第4話 人の読んでいる本のタイトルが気になるタイプ

翌週のお茶会も、会場は温室だった。もうだいぶ寒いからね。

公爵家の正門から温室へと向かうには前庭と中庭を通る必要がある。

空気は肌寒くなってきたとはいえ、庭の花々はまだまだ美しく咲き誇っている。

座りっぱなしで動かないお茶会をするには空気が冷たいが、庭に咲く美しい花については見せびらかせたい。そんな公爵夫人(母ね)の思惑もあって、お茶会会場が温室に設定されているのだ。

もちろん、温室の中も花や木が美しく並んでいる。気温が高いので実際の季節とはずれた花が咲いている。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


今日も、読みかけの本がキリの悪いところで王太子殿下がやってきた。本当にタイミングの悪い方だと思う。

これだけタイミングが悪いとなると、私と王太子殿下の相性はやはり悪いのでは無いかと思ってしまう。


読みかけの部分にしおりを挟み、隣の椅子の座面にそっと本を置く。

今日もこれから、無言で向き合う二時間が始まるのだ。


と、思ったのに。


「何を読んでいらっしゃったのでしょう?」


そう、王太子殿下が声を掛けてきた。先週に引き続き、「ごきげんよう」と「ではまた」以外の言葉がそのお上品な口からまろびでてきたことに驚きを隠せない。


私は隣の椅子から本を手に取り、その表紙を王太子殿下に向けて腕を伸ばした。

これで本のタイトルが読めるはずである。再三言うが私は人と会話するのが苦痛なのだ。


「童話ですね」


王太子殿下の言葉に、首を縦に振って答える。私は今日は童話を読んで時間を潰していた。

兄嫁の産んだ子どもはまだまだ小さく、寝返りも打てないぐらい幼い。

まだまだ唇をならして「ぶー」と音を出すぐらいで話を出来たりもしないのだが、夜泣きの時に物語を聞かせると機嫌が良くなるのだそうだ。

そこで、寝不足気味の乳母と母と兄嫁に変わり夜泣き当番で本を読み聞かせてやれるようにと、童話のレパートリーを増やしているところなのだ。


今日読んでいたのは『うさぎのみみはなぜながい』という神話を元にした童話だ。

今現在、私の身の回りにいる動物たちは昔から変わらず同じ形だったわけでは無いらしい。

考古学者やダンジョン発掘家によれば、時代によって動物も魔獣も骨格が少しずつ違っていたりするそうだ。

それが、環境変化に対応するための変化なのか、魔力の影響による魔族化の影響なのかはまだまだ研究が進むのを待たねばならない。

しかし、この童話では『昔は耳の短かったウサギが、今現在耳が長いのは何故かと言えば、神様が掴みやすいようにウサギが努力したからだ』と説明しているのだ。

実に興味深い。環境変化でもなく魔力の影響でもなく、神の御業で生物の形が変わる可能性を示唆しているのだ。

そんな奥深い物語を、未だ寝返りも打てない赤子に読み聞かせて意味があるかといえば、おそらくないのだが。


そんな、童話と赤子への読み聞かせについて思考が沈み始めたところで、また王太子殿下から声が掛かった。


「今日は私も本を持ってきたんです」


そういって後ろに控えていた側近に視線で合図をすると、側近は抱えていた本を一冊王太子殿下へと手渡した。

本を受け取った王太子殿下は、先ほどの私を真似するように本の表紙をこちらに向けて手を伸ばしてきた。


テーブルの中程までの位置に両手で差し出された本の表紙には、『枯れ鉱山の再利用方法ベスト100』と書かれていた。

なんと面白そうな本のタイトルだろうか!

枯れ鉱山と言うことは、鉱物を掘り尽くしてしまった穴だらけの山ということだ。もはや掘ってもたいした量の鉱物が取れない穴だらけの山にどんな利用方法があるというのか。しかもタイトル通りなのだとすれば、100通りもの利用方法が提案されているということだ。

気になる。読んでみたい。

いや、別に私は鉱山を所有していないので読んだところで役立てる所は何もないのだが、それでも穴だらけの山をどのように活用するのか知りたかった。

100通りも活用方法があるのであれば、きっと思いも寄らない使い方が載っているに違いない。


「公爵令嬢?」

「あ」


王太子殿下の見せてくれた本のタイトルを見て、興奮してしまっていた。

私は人と話をするのも話を聞くのも苦痛に感じるタイプの人間ではあるが、人の話を聞かなかったり聞き流したりするのが失礼であることはちゃんと理解している。

羞恥からすこしほてった頬を押さえつつ、小さく頭を下げた。

思考にふけって人の話を聞き流していると、相手が父や母の場合は怒られるし妹達だと呆れられてし兄嫁は困らせてしまう。

下げたままの頭から目線だけ上に向けて様子をうかがえば、王太子殿下の表情は朗らかだった。

よかった。怒ってはいないようだ。


「今までずっとお茶会に三つ目の席があったでしょう? 気になっていたんです。前回のお茶会で本を置いていると聞いて考えたんですが、私を待つ間本を読んで時間を過ごしていたんですよね」


前回椅子の数が多いことを聞かれて「本置き場」と答えた。それを言っているのだろう。小さく頷いて答え、ついでに下げていた頭も上げてしまう。


「そのまま読書を続けてくださいと言ってもお読みにならなかったのは私のことを気遣ってくださったのだと思ったんです。だから、今回は私も本を持ってきました」


私にタイトルを見せる為に突き出していた本を、王太子殿下は膝の上まで戻した。


「この本も、こちらにお伺いする馬車の中で読んでいたんです。あまりキリの良いところでは無い場所でこちらのお屋敷に到着してしまい、続きが気になっているところなのです」


そう言って、本の表紙をそっと撫でる王太子殿下。よく見れば本の上からしおりに付いているであろうリボンがチラリと見えている。位置は真ん中よりやや表紙寄りだろうか。


「提案なのですが、お互い本の続きを読んで過ごしませんか? 二人ともが本を読んで過ごすのであれば、問題ないと思いませんか?」


目を細めて笑い、そんなことを提案してくる王太子殿下。

問題無いと思いませんかと聞いてきているが、多分問題あると思う。なんせ、このお茶会はお見合いなのだ。

お見合いというのは、「この人と結婚しても良いかどうか」をお互いに探り合うための場なのだ。相手の人となりを知るために会話をする場なのではなかろうか。


今までだって全く会話はなかったが、遠目でみればちゃんと向かい合ってお茶を飲んでいるように見えていたはずだ。

中庭が見える屋敷のどこかの窓から、父や母や義姉や兄、もしくは妹達が様子をうかがっていたに違いない。

会場が温室になってからは覗かれてはいないだろうが、メイドや護衛が目の代わりをしているはずである。

さすがに、二人そろって向かい合って座っているのにそれぞれ読書をして過ごす姿をみれば父から何を言われるかわからない。


「私が読みかけの本の続きが読みたい、と提案したのだとちゃんと公爵に伝えておきます」


王太子殿下はなんて出来た人なのだろうか。

私がまだ何も言っていないというのに、先回りして憂いを絶ってくれた。


「お言葉に甘えます」


読みかけの童話『うさぎのみみはなぜながい』は、馬の首を伸ばす方法をフクロウから授かる直前だったのだ。正直、どのように馬の首を伸ばすのか気になっていた。

私はまた小さく頭をさげると、隣の椅子に置いてあった本を手にとってしおりの挟んであるページを開いた。


続きが気になっていた本ではあるが、開いただけではどうにも集中できなかった。私に読書を勧めておいて、実は王太子殿下は本を読んでいないなんてことになれば、一人で空気も読まずに読書をした女になってしまう。


本を開いて読んでいるフリをしながらそっと向かいの席の様子を覗けば、王太子殿下も本を開くところだった。


良かった。王太子殿下もちゃんと本を読むようだ。


安心した私は、さっそく本に集中した。そこから二時間、メイドに「王太子殿下がお帰りです」と声を掛けられるまで集中して本を読んでいた。


王太子殿下は『枯れ鉱山の再利用方法ベスト100』の、真ん中よりもすこし裏表紙寄りの位置にしおりを挟むと、


「ではまた」


と行って帰っていった。




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