旅行の計画

 夕飯も食べてひと段落して、今回の渚訪問の第二の目標をようやく計画しようと俺達は画策を開始した。


「サンライズ出雲、ツインで一人七千七百円だってさ」


 大学生の長い春休み。それを利用しての二人旅行。向かう先は、先日提案した出雲で一先ず落ち着きそうだった。山陰の方には一切詳しくないが、調べてみると自然、歴史的建造物と楽しそうな施設はたくさんありそうだった。


「旅館に泊まるとして、一泊高くて一万円。往復電車賃は一万五千円。五万もあれば、二泊四日で楽しめそうだね」


「なんだ。そんなものか」


「あら、結構痛い出費じゃない?」


「俺はバイトしてるし、奨学金もあるからね」


 とても良い笑顔で返事をすると、渚は目を細めていた。


「奨学金は返還するものだってこと、ご存じですか?」


 勿論です。

 とにかく、予算面に早々に都合がついたのは良かった。次いで俺達は、どうやら人気列車らしいサンライズ出雲の予約状況を確認し始めた。サンライズ出雲は、運行日から一か月半前には予約が開始されているそうだ。逆を言えば、それだけ事前に予約出来るからこそ当日の空席状況はあまりない状況になるわけらしい。


「うわ、直近は全部いっぱいだ」


 噂に違わず、サンライズ出雲の当面の予約状況はいっぱいになっていた。空いていてもソロ室のみと、これでは二人旅行をする意味を問われることになる状況だった。


「もっと早く思い立っておけばよかった」


「なんだか春休みの後半になりそうだね」


「うん」


 二人で小さな机で向かい合いながら、一つのスマホ画面を眺めていた。ふと、いつもより渚との距離感が近いことに気が付いた。既にこの部屋に馴染み始めた渚は、お気楽に手に顎を乗せ足を延ばしてリラックスしていた。


 そんな渚に邪な感情が生まれ始めたが、一先ず先にやることはしようと思った。卑猥な意味ではなかった。


「ここだ」


 スマホを操作して、ようやくツイン席の空席を見つけた。これだけで達成感に襲われるのは何故だろう。

 それから三日後の帰りの便も、なんとかツイン席の空席を見つけた。


「ここでいい?」


「うん。勿論」


 渚の了解を得て、俺は三月中日のサンライズ出雲の座席予約を完了させた。こうなれば後は中日の旅館のみだった。

 手早く、温泉が有名な旅館を見つけて、二名で予約を入れた。


「意外とあっさり決まったね」


「うん。運が良かったみたいだ」


「当日は……また宗太の家に来ればいい? というか、前日に泊めてもらえる?」


「勿論。全然構わない」


 ということは、旅行の時は五日も渚と一緒にいられるわけか。今から楽しみだった。


「……はー。旅行の計画もまとまって、なんだか安心して疲れて来ちゃった」


 渚が腕を上げて背筋を伸ばした。あまり大きくない何かが主張されていた。

 あんまり言うと怒られると思って、目線さえも俺は外した。


「お風呂入ってきたら?」


「……うん。そうする」


 渚の要望で、浴槽にお湯を張っていた。まもなくいっぱいになる頃だろうし、丁度良い。ただ、渚の後にその風呂に入ると考えると未体験の俺には中々刺激的なことだと気が付いた。


「お、お風呂入ってる間に布団敷いとくから」


「……うぅん」


 わかったのかどうなのか、曖昧な返事だった。


「ねえ、宗太?」


「何?」


「……この部屋にさ、もう一つ布団敷くのは辛くない?」


「そうかな。母さんが泊まった時は敷けたぞ?」


「……むー」


 どうやら怒らせてしまったらしい。

 理由がわからず、俺は慌てた。


「とりあえずお風呂入ってくる」


「お、おう。そうして来ると良い」


「布団は敷かなくて良いから」


「……え、でも……」


 それじゃあつまり、俺に地べたで寝ろと? 酷なことを仰るではないか。


「……一緒に寝ようよぅ」


 一瞬、渚が言った意味がわからなかった。


「それじゃあ誘われてるみたいだ」


「だから誘ってるんだよぉ!」


 怒られた。

 ただ、なるほどなるほど。


 ……なるほどぉ!


 顔が熱かった。


「お風呂入ってくる」


「うん」


 しばらく無心でフローリングを眺めていた。耳を澄ますと微かにシャワーの音がした。

 ……このまま、することをするのだろうか。

 邪念が脳裏を過ぎった。


 こうして誘われるのは、実に付き合い初日以来だった。あの時は色々あって断ったが、一月一緒にいて彼女への溢れんばかりの思いは日に日に増していくばかりだった。


 したい。

 放送コード的に明言するのは自粛するが、そう思った。したい。渚としたい。


「出たよ」


 濡れた髪を携えて火照った顔をした渚の扇情的な声に、気が動転しそうになっていた。


「……あ」


「……お風呂、入ってきたら?」


「うん」


 返事をして、風呂場へ逃げるように駆け込んだ。いつも風呂に入る時、浴室は乾ききって寒いのに、今日は湿気ていて温かかった。


 頭を冷やそうとして、頭から熱湯を浴びた。


「あ」


 おかげで気付いた。


「ゴム、ない……」


 さすがにそれはまずいと思った。

 それからすぐに風呂を出た。渚は俺のベットで枕に顔を埋めて丸まっていた。


「渚」


「……んー」


「……ごめん」


「んー……?」


「その、あの……ゴムがないんだ。さすがに、その。避妊しないのは」


 口ごもって、俯いていた。

 渚はしばらく俺の枕を堪能して、気が済んだのか枕をベッドに置いた。

 机の上に置いていた財布を、渚はいじっていた。


「……ん」


 そうして手渡してきたのは、件のゴムだった。


 俺は目を丸めていた。

 なんでどうしてどこで。

 そんな疑問を言葉に出さずとも顔で伝えていた。


「やめてぇ……!」


 渚はベッドに仰向けに倒れて、真っ赤な顔を両手で隠していた。


「辱めないで。これ以上あたしを辱めないで……!」


 悪いことをしたと心から思った。

 ただ、悪いことをしてしまった以上……その、覚悟を決めた。


「渚」


「……ん?」


「しよう」


「……電気」


「え?」


「……電気、消して」


 肺の中の空気が全て入れ替わるくらい、深く長く深呼吸をした。

 電気を消して、ベッドに昇った。


 渚の上に被さって、顔を隠していた細くて柔らかい手を優しく握りしめ、そうして渚とキスをした。


 それから俺達は、ただ互いの愛を互いにぶつけ合った。

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