第27話 愛する人のために
僕は
奏佑のことが好きだ。それは嘘偽りのない僕の想いだ。だが、その「好き」という気持ちが、奏佑の将来を、キャリアを邪魔してしまう。僕の奏佑に愛されたいという
僕は奏佑との関係を
「
そんな僕に
「おはよう、隼人」
「律、目が赤いぞ。寝不足か?」
「うん、まぁね」
「もしかして、夜中までピアノ弾いていたんじゃないよな?」
「まさか。そこまで弾いたりしないよ。近所迷惑にもなるし」
「でも、律ってピアノ好きじゃん? 一日中ピアノ弾いていても平気って感じだよな」
僕は思った。「ピアノが好き」、か。そんな好きなんて感情にどんな意味があるんだろう。僕は奏佑が好きだから彼の未来を潰してしまう。好きなピアノも好きだけではプロにはなれない。こんな気持ち、捨ててしまいたい。
「律? どうかした? 急に難しい顔して考え事か?」
隼人がそんな僕の顔を覗き込んで尋ねた。
「あ、いや。なんでもない」
僕はそう言って隼人に笑いかけた。
教室で僕を見かけた奏佑は、すぐに僕の方へ駆け寄って来た。昨日の終演後、取るものも取りあえず逃げるように帰った僕を心配していただろうことは想像に
「律、昨日は……」
そう言いかけた奏佑を僕は止めた。
「ごめん。昨日はちょっといろいろあったんだ。詳しくは聞かないで。僕の個人的な話だから」
僕はそれだけ言うと、逃げるように教室を飛び出した。それからの僕は、なるべく奏佑と二人きりで話すタイミングを減らそうと、誰か他の友達と極力行動を共にするように頑張った。とはいえ、僕が気軽に話ができる友達など、隼人以外にいないのだが。
必然的に僕は学校にいる間のほとんどの時間を隼人と過ごすようにした。だが、隼人には僕以外の交友関係がある。四六時中僕と一緒という訳にはいかない。隼人を他の友達が呼びに来ると、僕は一人取り残されることになった。そんな時はトイレの個室に飛び込んで、休み時間が終わるのを待つのだった。
そんな日々が続いていると、だんだん奏佑の機嫌が悪くなってくるのが目に見えてわかった。隼人の元へ走ろうとした僕の腕を奏佑はつかんだ。
「おい、律! お前、何で隼人といつも二人でいるんだよ。最近、俺を避けてるよな。どうしてだ?」
奏佑は明らかに怒っていた。彼は僕に壁ドンをして逃げられないように押さえつけた。
「ちゃんと話せよ。お前、何考えているんだ?」
「……なんでもない。なんでもないから。離して」
逃げようとする僕の首根っこを奏佑は捕らえた。
「弦哉のことか?」
奏佑が叫んだ。逃げようとしていた僕は思わず動きを止めた。
「俺、あいつに言われたんだ。もう一回芸大付属高校に戻って来いって。お前も同じ話をされたんだろ? だから、あの時、お前逃げ出したんだよな? 違うか?」
なんだ。奏佑は全ての話を知っていたのか。僕は奏佑に向き直った。
「言われたよ。奏佑の将来のためにはそうした方がいいって」
「馬鹿だなぁ。そんなこと気にしてたのかよ。あのな、俺はあの高校に戻るつもりなんてねぇよ。律がいるのに、この高校辞めるわけないだろ」
そんな奏佑の言葉に一瞬安心したが、「律がいるのに」この高校を辞めないという言葉が引っかかった。僕の頭の中に弦哉に言われた言葉が
「奏佑、もう僕のことを気にする必要なんかないんだよ」
僕は震える声で切り出した。
「もう、前の高校に戻りなよ。僕のことなんか放っておいてさ……」
「は? お前、自分がどういうこと言ってるのかわかってるのか?」
奏佑が僕の肩を揺さぶった。
「わかってるよ!」
僕は叫んだ。
「わかってるよ……。奏佑は、ここにいない方がいい。東京に戻りなよ。それが奏佑のためなんだから……」
「お前、本気でそんなこと言ってるのか?」
「本気だよ! だって、こうしなかったら奏佑が僕のせいで……」
「奏佑が僕のせいでダメになる」と言いかけた僕は泣きそうになり、その場から猛ダッシュで駆けだした。
僕が涙を拭いながら廊下を走って行くと、
「おーい、律!」
と隼人が僕に向かって手を振っていた。僕は隼人の元に駆け寄ると、そのまま彼に抱き着いた。
「お、おい、律、どうしたんだ?」
隼人はいきなり僕に抱き着かれ、上ずった調子で僕に尋ねた。だが、僕はそれには答えず、隼人の胸に顔をうずめてわっと泣き出した。
「律、いきなり泣くなよ。どうしたんだって?」
隼人がそう優しく僕をなだめてくれた。だが、僕の涙はなかなか止まらなかった。
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