第18話 サミュエルとの別れ

■作者のねらい:2005年生まれの龍人は、この時代で得た知識もほぼすべて持っている。戦い方や気の循環など、世界が滅亡しかけたあとに龍人が知識を広めた。サミュエルが小さいころ「面白い子どもだ」と龍人に目をつけられ、ダイバーシティに連れていかれ、そこでいろんな技を習得している。料理もそこで覚えた。


今までかかわりを持ちたがらなかったサミュエルが、「せめて危険がともなわないように」と気の循環について教えた。一緒に行く勇気がなく助けることはできない、でもそれが罪悪感になり、自分を無理やり納得させる材料として教えている。

一人で板挟みなサミュエル。

最後、トワがサミュエルの葛藤を刺激した上に、「新しい剣を試すため」という逃げ道を作ってあげた。


余談:龍人は2021年のショパンコンクールに出場していたという設定で書いたのですが、今年は日本人の出場者が2位と4位でしたね。すごい! おめでとうございます!



■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   ユーリ

   サミュエル

   トワ



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




〇サミュエルの小屋の中(夕方)


シエラ(N)『わたしたちは、今夜の人質奪還に向けて準備をしていた。ユーリはトワから借りた剣の手入れや簡単な稽古に励み、わたしは……』


シエラ「はぁー、緊張する。はぁー、緊張する」


シエラ(N)『ベッドでゴロゴロしていた。夜に向けて休もうとするが、全然休まらない。寝てみようと思って目を閉じたものの、なぜか逆に目が冴えてしまった。おかしい。いつも布団に入ったら三秒で寝れるのに』


シエラ「全っっ然寝れない!」


シエラ(N)『毛布にくるまってみたり、足だけ出してみたり、毛布をまるめて抱き枕にしたり……色々試してみたけど一向に寝れる気配がない。それどころか焦りがつのり、さらに寝れなくなってしまった』


シエラ「もぉぉぉ! 体力を温存しておきたかったのに。これじゃ逆に疲れちゃうよ」


サミュエル「おい、いつまでそうしてるんだ」


シエラ「サミュエル……緊張して全然寝れないよぉぉ」


サミュエル「はぁ。どうせそんなことだろうと思った。ついて来い」



〇サミュエルの小屋の前



シエラ(N)『あきらめたわたしがサミュエルを追って外に出ると、ユーリとトワが並んで立っていた。トワを見つけたサミュエルが、片方の眉毛をつり上げる』


サミュエル「……お前はやらなくても良いだろう」


トワ「あら。私もチームの一員だもの。仲間に入れてちょうだい」


サミュエル「はぁ。勝手にしろ」


シエラ(N)『一体何が始まるのだろう。わたしとユーリがワクワクして待つ。一方のサミュエルは、ため息を吐きながらわたしたちと向き合った』


サミュエル「これから、気の循環を促す。魔法も体術も、きちんと気が巡る事で本来の力を発揮できる。つまり、準備運動みたいなものだ」


ユーリ「気の循環?」


サミュエル「そうだ。生き物には、目に見えない力が宿っている。魔力もその一つだ。気の循環を促すと太刀にうまく力が乗せられるようになったり、魔力を放出しやすくなったりする。コツをつかむまでは、こうして意識的に循環させた方が良い」


シエラ「ほぇぇぇ、サミュエルっていろんなこと知ってるね」


サミュエル「ごほん。では、真似をするように」


シエラ(N)『サミュエルに教えてもらいながら、みんなで真似して準備運動をした。すると、次第に重力を感じたように体が重くなり、体が温まっていくのを感じた』


シエラ「なんか、眉毛の間がモゾモゾするよ」


サミュエル「眉間にあるチャクラだ。うまく気が循環したんだろう」


シエラ「ほぇぇぇ」


シエラ(N)『今度は体が軽くなり、緊張でたかぶっていた心も静まり返っていた。それに、全身に力がみなぎっているようだ。ユーリも変化を感じているようで、手を握ってみたり足踏みをしたりしている』


ユーリ「すごいな。体がものすごく軽くなった」


シエラ「わたしも! どうもありがとう、サミュエル!」


サミュエル「……シジミが礼を言いたがってたからな。俺はただの代行だ」


シエラ(N)『パタパタという音と共に、シジミちゃんが飛んできてわたしの肩に止まった。ガラス玉の様な小さな黒い目が、わたしの顔を覗き込む』


シエラ「ふふふ、シジミちゃん。あのお城喜んでくれたのかな?」


サミュエル「……お城には見えなかったが、それなりに気に入ったようだな」


シエラ「良かった!」


ユーリ「頑張った甲斐があったな」


サミュエル「さあ、そろそろ夕飯にするぞ」


シエラ(N)『わたしとユーリは目を合わせて微笑み、そそくさと立ち去ろうとするサミュエルの背中を追いかけた。その様子を、トワがニコニコしながらついてくる。夕食はジャウロンと大獅子の包み焼きだった。肉を包んでいる大きめの葉っぱから香ばしいにおいがする。一緒に包まれている採れたて野菜がいろどりを添えていて、見た目もきれいだ』


シエラ「サミュエルって料理が好きなんだね。あむっ。ん-、おいしい!」


サミュエル「あ?」


トワ「うふふふ! こんなに料理を作ってるサミュエルは珍しいのよ。あなたたちが来る前は、パンをちぎって食べてる姿しか見たことがないわ」


ユーリ「え! ちぎったパン⁉︎」


トワ「そうよ。だから見て、骨と皮みたいにひょろひょろじゃない?」


サミュエル「(唸り声)やめろ、ほっぺたをつまむな」


シエラ(N)『サミュエルの眉間のシワが深くなり、不機嫌オーラが全開に漂った。トワがまたしても「おーこわっ!」と言っておどけて見せる。トワはこのやり取りが好きなのかもしれない。わたしは見慣れた様子を楽しみながら、最後になるかもしれないサミュエルの手作り料理を味わった。出会った時は意地悪なヤツだなんて思ってたけど、お腹いっぱい食べさせてくれて、気分が沈んだ時には果物をくれて、今は感謝でいっぱいだった。……あれ、食べ物の思い出ばかりだな』


ユーリ「おかわり!」


シエラ「わたしも!」


サミュエル「お前ら、食い過ぎるなよ」


シエラ(N)『ご飯を食べたらいよいよ出発だ。太陽が沈みかけ、空がクロムオレンジのようにきれいなオレンジ色に染まった。盗賊のアジトに着く頃には、ちょうど夜になっているだろう。わたしたちは、シジミちゃんと相変わらず無表情で見送ってくれるサミュエルに別れの挨拶をした』


シエラ「どうもありがとう、サミュエル!」


ユーリ「本当にすごく助かった。どうもありがとう」


サミュエル「……いいからさっさと行け」


シエラ「行ってきます! サミュエルも元気でね! またね! どうもありがとう! どうもありがとぉぉぉ! サミュエルゥゥ!」


ユーリ「シエラ、しつこすぎてサミュエルが困ってるぞ」


シエラ(N)『サミュエルが小さくなるまで手を振り続けていると、あきれるユーリの目の前でいきなりトワが立ち止まった』


ユーリ「ぅわっと。トワ、どうしたんだ?」


トワ「悪いんだけど、ちょっと待っててくれる?」


シエラ「何か忘れ物?」


トワ「うふふ! そう、忘れ物。すぐ終わるから」


シエラ(N)『トワは駆け足でサミュエルの元に戻り、何か話をしはじめた。そして、腰に挿している剣をサミュエルに渡して戻ってくる。これから武器を使うかもしれないのに、どうしたのだろう』


ユーリ「剣、渡しちゃっていいのか?」


トワ「良いのよ。私、本当は肉弾戦が一番得意だから、剣があっても多分使わないわ。だから持ってても邪魔なのよ」


シエラ「そういうものなの?」


トワ「そうよ。んーっ、それにしても楽しみね!」


ユーリ「た、楽しみ⁉」


シエラ「盗賊のアジトに行くのに⁉」


トワ「あら? どうしたの? そんな心配そうな顔して」


シエラ「……(苦笑)」


ユーリ「……(苦笑)」


シエラ(N)『わたしたちと違って全く緊張感がないトワは、ピクニックにでも行くかのようにウキウキしている。そんなトワに一抹の不安を感じつつ、わたしとユーリはお母さんたちを助けるために盗賊のアジトへと向かっていった』

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