第2話 静かなお茶会

王太子との顔合わせは、公爵家の中庭で行われることになった。

私の「家から出たくない」という意志を汲んでくれたのだそうだ。


私はただの嫁ぎ遅れだが、王太子の婚約破棄はどうにもワケありだったようで。王族だというのにこちらのご機嫌を伺ってくれているらしいのだ。


私も公爵家の令嬢という立場ではあるが、後継ぎの兄はもう結婚しているし姉も嫁に出ていった。

三人の妹もすでに婚約者が居て、一番上の妹は半年後に結婚式をあげるらしい。

私の他に他家との縁をむすんだ優秀な子どもが五人もいるので、私は別にもういいだろう。

嫁ぎたくないから嫁いでいないだけなので、ワケありでもキズありでもなんでも無い。こちらには後ろめたいことはなにもないのだ。

人間嫌いの引きこもりがワケありになるとは私は思ってない。


中庭の眺めの良い場所に丸いテーブルとクッションの効いた椅子がセットされ、真っ白いテーブルクロスがかけられている。大きなパラソルが立てられて日陰を作り、隠し扉付近でティーワゴンが待機していた。


私は椅子に座って本を広げ、王太子が来るのを待っている。

今読んでいるのは育児書だ。兄嫁の臨月が近く、まもなく甥か姪が生まれるのだ。

親のスネをかじり、親が引退した後は兄のスネをかじるつもりなので子守ぐらいは出来るようになっておこうと勉強中なのだ。

もちろん、すでに五人育てたという乳母も雇う予定にしているし、私たち兄弟六人を育てた母も姑として、そして祖母として子育てに参加すると言っているので出番はあまりないかも知れないが。


しかし、育児書も奥が深い。書かれた年代や著作者によって全く逆の事が書かれていたりする。

おしゃぶりは歯と歯茎の形を悪くすると書いてあるものもあれば、おしゃぶりを噛ませておくと歯が丈夫になり噛む力が強くなると書いてあるものもある。

おしめはすぐに変えないとかぶれたり病気になると書いてあるものもあれば、おしめは少し置いてから変えることで不快感を覚えた子どもはトイレを覚えるのが早くなると書いてあるものものある。


結局、おしゃぶりは噛ませたほうがいいのか悪いのか。おしめはすぐに変えた方が良いのか悪いのか。

育児法は混迷を極めている。

甥か姪が出来るという事象が発生しなければ、私は育児書を読まなかったかも知れない。こんなに奥深く研究のしがいのある本を読む機会をくれてありがとう、兄嫁!と心の中で叫んでおく。


「王太子殿下がおいでになりました」


侍女が声をかけてきた。ちょっとキリの悪いところだったのでもう少し読み進めてから本を閉じたかったが、さすがに相手は王太子。そういうわけにもいかないよね。

こんな私だが、ちゃんとわきまえているのだ。本にしおりを挟んで隣の椅子の上に置いた。


「こんにちは、公爵令嬢。お会いできて嬉しいです」

「ご機嫌麗しゅう。お会いできて光栄です、殿下」


胸の前で手を組んで腰を落とす。王太子も片手を胸に、片手を腰に当てて腰を曲げて礼をしてくれた。

彼が婚約破棄をされた理由はしらないが、挨拶もできない傍若無人な人では無いようだ。

給仕係に椅子を引かれて座り直すと、目の前にお茶とお菓子が並べられた。


黙々と、向き合ってお茶を飲みお菓子を食べる。

挨拶以降、王太子が喋らないので私も喋らない。私も王太子もしつけが行き届いているおかげで食器の音もお菓子を食べる音もしないので大変に静かである。

遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。背中側から、メイドたちのいたたまれない空気を察知してしまう。

婚約を前提とした顔合わせ。つまりお見合いなのだからなんかしゃべれよって話しなのでしょうけれどもね。私は知らない人と話すのも話を聞くのも苦痛なのである。



結局、初顔合わせは終始会話のないまま終わった。

二時間ほど、二人で向き合い黙ってお茶を飲んでお菓子を食べ続けた。王太子の側近らしき人がお時間ですと呼びに来て「ではまた」と言って帰って行った。

結局、王太子がしゃべったのは最初の挨拶と最後の挨拶だけであった。


お茶会中、いたたまれない空気を何とかするためか、二人の会話のきっかけを作るためか、ちょっとでもティーカップのお茶が減れば給仕がお茶を注ぎに来るし一個でもお菓子がへれば追加のお菓子を盛り付けに来た。

きっと彼らは「いい香りのお茶ですね」とか「甘いものはお好きなんですか」とそういった会話のとっかかりに使ってほしかったのだろう。

なのに、まったく会話がなかったのは申し訳ないと思う。しかし、まったく会話をしなかったのは王太子も一緒なので私一人が悪いわけじゃないな、うん。


お菓子の食べ過ぎで、顔合わせの日の夕飯がまったく入らなかった。


父から「どうだった?」と聞かれて「可もなく不可もなく」と答えたら、翌週また王太子とお茶を飲むことになってしまった。

どうせなら「苦痛だった、二度と会いたくない」とか言っておけばこの婚約話も立ち消えになった可能性もある。しかし、私は人嫌いで口数は少ないが、嘘はつけないたちなのだ。だいたい、隣にティアが座っていたら私の考えていることなど筒抜けなので嘘をついてもしかたがない。


あのいたたまれない二時間を過ごしておいて、王太子側から断ってこなかった事に驚いたのだが、


「王太子殿下もまだわからないと言っていたそうだよ」


と父が言っていた。意味が分からない。

その後三回ほど、王太子殿下との顔合わせのためのお茶会が開かれた。

場所はいずれも公爵家だったが、中庭だったり温室だったりティールームだったりと趣向は毎度変えていた。

用意をするメイド達が。

私はそんなことをいちいち考えるのは面倒くさいので、言われた場所に行って言われたとおりお茶を飲むだけだ。


毎回毎回、私は本を読みながら王太子殿下がやってくるのを待ち、二人そろったら無言で二時間お茶を飲む。その繰り返しである。

私は、直前まで読んでいた本の内容を反芻したり考察したり、行間を読んで妄想したりして過ごしているのでさほど苦痛ではないのだが、王太子の方がどうなのかはわからない。

もしかしたら、結婚をするのがいやな私が王太子側から断らせるために嫌がらせをしていると思われているかもしれない。

過去にあった色々から、人は私のことを不審者だったり泥棒だったりだらしの無い人間だと思う物だと知っている。

この王太子殿下も、はやく私のことを嫌ってお見合いを断ってくれれば良いのに。

そう思いながら、今日も「ではまた」と言って帰って行く王太子殿下の背中を見送った。

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