第12話 エクルベージュの実

■作者のねらい:シエラが抱えている辛さを浮き彫りにした回。


この時シエラは

 ・親がいない

 ・外見が特徴的(髪の毛と目が水色。周りの人に比べて白い)

という理由で差別を受けている。


現実の世界でも黒人差別による事件が繰り返されているが、取り巻く環境によっては逆になることもありうる。つまり、人種や外見が本来の人の価値を決めることはないというメッセージでシエラの色を決めた。この物語でも、逆の立場になる場面が出てくる。


エクルベージュの実は梨の味(サミュエルの優しさの味)。


■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   村人A

   村人B

   村人C

   サミュエル



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



◯サミュエルの小屋(夢の中)


シエラ(N)

『わたしはひとりぼっちでエルディグタールのどこかにいた。

 知らない人たちが沢山行き交っている。

 心細くてまわりを見渡すが、お母さんやユーリが見当たらない。どうやら迷子になってしまったようだ。


 わたしは近くにいる人に尋ねた。

 しかし、みんな口を揃えて「孤児院なんて知らない」「そんなものは存在しない」と言う。


 聞いても聞いても、帰ってくるのは同じ答えだった。


 そんなはずない。


 そう信じて闇雲に歩いたが、いつまで経っても孤児院に辿り着かない。そんなわたしを見て、街の人はヒソヒソと噂話をし始めた』


村人A「あの子は見た目が不気味で捨てられた」


村人B「青白いのに魔力の無い出来損ない」


村人C「使い道のない中途半端ないらない子」



シエラ(N)

『針のような人々の視線が、逃げるように後ずさるわたしの皮膚を突き破る。


 わたしは視線を避けるように体を小さくし、自分の腕を抱いて走り出した。


 わたしはなんの力もない。

 どこにも居場所がない。

 誰にも必要とされていない命。

 

 ユーリ、お母さん、どこにいるの?

 もう、わたしのこと、いらなくなったの?』




シエラ「ぅあぁっ! ……はぁ、はぁ、はぁ」


シエラ(N)

『息苦しさを感じてガバッと身をおこした。心臓がバクバク暴れ、髪の毛が汗で顔にへばりついている。


 月明りがうっすらと差し込む見慣れない部屋、いつもの使い古したボロボロの布団じゃなく、フワフワした柔らかい毛布。隣を見ると、毛布にくるまったユーリが床の上で寝息を立てていた』


ユーリ「ぐー。むにゃむにゃ」


シエラ「そうだ、わたしたち、サミュエルの小屋にいるんだった……」


シエラ(N)

『嫌な夢を見た時はいつも、お母さんの布団に潜り込んで気持ちを落ち着かせていた。でも今日はいない。わたしは暴れる心臓の動きを止めるように、胸元をギュッと握った。

 

 今頃みんなどうしてるだろう。子どもたちは、ちゃんと寝れているだろうか。


 居ても立っても居られなくなったわたしは、気分を変えるために布団を出た。そしてユーリを起こさないよう、そっと横を通り抜ける』


SE ドアが開く

SE 風の音 or 木の音 or 虫の鳴き声


シエラ(N)

『一歩外に出ると、夜風が吹き抜け髪の毛がなびいた。

 冷静になるはずだったのに、森を包む闇と静寂が今日の出来事をわたしに思い出させる。


 村の男に乱暴され、盗賊に足を切られ、わたしの家族がさらわれた。

 わたしは辛い現実から目をそらすように、硬く目を閉じた』


サミュエル「なんだ、眠れないのか」


シエラ「わ! びっくりした。サミュエルいたの⁉」


サミュエル「ここは俺の家だぞ。いて悪いか」


シエラ(N)『サミュエルが森の方から歩いてきた。あれはなんだろう。キラキラ月明かりを反射するボールを抱えている。サミュエルが夕食を食べた場所に座ったので、わたしもそれに習って正面に座った。すると、サミュエルがキラキラするボールを一つ、わたしに投げてきた』


シエラ「なぁに? これ。きれいだね」


サミュエル「エクルベージュの実だ。夜に採ると美味い」


シエラ(N)『言葉少なげにそう言って、サミュエルがシャクッと一口かじった。それを見てわたしも真似して食べてみる。咀嚼するたびに、甘い果肉がシャリシャリと爽快な音を立て、乾いていたのどをうるおした』


シエラ「本当だ、甘くて美味しい」


サミュエル「甘いものほど光るから、多分それが一番美味いはずだ」


シエラ「……そうなんだ」


シエラ(N)『一番美味しい実をくれたことが意外で、わたしは黙々と実をかじるサミュエルをじっと見つめた』


サミュエル「なんだ?」


シエラ「ありがとう。その……親切にしてくれて」


サミュエル「俺は親切なんかじゃない。お前らには早く……出ていって欲しいと思ってる」


シエラ「そう……」


シエラ(N)『サミュエルは相変わらず不愛想だ。しかしその不機嫌そうな顔は、わたしを拒絶している感じがしなかった』


SE 果実を食べる音×2


サミュエル「まだ死んだわけじゃないんだから、何とかなるだろ」


シエラ「え?」


サミュエル「……生きていれば、どうにでもなる」


シエラ(N)『独り言のようにささやくと、サミュエルがゆっくり立ち上がった』


サミュエル「家の周りは結界が張ってある。それより外には出るな。一旦外に出ると入ってこれなくなるぞ。それに、次は襲われても助けに行かないからな」


シエラ(N)『ぶっきらぼうにそれだけ言うと、サミュエルは小屋へと戻って行った。わたしは呼び止める言葉が見つからず、黙って背中を見送る』


シエラ「どういう意味だったんだろう。よく分からない人だな。……生きていれば、どうにでもなる、か」


SE 風の音 or 木の音 or 虫の鳴き声


シエラ「うう、寒い」


シエラ(N)

『少し冷えてきたので、わたしも小屋に戻って布団をかぶった。隣では、ユーリがまだ気持ちよさそうに寝ている。わたしは毛布を握りしめ、母の温もりを思い出し目を閉じた。


 エクルベージュの甘い実が美味しかったから、今度は朝までぐっすり眠れた』

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