知識の乏しい所為なのか?

 次に詩織さんの事、彼女は大学卒業後、貴斗の事業のサポートをする為、ヤツ専属の秘書となった。

 貴斗の企業家としての成功は詩織さんなしではありえなかったと思われるくらいその辣腕を発揮していた。もちろん今もである。

 そうそう、俺達六人の合同結婚式後の貴斗が手術前の事だったけど、詩織さん、奴のその深刻な健康状態をその時まで知らなかったらしく、それを知るや否や悲しみと怒りの表情を同時に作り貴斗に大きな罵声を浴びせながらとんでもなく強烈なビンタをヤツに食らわしていた。

 手術前に殺す気かって感じなくらいすごいやつを・・・。

 いやぁあん時の詩織さんの顔って言ったら・・・、物凄く怖かった。

 最後に貴斗、コイツは大学卒業後、祖父から授かった会社の一部を活性化させる為に自分の事を省みず、本当に命を削る思いで頑張っていた。

 よく俺達がオペするまでその身が持ったのか不思議なくらいだ。やはり愛するものが傍にいたためだろう。

 俺の施した手術後は何の後遺症も無く二人の子供を授かり詩織さんと幸せそうに過ごしている。

 俺から見たら貴斗のヤツは絶対彼女に尻敷かれだと思うがヤツはそれを否定する。

「クククッ」と思わず貴斗を見て笑っちまった。

「どうした宏之、変な笑いして?」

「いやねぇ~、お前が詩織さんに尻に敷かれていると思って笑ってやったんだよ、ハハハッ」

「何だ、宏之もそう思ってたのかよ」

「フザケルナ、俺が詩織を甘やかしてるだけだ!」

「なんっておっしゃったのかしらタ・カ・ト?」

「滅相もございません」

「しおりン、そんなおっかない顔してると貴斗逃げちゃうわよ」

「そうよ、詩織、貴斗さんのこと大事なら余りそんな顔するのよくないわね」

「ハァー、そうですね」

 詩織さんは溜息を吐きながら彼女の伴侶を見ていた。

 それを見返す貴斗のヤツは脂汗を流しながら苦笑していた。

 こんな和やかな輪の中で俺は自分を振り返ってみる。

 良いにしろ悪いにしろ俺もみんなもここまで来るのに波乱万丈だったような気がする。

 無論これから先だって穏やかな大海原であるとは限らない。

 だけど愛する人が隣にいて、その二人の愛の結晶で産まれた子供たちがいて、そしてそれらを包むように周りに大切な仲間がいればどんなに荒れ狂う大海の中でもその航路を見失わず漕いで行ける。だから俺は時間と言う波に乗ってどこまでも進んで行きたい。

 ここにいる皆とともに。

「ヒロパパァ~~~ふぇ~~~ン、ナっちゃんがいじめるぅ~~~ねぇちゃんのクセになくなぁ!」

「ハハハッ、春菜抱っこしてあげるから、こっちにおいで」

「こらっ、ナツヒロ、男の子でしょ?女の子には優しくしなさい」

「ユウ、シズカァ~~~、そろそろお帰りしますよぉ~~~」

「お父様、抱っこしてください」

「わぁ、ずるい父さんボクもぉー」

「しょうがないなぁ、二人とも」

「ママァ~~~、お腹すいたぁ~~~」

「はい、ハイ、帰ったらオヤツにしましょうね」

「キャハッ、キャハッ!」

「おぉ、真琴お前もオヤツ食べたいのか?」

 この子達の未来の為に俺達が親として出来る事をしなければ、この子達の未来を明るくするために時間が有る限り新しい道を切り開いてゆこう。

 仲間と共に。


宏之 編 END

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